マガジンのカバー画像

物語の種

4
短いけど物語になりそうなもの
運営しているクリエイター

#短編小説

お願いごと

またあの子は来んかった。 今日最後の参拝客の撫でが終わると、赤い目をした撫牛「暁琉」は不服そうに臥せた。 ここ北野天満宮に最近毎日参拝しにくる子どもがいるらしい、と他の撫牛達が噂しているのを耳にしたのは数日前のことだ。 「あの子この前私を撫でに来たわ」 「昨日は私のとこやった」 「あら、私のとこにも来てはったわ」 境内には十数体の撫牛達がいるが、暁琉以外は皆撫でられたことがあるらしい。 (気に入らへん…) 暁琉は「一願成就のお牛さん」という撫牛の中でも別格の存在だ。毎日来るほ

砂鉄と磁石

意識が遠のく瞬間を覚えていたいだなんて。 杏子は薄い布団の中に足を突っ込みながら、これはまたやっかいなことになりそうだ、と苦笑いをした。 さあ寝るぞというタイミングで、たまに杏子は絶対に答えなど出ないようなことを考えてしまうのだ。 冷房からポコポコと一定のリズムを刻む木魚のような音が聞こえる。機密性が高い部屋で冷房をつけるといつもこうだ。窓を開けると鳴らなくなるのだが、さすがに窓の開けっぱなしは防犯上よくないから、そのまま大人しく音を聞くしかない。 ガバッと布団の中に頭