見出し画像

わたしが一番きれいだったとき*サウナで彼女とふたり


若い肢体はリンゴの肌のようにつるりとしている。

かじってもザラザラの梨のような味わいはないはず。

ラ・フランスとかル・レクチェのような、
洋梨の、少し武骨なゴツゴツ感は見あたらない。

うぶ毛は、すぐにこすり落とせるような桃の実のよう。

サクランボのように、
プチンとはじけてしまいそうな薄くて柔らかな皮膚。

オレンジやミカンやレモンやライムや、
そんな柑橘類の見た目とはほど遠い、キュッとしまったハリのある肌。

色白肌の女の子は、
熱い湯船につかると、苺大福のように血流が動き出す。


かたわらの彼女はというと、
シャインマスカットのような隙のない肌をしている。

「水かけてもいいですか?」

ロウリュのやり方の注意書を確認して、
二人っきりのサウナの中で、彼女に声を掛ける。

白木の美しいサウナルームで、バスタオルをお尻に敷いて、
じっと体育座りでうつむいていた。

その顔を上げるとハッとするほど、整ったパーツで、
切れ長の一重瞼が思い出したように目を見開き、
形の良い唇が動いて「いいですよ」と答えた。

整ったパーツと思ったのは、
小さくてツンとした、細い小鼻の印象だった。

小麦色の肌は、頬を撫でたらミディアムトマトのような気がする。

しっかり詰まった果肉の噛み応えが、
柔らかさよりも、その味の美味しさで勝負する。

だから、見た目よりもとてもジューシー。

ストーブの白いサウナストーンが糸のように湯気を立てて、
ジュッジュッと小気味よく音を響かせるので、
こわごわと小さな柄杓で2杯の水をゆっくりと掛けた。

彼女はしばらくすると、
白いバスタオルを大きく広げて、ヨガを始めた。

ほつれ髪がひとすじ、ゆらゆらと揺れる。

まるで静かな時計の秒針のように。

「お先しますね」

こちらは我慢できずに、出て行こうと声を掛ける。

「はい。お疲れさまでした」

仕事が終わったOLのように、
こちらを向いて、ニコリとしながら、彼女が返事をする。

もう、蜂蜜のような金色の肌。

乾いた小麦の色ではなくなっていて、
彼女は今が一番美味しそう。

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした
わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達がたくさん死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった
わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差しだけを残し皆発っていった
わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った
わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた
わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった
わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった
だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのようにね

わたしが一番きれいだったとき 茨木のり子


花の種じゃなくて、苗を買ってもいいですか?あなたのサポートで世界を美しくすることに頑張ります♡どうぞお楽しみに♡