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なぜ、医師はあなたの薬を減らさないのか? その4 元気でいたいけど長生きしたくない患者

 統計上はそれぞれの病気について、学会が定める指針に従ってクスリを飲んだりして数値を管理した方が確かに長生きするようです。
例えば血圧を下げようと思ったら薬を飲むのが手っ取り早いのですが、この文章を読んでいる方は飲みたくない派の方が多いと思います。
そういう、薬を飲みたくない方にアドバイスできるとしたら、減塩して運動して体重を維持するように生活習慣を変えて下さい、としか言えません。

 でも、そもそもなんで血圧を下げる必要があるのでしょうか?

血圧の薬を飲むことで将来の動脈硬化を予防する効果が期待出来ます。
動脈硬化という言葉は聞いたことがあると思いますが、動脈硬化そのものには症状はありません。
症状は動脈硬化によって臓器に血流障害が発生したときに起こります。
血管のあるところ、あらゆるところで症状が出る可能性はありますが、一番懸念されるのは脳や心臓に血流障害や出血が起こることです。

血流は身体全体に栄養を送る電線のような物で、電線が切れると電気が切れるように急に障害が出ます。
昔の家電は接触不良が長く続く→ど突くと接触が戻る→だましだまし使いながらついに壊れる、という経過を取ることが多かったのですが、最近の家電は半導体基盤の制御が進んで、いきなり壊れます。

血管の障害は昔の家電のようにはいかず、割合と急激に症状が出てしまいます。
動脈硬化でも接触不良型の場合は、調子が悪い→何もなかったように回復を繰り返し、ついに全く戻らなくなるという経過を、基盤型(脳または心臓の障害)の場合は突然全く機能しなくなるという経過をたどります。

どちらにせよ、動脈硬化による障害は、発生する直前まで症状は出ません。
逆に言うと、何もないところから急に症状が悪化するのが血管の病気の特徴です。

 治療は電気製品のように部品を取り替えるわけにはいきませんので、詰まっているところを通す、出血を塞ぐ、という治療を行います。
すぐに治療にかかれば依然と遜色なく暮らすこともできるかも知れませんが、時間が経てばそのまま機能が落ちて麻痺や障害が残ったり、死んでしまったりする場合もあります。

 つまり
血圧が上がる→動脈硬化が進む→ポックリ逝く
または、
血圧が上がる→動脈硬化が進む→麻痺、障害が残る
のを防ぐために薬を飲んでいる事になります。

 では血圧の薬を飲まないと、どの程度ポックリ逝ったり麻痺が残るのか?気になりますね。久山町研究で5年間の追跡調査の結果から、以下のことがわかっています。

・70歳で血圧が正常(140未満)の方の場合の脳卒中発生率は3%ぐらい
・70歳で血圧が160mmHgの方の場合、放置すれば10%の割合で脳卒中を起こす
・70歳で血圧が160mmHgの方が降圧剤で血圧を140mmHg以下に下げると発生率は6%に下がる

この結果は次のように言い換えることができます。
・何もしなければ10%の人が脳卒中をおこす
・90%の人は薬を飲まなくても脳卒中にならない
・薬を飲むと脳卒中の発生率を40%下げる
・薬を飲むと4%の人は脳卒中にならない
・薬を飲んでも6%の人は脳卒中になる
・脳卒中にならない人を一人救うためには25人に治療を行う必要がある

 患者さんは「血圧が高いから心配、薬飲まないといけないの?」と思って病院にかかりますが、混み合っている外来でこんな数学の問題みたいな説明されても面食らうだけです。
それよりも、思ったよりも効果があろうがなかろうが、薬を飲んだほうが25人に一人だけでも抑止効果があるわけですから、「脳卒中を防ぐために薬を飲みましょう!」といった方が外来も順調に進みます。

 実際のところ、TVや雑誌で高血圧は危ない、と言われて薬を飲もうとすると薬代はもちろん、診察代に加えて通院するには時間もかかります。
病院では『減塩に気をつけて』などと生活指導もされますが減塩で下がる血圧はせいぜい3mmHg程度。血圧を10も20も下げる効果はありませんから結局は降圧剤を飲むことになります。

 「死ぬる時節には、死ぬがよく候」という良寛さんのお言葉を私は支持しています。
その立ち位置から考えると、減塩できてもそれだけしか効果がないのなら、減塩食をマズいと言いながら食べるよりもしっかり味がついたものを美味しくいただくほうがストレスもなかろう、薬もイヤイヤ飲んでその程度の効果なら、お金と時間を使って飲むこともなかろう、と考えてしまいます。

 それでも、医師としてはやっぱり薬を飲んだほうがいい方もおられると思います。それではどういう人が血圧の薬を飲む必要があるのか。

私自身は、以下の条件を満たす方だと思っています。
1.血圧の数値が著しく高い(薬を飲まない状態で180mmHgを超える)方
2.すでに動脈硬化性疾患(脳卒中、狭心症など)を患っている方
3.血圧が高いということが気になって、日常生活の一部を変えることがストレスになっている方
4.長生き(男性で90歳・女性で95歳以上)するためにはある程度の時間とお金を使っても構わないと思っている方
​※1−4は優先順位

 咳止めや頭痛薬のような症状を抑える薬は、飲むことによって短時間で症状が治まる、というはっきりしたメリットがあります。
咳や頭痛が長引く場合には原因となる病気に対する治療を考える必要がありますが、多くの病気(症状)はさほど長く続きません。
やめて症状が出なければ、そのままやめても構わない薬です。
​また、喘息や癲癇(てんかん)などは適切に服薬を管理していれば、発作はほぼコントロールできます。
薬をやめてもたちどころに呼吸症状や関節痛などの症状が悪化する、ということはありませんが、発作が出たときに生じるデメリットは甚大です。
また、関節リウマチなど、病状が目に見える速度で悪化していくような病気では、薬を飲むことで進行は止まった場合、そのメリットは十分感じることができます。

 血圧の薬は高血圧という状態を治療するお薬ですが、最終的な目標は、動脈硬化という老化(病気)を遅くする『予防薬』です。
予防薬は飲んでいる間に効果を実感することが薄い薬でもあります。効果がはっきりするのは、『死を含む重度の障害がおこるのがちょっと遅くなった』、とわかった時です。

でも、そんな時は来ません。

 ある意味、かけていても25人に一人しか支払われない保険のようなものかもしれません。しかも、その保険は保険金がおりたときに教えてくれず、保険期間(寿命)の延長という実感できない配当がおりるものです。
総卒中が発生したときに思うことは『ああ、薬を飲んでいて発症しない期間が長くなって良かった』ではなく、『どうして私が脳卒中に?』です。
薬を飲まなければ「薬を飲んでおけば良かった!」と思うかもしれませんが、薬を飲んでいても「薬を飲んでいるのにどうして?」と、思うのです。​

 立場や年齢などで、少しでも長生きしないといけない、障害が出ては困る、という方もおられます。そうでない方は病院や薬局で使うお金と時間を使って家族と美味しいものを食べてストレスなく過ごす、という選択もアリではないかと思います。

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