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もうひとり 番外編

「だから、しばらく作業部屋に篭るよ、
え?食事?そうだな…部屋の前に置いておいて。食べたら、また、部屋の前に出しておくから」

俺は部屋の隅に隠れて、こっそりと、会話を聞いていた

「え?それじゃ、寂しい?だってさ、
もし、移ったら大変だろう?妊婦さんなんだから」

(…優しいなぁ、昔と変わらない…)

ガチャ、部屋のドアが開いた

「ふぅ、段々だるくなってきたな」
兄さんはパジャマに着替えて横になった。
「ちょっとの間、寂しくなるけど、仕方ない」
そういうと兄さんは目を瞑った。

さて、ここからが俺の出番だ。
兄さんに俺は見えていない。
俺は一度死んでいる。
訳あって、生き返って…生き返る?いや、違うか?
まぁ、それはいいんだ。
兄さんはちょっとばかり誤解している。
だから、その誤解を解くために、計画を立てた。上司には内緒だから、こっそりとスピーディに任務を遂行しなければならない。

兄さんの寝息が聞こえてきた
「よし!今だ!」
俺は兄さんの頭を杖で軽く叩いた。
これでしばらく、兄さんは…

「ねぇ、彰人!夕飯何を食べたい?」

ドアの向こう側で声がする

「ねぇってば…」

(困ったな…いつも、何食べてるんだろ)

考え抜いた挙句
「か、カレーライス…」
俺はつい自分が食べたい物を口にしていた。

「わかった。彰人は本当カレーライスが好きね」
ケラケラ笑う義姉につられて
笑いそうになる
(いかんいかん)

今頃、兄さんは何処にいるかな
義姉の作ったハンバーグを食べながら、
考えていた。

食べ終わり、食器を外に出している時に
「助けてくれ」という声がした。

し、しまった予定外の事が起こった!

俺は兄さんが今いるであろう世界に急いで向かった。

「てめー!何してる!」

「こ…い…つさへ」

こいつ気が狂ったのか?
視点が合わない目で兄さんの首を絞める元担任。

予定外だが、兄さんの命が大事だ!
とりあえず、兄さんを!
杖で頭を叩く

そして、
ナースコールを押した。

「どうしましたか?」
バタバタと人が集まる。

(よし!俺も兄さんの後を)


川で溺れてる兄さんを、見つけたが
上司の「舟」が飛んでいるのを見つけてしまった。
今、見つかるとまずい。
一回救いあげて…やむえない…
「な、なんでだよ」
兄さんの声がする…
(ごめんよ)

あの日のあの喫茶店へ
兄さんを飛ばした。

これで最後だ
最後くらい、優しく送りたかった…

しかし
上司に見つかってしまった
俺は業務違反を繰り返していた
わかっている
この世界にいてはいけない俺が
この世界の人間と接触してはいけない事。
上司は何も言わず、俺が兄さんに事情を話すのを黙って聞いていた。

俺は兄さんに謝りたかった
俺のせいで兄さんはずっと、悩んでいた。
だから、いつか…とチャンスを狙っていた。

最後まで話を聞いた兄さんは涙ぐんでいた。

上司は言った。
「aiの気持ちはわかる、だけど、やってはいけないことをやってしまったんだ、その責任は重い。わかってるな」
そんなの百も承知。
どんな処分も受けるつもりでいた。

じゃあ、そろそろ、
上司がいいかけたが
待ってくださいと引き留めて
カウンターを指差した。

幸せそうな
兄と義姉がいた
2人の笑顔を確認して
上司が軽く手を振った。

兄は元の世界に戻る。
俺はそれを確認するため、一足早く、
部屋に戻った。

ドアの外
「彰人〜大丈夫?今日ね…」と義姉の声がする。
朝、昼、晩、と運ばれる食事は美味しくて、
(にいさん、いいな)と思ったりもした。

ちょっとだけ、意地悪をした。
兄さんの目覚めを遅くしたのだ。
俺も家族というのを味わってみたかったから。

「ai!いい加減にしないか!」
上司の声が聞こえた。
「も、申し訳ありません!」

僕は兄の時間をちょっといじって

「ありがとうにいさん」と呟いて
姿を消した。

時間が経つと消える手紙をそっと、机に置いて

姿を消しても兄達に見えないだけで
残ることはできたようで、兄達夫婦の会話は聞く事ができた。

「…この子の名前はアイト」
義姉さんの言葉に涙が出た。

アイト、兄さん達を頼むな。
兄さん、義姉さん、さよなら

俺は静かに、その場から消えた。
-おしまい-

2023.01.21

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