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なんにもないけどみんなある*祈りと敬愛*あなたに会えて本当に良かった

先日こちらの記事の中に、私の過去記事も引用していただきました。

どうもありがとうございます。

その際に、他の方の記事も合わせて読み、
それぞれの環境などの違いからくる、
考え方のこだわりのようなものにも触れ、
藤浪さんの記事にも軽い衝撃を受け、心に残りました。

あどけない話

智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多羅山あたたらやまの山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。

高村光太郎 智恵子抄より

つい思い出してしまうのは、智恵子抄の有名な詩。

その題名の通り、心そのままに、故郷の空をただ恋しく思って、
愛するひとに甘えて見せただけの、素の会話だ。

人との会話の楽しさは、そのすれ違いが大きな要素かも知れないと思った。

初めて田舎から、東京のど真ん中の親戚の家に訪れた際に、
空襲から逃れた地域だったので、イメージとかけ離れて、
あまりにも昭和過ぎて驚いたことがある。

下町の友達が出来た時に、渋谷や、
池袋、新宿にも行ったことがないと言われて驚いたこともある。

「だって買い物も銀座で事足りるし」という話に、なる程、と思った。

「うちはずっとみんな東京だから、田舎に帰るとかいうのって憧れる」と
言う友達にも驚かされた。

標準語ではない東京弁というものにも親しんで、
同じ「故郷」という感覚の愛着を知った。

都会と地方と、何か指摘されることがあるのなら、
お互いに相手の気持ちや感覚を、素直に受け入れることが大切だと思う。

ちゃんと受け入れると、藤浪さんのように、
ないのではなく、ちゃんとあることが見えてくるからだ。

都会は、自然も何もなくて空気も悪いのねって言われる。

田舎は酸素供給過多なので、違いを感じるのは当たり前だ。

星も見えないって言われたら、こんなにあるよって
夜のネオン街に、一緒に繰り出して楽しむといいと思う。

田舎は何もなくて、あれこれ不便で困るよねって言われる。

人口が少なければ、それに見合った町になるので当たり前だ。

文化にも触れられないのねって言われたら、
食文化くらいは、贅沢なもので用意できますよって言うといいと思う。

ないものはどこにもそれぞれある。

あるものも日本中どこにでもある。

祈りとお互いを敬う心。

人の手が入った風景を美しいと思う心。

同じ大地を踏みしめる仲間たち。

あどけなさは、素直な誠実な心。

お互いに受け入れさえすれば、世界はもっと楽しくなる。


言葉も音楽もひととひとをつなげる。

福島県二本松生まれの、
智恵子の懐かしむ安達太良山は、郡山駅からも遠くに見える。

郡山高校の「言葉にできない」の合唱に、晩年の病んだ智恵子の心情と、
花巻のわずか7.5坪の髙村の終の棲家を想像してしまう。

あなたに会えて本当に良かった。

良い合唱を聞くと、心がざわざわする。



花の種じゃなくて、苗を買ってもいいですか?あなたのサポートで世界を美しくすることに頑張ります♡どうぞお楽しみに♡