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前十字/後十字靭帯損傷(Special Test編)

この回ではSpecial Test (徒手検査)についてお話しします。

詳しくは省略しますが、我々アスレティックトレーナーは怪我の評価をする際に、

問診によって選手から得られる情報 (History: 何が主な問題で、それがどのように起こって、どういった症状があり、今までにどのような既往歴があるのか、など)
視診によって観察者が得られる情報 (Observation: 変形や腫れなど見た目の変化、姿勢や歩き方など動作の情報など)
触診から得られる情報 (Palpation: 炎症による患部の発熱、腫れ、どこに圧痛があり、筋肉や患部の緊張状態、感覚異常など)
④そしてスペシャルテストで得られる各組織の状態 (Special Test: 可動域、MMT、腱反射、それぞれの怪我に特化したテスト、など) 

といったような情報を順序だてて得ています。それぞれの頭文字をとってHOPSと言いますが、HOPSで得られた情報から総合的に判断して、どのような怪我をしているのか評価 (医者であれば診断) を下しています。

Special Testの中で「それぞれの怪我に特化したテスト」と述べましたが、このテスト自体を”Special Test”と呼ぶこともあり、特定の部位に負荷をかけて、痛みや症状の再現がされたり靭帯の不安定性があるかをチェックすることで、どの組織が損傷しているのかを判断、もしくは損傷の可能性を消すことができます。

前置きが長くなりましたが、今回はこの”Special Test”についてACLとPCLをターゲットとにしたものについて扱います。

Special Tests for Anterior Cruciate Ligament

靭帯の不安定性をチェックするためのSpecial Testは、靭帯を伸ばす方向に関節を動かすことで関節が通常よりも大きく動くのか、もしくは靭帯によってそれ以上行かないように止められているのか (Endpoint) を、検者がチェックするというのが原理となります。中には、検者が受傷機転のような動きを患部に加えることで症状の再現が起こるかチェックする方法もあります。

ACLをターゲットとしたspecial testでよく使われるものを挙げると…
・Pivot Shift Test
・Anterior Drawer Test
・Lachman's Test
があるかと思います。細かいやり方や統計学的な話は省略しますが、少しだけそれぞれの利点や欠点、注意点などを詳しく。

①Pivot Shift Test

Pivot shift testは脛骨の内旋膝関節の内反脛骨を大腿骨側に押す負荷をかけながら、膝の曲げ伸ばしを行うことで受傷機転となりうる動きの再現をし、どれだけ脛骨がシフトするかチェックするタイプのテストとなります。

このテストは陰性であればかなり高い確率でACL損傷がないと言える利点があります。ただ、検者の技術が必要になってくることと、このテストの大きな問題として、関節にかかる動きが大きいため患者の不安感や関節周囲の緊張がかなり高くなること、急性期、特に半月板やMCLも同時に損傷している場合には、そちらの損傷からくる痛みや可動域制限などもあり、テスト自体を行うことが難しくなることなどがあります。

②Anterior Drawer Test

Anterior Drawer Testは日本語では「前方引き出しテスト」といいますが、読んで字のごとく脛骨を前方に(=ACLを伸ばす方向)に引き出すことによって、健側に比べてどれだけ脛骨のシフト (移動) がみられるかをチェックします。

このテストは比較的検者の技術はいらない方法ですが、患者の膝を90度近くまで曲げる必要があること (受傷後すぐだと膝の可動域にかなりの制限がでることが多くあります)、あまり勢いをつけて行うと体ごと動いてしまい正しく結果を感じられないこと、テストの動作上endpointが分かりにくいといったような欠点があります。また、膝を曲げて行うので患者がリラックスできず、ハムストリングの緊張が強く出て正しく結果を得られないということもよく見られます。

③Lachman's Test

Lachman's testもanterior drawerと原理は同じで、脛骨を前方に引き出しどれだけ脛骨が前方にシフトするかをチェックするのですが、脛骨のシフトだけではなくendpointが重要なカギとなります。このテストはACLが正常であれば、前方に引き出した際にロープや紐を引っ張り切った時のような”コンコン”というendpointをしっかりと感じることができますが、endpointがない場合、フワッとした感触になってしまいます。大まかにまとめると、

Endpoint有り
→脛骨のシフト無し⇒ACLの損傷無し
→脛骨のシフト有り⇒ACLの損傷無し、PCLもしくは半月板損傷有り (これらの影響により脛骨が後方に落ちているため、前方へのシフトが大きくなったように感じただけ)

Endpoint無し
→脛骨のシフト無し⇒ハムストリングなどの緊張、検者が正しく患部を動かせていない
→脛骨のシフト有り⇒ACL損傷の可能性大

となります。つまりendpointを感じられれば (=陰性であれば) ACLの損傷はほぼ除外できるとも言えます。テスト時に膝を少し (20~30度程) 曲げられれば行えるので受傷直後でも比較的容易に行えることや、ACL単独でチェックできることもあり、恐らく一番よく行われているテストと言えるかと思います。患者をうつ伏せにして行ったり (Prone Lachman's Testで検索すると出てきます)、姿勢を少し変えた変則型もいくつかあります。

このテストの欠点としては、引き出す角度などある程度検者側の技術や経験を必要とすること、anterior drawerほどではないもののハムストリングの緊張が影響する可能性があること、などがあります。

Lever Sign / Lelli's Test for ACL

ここで一つ比較的新しいACLのspecial testである、Lever SignもしくはLelli’sTestについて。これは脛骨上部の下に検者の拳を置き逆の手で膝上を下に押すものです。正常なACLであればテコの原理でつま先が浮きますが、ACLに損傷があると脛骨が拳によって前方に引き出されてしまうため、つま先は反応しません。

文字にすると何を言っているのかいまいち伝わらないかもしれませんが、画像でみてみてください。下に出したインスタグラムは、私の前職場のアスレティックトレーナー部門のページですが、一番最後の動画がlever sign (右側が患側)です。

ちなみに、最初の動画がLachman's test、二つ目がLachman's testの変則型 (ハムストリングの緊張をより解ける姿勢)、三番目の動画がanterior drawer testとなります。陽性だとどれだけ脛骨がシフトしているかよくわかるかと思います。

Lever signの欠点としては、テストする際の場所を選ぶことかと思います。下が柔らかい所 (柔かいベッド、マット、砂の上など) でテストをすると、脛骨の下に置いている検者の拳も沈んでしまいテコの支点として機能しなくなってしまいます。

Special Tests for Posterior Cruciate Ligament

ACLと比べるとPCLは、構造上重度の損傷をした際にわかりやすく目に見える変化が出ます。

PCLをチェックするspecial testでよく使われるのが
・Sag Sign
・Posterior Drawer Test
ではないかと思います。大抵の場合この2つのテストでPCLは評価してしまいますが、他にもPosterior Lachman’s Test や Reverse Pivot Shift TestといったACLのspecial testと逆の動きで行うテストもあります。

①Sag Sign

PCLが損傷していると、脛骨は大腿骨に対して後方にスライドしてしまいます。Sag Signは重力を利用して、健側に比べてどれだけ脛骨が後ろにスライドしている状態をみるものです。

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これがSag Signです。実はこれで足を揃えて膝を立てています。左膝(患側)の膝が落ちているのがよくわかるかと思います。彼の場合は断裂してしまっているのでかなりのsag signが出ていますが、軽~中度の損傷だと、膝蓋骨と脛骨粗面を片手で同時に感じる (左膝を右手で、右膝を左手で) と左右差が分かりやすいかと思います。この時脛骨がニュートラル (内外旋していない状態) であることが必要です。

②Posterior Drawer test

ACLのanterior drawer testと同じコンセプトで、PCLの場合は後方に引き出す(検者からしてみれば押し出す) ことでどれだけ脛骨が後方にシフトするかをチェックしています。Anterior drawer testと異なり特に気を付けなければいけないのは、スタート時にどれだけsag signが出ているのかを考慮に入れなければならないことです。まずは↓の動画 (3、4枚目) をみてください。

先ほどの彼のようにすでにかなりのsagが出ていると、最初の動画のように後方へ押しても脛骨のシフトは殆どなくなります。まずは、本来あるべきところに脛骨を戻してあげて、そこからどれだけ後方にシフトするのか (次の動画) チェックする必要があります。

どちらのテストも膝をある程度曲げる必要があるので、可動域に制限がある場合は難しかったりもしますが、PCLはACLに比べて関節内出血が少なく、この程度であれば曲げられる場合が多いです。

まとめ

ここまでいくつかSpecial testを挙げてきましたが、「どのテストを使うべきなのか」というのは、特異性、感受性、陽性/陰性予測力などといった統計学的な正確度であったり、患者の状態 (テスト時に必要な姿勢をとれるのか、骨折の可能性の有無、など)、患者と検者の体格 (例: 200kg近い相撲取りを150cm程度の女性がチェックする場合、通常のLachman's testは手の大きさ的に辛いものがある)、検者の得手不得手、など様々な要素を総合的にみて選びます。最終的には病院でMRI検査などの結果で診断は出しますが、アスレティックトレーナーにとって一番重要なのは「安全にプレーに戻せる状態」にあるのかを現場で判断する技術を身に着けることです。

ACLが切れている状態でアメフトやラグビーなどのコンタクトスポーツや、バスケットボールやバレーボールのようにジャンプや切り返し動作が多いスポーツに復帰することは、極めて危険です。ACLが切れているということは、膝崩れの現象や不安定性から半月板や軟骨を損傷するリスクは高くなりますし、極論を言うと膝の脱臼 (お皿の脱臼ではなく膝関節自体の脱臼) やそれに伴う血管や神経の断裂など、今後の人生を大きく変えかねない怪我のリスクが高い状態にあるということなのです。

日本では「患者の自己責任」ということで、まだこの状態でプレーしている選手を多くみますが、スポーツの本場 (&訴訟大国) と言われるアメリカでは、医師がプレーの許可を出さないのでまず有り得ません (ゴルフなど低リスクのスポーツは除きます)。選手を守り、ひいては日本の競技レベルを上げるためにも、日本も早くそのように変わっていけばいいなと個人的には思います。

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