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アストリッドとラファエルのことば学 

「アストリッドとラファエル文書係の事件録」
このドラマシリーズはことばネタの宝庫です。
「ダ・ヴィンチ・コード」にも負けていません。
いや、むしろ好感度においては、ちょいちょいウソをつくダン・ブラウン氏より上でしょう。

 さて、シーズン2の放映がはじまった時、テレビ局の垣根をこえたシンクロニシティがありました。それは何か?
 第一話で、メンタリストのドルリュー氏が思いこみで人の視界が狭まってしまう例としてあげた「Invisible Gorilla(見えないゴリラ)」は、あのイグノーベル賞も受賞している実在する有名な実験です。この実験を行ったダニエル・サイモンズ氏は「Invisible Gorilla」という本も出版していて、その中ではゴリラ実験以外にも人が思いこみによって事実を見誤るいくつかの例を紹介していました。
 この「アストリッドとラファエル」のシーズン2の放送がはじまるほんの少し前の4月のおわりごろ、フジテレビの「ホンマでっかTV」でムダ努力というのをテーマにした特集をやっていたのですが、その中の項目「脳トレゲーム」はいくらやっても「頭トレ」がうまくなるだけで、ボケ防止などには意味がない…というのと、クラシック音楽を聞いてもあたまがよくはならないという2ネタは実は前出の「Invisible Gorilla」に掲載されているもので、同書は「錯覚の科学」というタイトルで日本語版も出ているのです。この番組っていろんな分野のセンセーが出てるけど、基本的なネタ選びと進行は放送作家がきめてるんだぁ、と気づいてしまった瞬間でした。それにしても10年以上も前の本から2ネタとは手抜きではないでしょうか?
 というわけで、ホンマでっかのその回はつっこみどころも満載だったこともあり記憶に残っていたので「アストリッドとラファエル」のそのくだりを見た瞬間にアストリッドばりに「アッ」と声が出てしまったのでした。
 あのシーンは多様性という意味でも感慨深いシーンでした。メンタリストは聴衆の関心そらしている間にまんまと手錠を外してしまいましたが、アストリッドだけがその一部始終に気づけていたのです。

『「色のふしぎ」と不思議な社会』の作者・川端裕人氏によれば、今の科学を以て調べると現代人の2人に一人は色覚異常ということになってしまうらしい。そしてこれは他の色々なところでもいわれはじめていますがいままで「障害」と定義してきたもののいくつかは「特性」と呼ぶべきものではないかと。たとえばある特定の背景(繁みだとか)においては、異常と分類されるある色覚型の持ち主のほうが「敵」や「獲物」を見つけやすい場合があるというのです。
 第一話のアストリッドもある意味メンタリストの説明に集中できなかったことで、彼の手元の動きに気付けたのです。
 第4話のパイプオルガンのエピソードではアストリッドは長年苦しめられてきた聴覚過敏がはじめて味方してくれたとかみしめます。
 ちなみにアストリッドが愛用しているヘッドフォンは外界をシャットアウトするためのもではなく、会話の相手の声をよく聴くためのノイズキャンセリング・ヘッドフォンだということです。

Le casque antibruit ce n’est pas pour se couper du monde mais pour entendre mieux.
https://webtoulousain.fr/2021/05/21/sara-mortensen-alias-la-stupefiante-astrid-dans-la-serie-astrid-et-raphaelle-a-partir-de-ce-soir-sur-france-2/

サラ・モーテンセンのインタビューより

 シンクロネタというともうひとつ第六話の「ゴーレム」はプロ野球とシンクロしていました。なんと5月28日、バンテリンドームでおこなわれた中日vs.横浜DeNA戦で中日石川昂弥選手のユニフォームの背中には、25の背番号とともに「GOLEM」と表記があったのです。これはその日だけ選手名の表記をそれぞれのニックネームにするという企画だったようです。その他の選手はFUKUCHANとかHIROTOとかけっこう地味だったので「ゴーレム」はやたらと光って見えました。

ゴーレムの回は宗教や文化などフランスという国の立ち位置が見えてくるようなエピソードでした。

 文化と言うことではやはり第4話の「フェルマータ」に出てきたパイプオルガンです。日本と欧米の文化をわけ隔てるものはオルガン、コーラス、ステンドグラスといった教会文化ではないかと、個人的には思っています。たとえばステンドグラスのおかげで欧米人は庶民レベルで皮膚感覚的に光の混色を理解しているそうです(全部まぜると白くなるというあれ)。日本人はといえばネプリーグではまんまと光の三原色について出題ミスをしていました(2021/11/22)

 向こうでは何の断りもなければ「オルガン」といえばパイプオルガンのことで、70~80年代にジャズやロックシーンで大活躍していたあのハモンドオルガンは元々はパイプオルガンを模したもので、宣教師が世界中で布教活動を行うにあたってチャーチオルガンの代用として活躍したのだとか。実際のところむかし貰ったハモンドオルガンのカタログの表紙には「キリスト教の伝来と共に」などというコピーが印刷されていた記憶があります。(さすがに伝来時はまだなかったと思いますが布教活動に貢献したということなのでしょう)

 ヤマハエレクトーンハモンドオルガンを真似たのだと思われますが、似て非なるはハモンドは「電気オルガン」でエレクト―ンは「電子オルガン」だということです。
 ハモンドオルガンは電子回路による発音ではなく、物理的に回転しているトーンホイールが音を発しているのです。ドローバーという日本人からすると奇妙奇天烈で難解な音色決定の仕組みもパイプを組み合わせて音色を変えるというパイプオルガンを模したものなのです。
 このエピーソードでは「ネウマ(neum)」という中世の記譜法が出てきますが、それを使って弟子にニックネームをつけるというまさにネーミングネタ回でした。
Scandicus, trigon, bivirga、epiphonusなど百以上もあるというのでネーミングの元ネタとしては使えそうですね。
 NASAマーキュリー計画、アポロ計画などギリシャ神話からつけていましたが、こういう「グループ」はネーミング用のデータベースとしては絶好ですね。このギリシャ神話とくらべるとネウマは地味な感じがします。
 タイトルのフェルマータは英語圏でもイタリアでもfermataでドイツでもfermateとほぼ共通していますが、フランス語だけ「point d'orgue」という独自な感じになっていて、これがドラマ的にもみそになっています。というのもpoint d'orgueは直訳するならオルガン・ポイントとパイプオルガンの奏法(操作法)が語源になっているからです。

 そしてこれは最終回への伏線的な意味もあるのではないかと勝手に思ってます。

 実は最終回には鍵盤に関する人名が3つも登場します。まず検察のウーリッツァーさん。Wurlitzer(ワーリッツァー)はオルガン、エレピ、そしてジュークボックスで有名な楽器メーカーです。オルガンはハモンド、エレピはフェンダーローズの後塵を拝している感がありますが、有名なレコーディングでも使われています。ワーリッツァーは家電などにも手を広げていたようで日本でいえばシステムキッチンなどもてがけているヤマハと近いブランドイメージでしょうか。
 二人目はフランス国家警察・特殊部隊コルグさん。KORGといえば日本が世界に誇るシンセサイザーメーカーです。
 このブランド名はそもそも京王技研(KO)の作ったlオルガンl'orgueという意味のフランス語由来の造語が語源となっているので、フランスともとから相思相愛な名前なのです。
 そしてもうひとりは脱獄してきたマルトノさんです。フランス生まれの電子楽器にオンド・マルトノ(Ondes Martenot)というのがあるのです。私は世田谷美術館のプロムナードコンサートで実際に音を聞いたことがあります。少なくとも日本人の演奏家がいるくらいには広まっていますがマニアックといえばマニアック。
 テツオ・タナカ役の齋藤研吾氏もインド古典音楽をシタールで、アフガン伝統音楽と他ワールドミュージックをルバーブで演奏するパリ市近郊在住日本人音楽ということで、作り手のjマニアックな音楽愛が伝わってくる仕掛けが随所にありました。

 シーズン3の最初の放映前に投稿しようと、とり急いでとっちらかってしまいました。さっきまで27時間テレビを見ながら寝てしまっていたところです。誤字脱字すみません。あとでこっそり加筆修正するかもしれません。

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