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会うことの価値


ふと思い出したことがあったので
揺れる電車の中でこれを書いています
会うことの価値について


私はずっと都会で暮らしていたのですが
数年前に仕事の関係で都心から離れた所に住むようになりました

その時、突如として「人に会う」ということに価値がついた気がしました


大人になると時間もお金も限られてきます
自分の限られたリソースをどのように消費するかを考えながら生きないといけません

いつもの場所に行くのに4時間と3000円
決して会うのが不可能なコストではないですが、コンスタントに支払うには少々痛手です

これを理由に、会わなくなった人もいます
会ってくれなくなった人もいます
それでも会いたいと来てくれた人もいます

繰り返し会うというのはとても難しいです
それほどの価値が自分にあるのかさえも分からない



自分の存在に金銭的な価値がつくのが怖いです
それが商売ベースの関係ならまだいいんですけど
信頼や情などがある間柄だと尚更怖いです


思い出しました
あぁ、あの人にとって今この瞬間に私は3000円以下の存在になったのだと思い知らされる瞬間
怒りとか悲しみではなく、諦めに近い感情です
そんなことを言ったって仕方ないんですけどね
誰しも限界がある

もうあなたの天秤が大きく傾く様を見たくはないし
思いを計られたくないからと私がコストを支払い続けるのも疲れる

だから私は、インターネットに出来るだけ情を持ち込まないようにしています

また機会があったらでいいです
都合があえばで大丈夫です
無理に何かをしなくて大丈夫です
私もそうしますから


インターネットで過去のことを掘り返してネチネチ言ってる嫌な人間になってしまいました
嫌な気持ちにさせてごめんなさい

新刊を読んで下さった方には分かったと思いますが、私って相当執念深い人間です

治したいですね
治ればいいですね


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