あなたの”じごく”を私は知らない (ロングコートダディ単独ライブ2021「じごくトニック」感想)


「じごくトニック」DVD感想(本題)

 あなたの”じごく”を私は知らない。
 
 表題作のロングコント「じごくトニック」でいちばん好きなのは、自殺した小説家ヤスナリ(堂前さん)に、死神(兎さん)が「お前自殺か。じゃあもう(行先は①天国②地獄③転生から選べるが)天国でいいんちゃう?」と投げやりに言うところだ。小説が書けなくなって思い詰め、自殺したヤスナリに対する態度としては、異様に軽い。「しんどいやろ」と付け足すのも、いかにもテキトーな感じ。いま会ったばかりの死神なので当然かもしれないが、思いやりも思い入れも一切ない温度感の発言。
 でもまあ、死神にとって、人間が生きているあいだに味わう”じごく”など、あまりに自分と無関係で、想像もつかない、関心のないものなのだろう。

 それから、「時をかける兵頭」で、兵頭(堂前さん)は、テツさん(兎さん)の誕生日プレゼントに対するリアクションが薄すぎたことにモヤモヤして、職場の工場で事故を起こし、テツさんを死に至らしめてしまう。
 テツさんのリアクションを改善するため、タイムリープを繰り返して色々な誕生日プレゼントを試しまくる兵頭に対して、しかしテツさんは薄いリアクションを返し続ける。そして兵頭がついにタイムリープの理由を告げても、(そんなことで?)とテツさんは不思議そうにする。
 テツさんにはわからないのだ。兵頭が抱くモヤモヤも、タイムリープを繰り返すほどの強い後悔も。

 さらに、「魔物」の華(堂前さん)は、高校球児みっくん(兎さん)の”魔物”の正体が華自身であったことを知らない。
 高3の夏にみっくんが泣いた理由も、のちに夫になった大人のみっくんの小指がひんまがっている理由も、みっくんがかつてその小指に関して物凄く大きな葛藤を超えてきたであろうことも、華は知らない。
 みっくんは、華にはたぶん死ぬまで事実を伝えなさそうだった。だから華も、死ぬまでそれを知ることはないだろう。

 地獄のような苦しみのなかにあっても、相手にはそれが全然伝わっていない。死神にも、テツさんにも、華にも(プレイを心から楽しみにしてきたお侍さんが呼んだホテヘルのおねーさんも!)。それが笑いになっている。「じごくトニック」には、そういうお話が連なっていた。
(ついでにOPでDENIMSも「これでもないってくらいに尽くしてきたけど何もしてくれやしないし」と歌っている。「わかってるでしょ」なんて反語に決まっている。相手はわかってないのだ)

 それから堂前さんのじごくトニック感想を読んで、けっこうびっくりした。堂前さんって自己嫌悪とかするんだ!? (芸事に関して)嫉妬とかあるんだ!? まあ、ちょっと作品を見たくらいの私にそれが分かるわけないか。それがあんまりに苦しくて地獄のようで、単独ライブのタイトルに"じごく"がついちゃうくらいの重大なことだったとしても。
 でもたぶん、当時堂前さんに嫉妬されてた芸人さんは、そんなん夢にも思わず、別の”じごく”を生きてたはずだ。なんなら堂前さんへの嫉妬が”じごく”の根源になっていた可能性すらある。

 「人には人の地獄がある」というフレーズは苦手だ。「苦しいのは自分だけではないのだから耐えろ」という意図でも、「みんな等しく苦しいのだから支え合って頑張ろう」という意図でも、どちらでも苦手。耐えるのも頑張るのも、人が人に促してよい行動ではないと思うから。

 でも、他人の苦しみについて、「分からない」と言い切るなら、それは私にとって、実感の持てる、たのもしい事実だ。私はあなたの”じごく”を知らない。だから、あなたも私の”じごく”を知らない。自分が死ぬほど苦しんでいるのが、他人に全然伝わらない。俯瞰してみると、それってオモロいことなのかもしれない。コントにできるくらいに。

 生き返ったヤスナリはお寿司を食べて、無事に二作目『わさび』(なお駄作)を書き上げ、仕事の愚痴をこぼす友達に「しんどいくらいがちょうど楽しいんじゃない?」と気休めのようなことを言う。さっき死神に言われた「しんどいやろ」とよく似た軽やかさで。

 知ったこっちゃないよね。私たち、お互いに。それを笑って面白がるのは、すごいライフハックかもしれない。

 人生の苦しみや滑稽さをひとしきり笑った後、エンディングで「結局自分を愛するよ」と歌う声はとびきり甘い(I'm/DENIMS)。
 ロングコートダディが、自分たちの口から直接言うわけじゃなくて、その言葉を結びに添えてくるのが、ずるくて優しいなあと思った。


長い追記(個人的な思い出語りなのでスキップ推奨)

※本題とあんまり関係ないと思います

 中高時代の友人で1人だけ、こちらから意図的に縁を切った人がいる。
 中学のころ親しかったAは、高校に上がってから、私の容姿や性格について悪口を言ってくるようになった。対面でもTwitterでも、当時私が熱心に書いていたブログのコメント欄でも。たぶん同級生の中で私にだけ。それで距離を置いていたのだが、別の大学に進学し、まったく会わなくなってからも、ごくたまに思い出したように、SNSでそれを送ってきた。それで3年ほど前、ついにLINEをブロックした。その後もインスタでフォロー申請が来ていたが、しばらく無視していたら、申請は取り下げられていた。それでたぶん、縁は切れた。

 Aは中高時代、ちょっとしたファンダムができるくらいのカリスマだった。美しく、賢く(のちにT大合格)、絵が上手く、ユーモアがあった。「私、教祖に向いていると思う」と自分で言っていた。実家はお金持ちで、今は超有名企業で働いているらしい。中高(※女子校)時代も常に彼氏がいたし、数年前に社内結婚したらしいと親づてに聞いた。
 羨ましい。素直に羨ましいなあと思う。その全てが。彼女の人生全体が。

 だからAが、私に熱心な攻撃を続けていた理由が分からなかった。
 LINEをブロックした直後、同じく中高の同級生だった友人の集まりでそう話したところ、「なんで分からないの?」と笑われた。「本当に分からないの?」と訊かれ、頷くと、1人が呆れたようすで、「そういうところだよ」と言った。「そういう感じが、よりムカつくんだと思うよ。妬みでしょ」と言うので、「そんなわけあるかい!!!」とキレたら、「それが分かんないのはあんただけだよ。あんた以外はいま全員分かってる」とのことで、私以外みんな、我が意を得たりといった感じで頷いていた。本当に意味が分からなすぎて、「ふーん」としか言えなかった。私はAのように美しくはないしT大より偏差値の低い大学を出たし絵も描けないし面白くもないし実家は団地だし未だに独身のしょうもないオタクである。何を妬むことがあるのか。やっぱり意味不明・理解不能すぎて、今も「ふーん」としか思えない。

 まあ、もしかしたらこれは盛大な思い違いで、単にAが私のことをハイパーウルトラ生理的に無理大嫌いなのかもしれないが。いや、でも、だとしても、ハイパーウルトラ生理的に無理大嫌いな人間に10年以上も積極的な嫌がらせをする心などというものも、私にとっては完全に意味不明・理解不能だ。

 一体全体私の何がそんなに彼女の悪感情を掻き立てるのか。これは私の人生における、かなり大きな未解決の謎である。

 思い出の話おわり!

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