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取り残された一日*海嘯記

いきなり道路がなくなってしまった

いや 道路だったところにや喫茶店やパン屋に
化粧品屋の気配が見えるじゃないか

あの看板も うちのおっかあが
買い物に行った手芸屋の店先にあったじゃないか

さっき見たのは ナイアガラの滝よりも
なんだか素晴らしい景色じゃないか

しかも大型船まで落ちてきたもんな

生きていれば面白いこともあるもんだ

何十年もかかった町の形を
ほんの何分かで土台すら浮かせてしまったもんな

誰かちゃんとビデオに撮っておいたか

引き波の壮大なドミノ倒しを

人生無駄なことはないもんだ

向かいのビルに向けて
野球ボールを投げなきゃいけないなんて

しかも結構いいコントロールじゃないか

ヒモ付きボールはかなり難しいもんだぜ

甲子園出場より役にたってるじゃないか

さすがピッチャー経験者はちがうなあ

これで道路を挟んだ空中で
食料の受け渡しができるってもんだ

町はすっかり湖になってしまったが
少々の失敗は大丈夫だ

さっき引っ張って助けた男以外に
下に生きてるやつなんていないだろう

重いものを落としても
溜まりこんだ海水が静かに飲み込んでくれるだけさ


寝具売り場から集めた毛布を  値札付きのまま使う

食品売り場から  食事代わりのあれこれを食らう

こんな時にしては  豪勢なもんじゃないか

今日はゆっくり休んで  明日考えよう

このスーパーは人が多かったから  頭が疲れたのかもな

目が覚めたらいつもの部屋かも知れない

人生は面白い悪夢があるもんだ

明日になったら  おっかあに話して聞かせよう

明日になったら  おっかあが生きてるかも知れないからな


海があんなに綺麗だとは知らなかった。
底のヘドロやゴミを巻き上げて、黒い海の壁が
波のように押し寄せてきたわけだが、
その後の海は、まるで南の島のような色に落ち着き、綺麗だった。
それは誰もが認める美しさだった。
海が綺麗だと話題に上った。
そして改めて、こんなに人間が海を汚していたことも知る。
本当に、海があんなに美しい色をしていたとは思わなかった。
だけど、その分、陸地は酷い匂いに悩まされた。
どこもかしこも臭いのだ。
海から陸に跳ね上げられた泥は、山の奥の奥に捨てられ、
船に乗せて遠い遠い沖へと捨てられ続けた。
場所が無くなり土を掘り起こされても埋められた。
何年か経って、掘り起こされた時の匂いもすごいものだった。
河川敷の方向に、いきなり牧場が何個か、空から降ってきたのかと思った。
町全体が臭くて、マスクをしてもその匂いは漂っていた。
カモメは餌に困らず太り続け、よく車に轢かれているのを見た。
犬や猫ではなく、羽を持った鳥が交通事故にあっているのだ。
おかしな世界だと思う一方で、
普通に暮らしていたら味わえなかったあれこれの感情に、
(これも面白き人生に恵まれたと思おう)と罰当たりな考えも浮かんだ。
「これで、世の中がいい方向に変わると喜んだんだけど」と、
同級生が、何年かあとに私より罰当たりなことを話してくれた。
彼が期待したようには何も、本当に何も変わっていない気がする。
私が狭い世界に暮らす、狭い心の持ち主のせいかも知れないけれど。

2011年にクローズドの掲示板に投稿しつづけた散文を、
もう、空にでも手放してしまいたいと思う。
直したいと思う文章もそのままに。

数え切れない大勢の方に感謝と尊敬を込めて。
今日で毎日note105日目。

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