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ファミレスで元恋人さんと遭遇する
窓辺から朝日が差し込む午前9時。
私はモーニングセットを一心不乱に食べていた。
家賃を納めたいほど大好きなデニーズの店内で。
目玉焼き2つにトースト。
新鮮なサラダにベーコン、ウインナー。
バターとジャムまで付いて599円(税別)か。
ったく、一体どこまで良心的なんだか。セブンアンドアイホールディングス。
全力で推せる。
仕事で疲れた脳を冷やしながら独り黙々と食べると、やや思考が混濁する。
誰も見てないであろうことを良いことに、私は卵も肉も大きな口でガツガツとほうりこむ。
オレンジジュースを飲むとさらに多幸感が増すため、ガンガン飲む。
前日深夜に入店した際に括った髪はとっくに崩れ、原型を留めていない。
しかし、もうよい。どうでもよい。
何はともあれ、ようやく仕事が一段落したのだ。
そして、私の前には今モーニングセットBがある。
その事実に心底幸せを感じていた。
その数分後、事件は起こった。
■
私の席を、おかっぱモダンな少女がキャッキャと声を上げて通り過ぎた。
年の頃、たぶん4歳くらい。
ベージュのスカートを揺らすその活発な少女は、軽快なステップで店内を進む。
ピンクのマスクで顔半分を覆っているが、弾力のある頬が布地から溢れ出ている。
揺れるお餅。尊い。
しかし、店内を迷路のように突き進む彼女の勢いは止まらない。
ドリンクバーの周辺で色々な人にぶつかり、私はさすがに心配になる。
はたして親御さんはどこに。
すると、私の席から3席ほど離れた場所で男性の声がした。
「ここはお店だから!」
少女はその声に小さく反応すると、大人しく動きを止め自分の席に戻った。
「これ以上うるさくすると、もう連れてこないよ」
父親らしき人物はまだ少し怒っていて、注意を続ける。
その声には幾ばくかの優しさがあり、私の心は和んだ。
男性はニット帽を被っているのが確認できる。
随分オシャレな人だと思った。
うん。とってもオシャレな人。
私が知っている頃から変わらない。
うん。本当に変わらない。
え。
瞬時に私の心拍数は一気に上がる。
あろうことか父親は、はるか昔の私の元恋人さんだった。
もはや、紀元前数万年ほど前に関わっていたといっても過言ではない。
本当の恋愛も知らなかった頃、ちょっとだけ、袖が触り合っていた人。
もう何年も連絡を取っていないが、その間、彼には娘が産まれていたのだ。
■
瞬時に私は、口元をナプキンで拭く。
目玉焼きの黄身でずいぶんと汚れていた。
すでに手遅れかもしれないが、姿勢も正して乱れ髪を整える。
iPhoneのカメラアプリを立ち上げ、こっそりインカメラにする。
鏡代わりに自分の顔をチェックすると、この世の終わりのような顔をした女がいた。
私である。
「彼には絶対声をかけず、この空間のなかで私は『空気』に徹する」
その瞬間、そちらの方向に踏み切った。
彼は私に気づいているのか気づいていないのか。
多分、気づいていないであろう。良かった。
一瞬ホッとする。
しかし、そう思った瞬間に迂闊にもフォークを落としてしまった。
やや大きなガシャンという音が響き渡る。
彼が、こちらのほうを一瞬見た。
今の視線はどっちなんだよ。「気づいてますよ」の合図か。
疑心暗鬼になってしまう。
彼らはいつから私の近くに座っていたのだろうか。
せめて眼鏡でもかけて変装していれば良かった。
あとからあとから、色々なことに後悔したくなる。
お餅ちゃん(彼の娘)は、小さな身体をソファに預けてゴロゴロしている。
彼は娘に言った。
「ホットケーキ食べようか。でも、デニーズのは凄く美味しいから、ウチのと比べちゃダメだよ。約束できる?」
お餅ちゃんは小さな手で鼻をほじり、父からの提案に喜んで賛同している。
私は、完全に自分の手が止まっているのが分かった。
■
しばらく考えた後、私は「やはり他人のままでいこう」と改めて決めた。
今ここで話しかけたら、あの頃の思い出が塗り替わってしまう予感がある。
もう完全に他人である我々が、この場でも完全に他人で居続けること。
それを試されている気がした。
思い出の缶詰を、大人になった今、無理矢理こじ開ける必要はない。
そう思った途端、話しかける理由を本当に失った私は、自分の食事に集中する。
黙々と食べる。
だが、先程よりも確実におしとやかになりながら食事をとっている自分に気づく。
しばらくすると、お餅ちゃんはやってきたホットケーキを嬉しそうに食べ始めた。
彼は、それを満足そうに見ていた。
31年生きていると、誠に色々な出来事が人生を彩る。
サポートをしていただきますと、生きる力がメキメキ湧いてきます。人生が頑張れます。サポートしてくれた方には、しれっと個別で御礼のご連絡をさせていただいております。今日も愛ある日々を。順調に、愛しています。