【短編小説】急に性格が悪くなった友達
僕の家に遊びに来た、クラスメイトの海斗が、勝手に一人ベッドに寝転がってから、愚痴しか言わなくなった。
座布団に座って、一緒に宿題を解いている時は、良識のあることばかり言っていた。新作のゲームが面白いこと。隣のクラスの臼井さんが気になっていること。将来は東京に住みたいこと。
少なくとも聞いていて不快になる話題は出さなかった。僕も宿題に意識を集中させながら、話に共感した部分は「わかる」「いいよな」などと相槌を打っていた。時々、麦茶を飲みながら、テキストの空白を埋める作業に没頭した。
海斗を家に呼んでおいてなんだけど、勉強は一人でした方が捗る。100%の内容が、頭に入っている気がしなかった。だけど、その分、楽しく宿題を進められた。何事もメリット、デメリットがあるなぁ。
1時間もしたら、集中力が途切れてくる。海斗は「あー、体がバキバキで疲れたー」なんて背伸びをしてから、僕の許可も取らず、ベッドにダイブした。
知り合いレベルの人に、そんなことをされたら、イラっとしただろう。だけど、僕と海斗の仲だったから、特に何も言わずスルーした。
「あー、勉強したくねー」
「それな」
「あー、ダルいー」
「まあな」
「クソクソクソクソ」
海斗の意味もない愚痴には無視を決め込んだ。僕は黙々と宿題に取り掛かった。何も相槌を打っていないのに、海斗が一人で話し始める。
「ってか、暑すぎんだろ今日。あーーーー、蝉の声もうるせーーー。海に行きてーーー。つか、お前、シーツいつ変えた? なんかくせーよ、このベッド。うわ、何このシール? パンについてくるやつ? ひそかに集めてたん? なんか、引くわ。ちょ、そんな顔すんなよ。冗談だよ。ごめーーんって。あー、宿題って誰が考えたんだろーな。きっと、ムカつくやつだろーな。あーーあーーあーー」
海斗は足をバタバタ動かす。靴下から汗と砂が入り混じったような嫌な臭いがつんとした。僕は、うっと顔をしかめて、咳払いをした。
海斗は僕をじっと見つめてくる。
「お前、風邪じゃないだろうなー」
「えっ」
「俺にうつすなよー。そしたら末代まで呪ってやるからなー」
にたっと目を細めて、笑いかけてくる。何がおかしいのか、一人、肩を上下に動かしている。
海斗はリラックスした体勢になったら、人が変わったように、意地の悪いことしか言わなくなった。
宿題をしなければならないストレスもあるのだろうが、こうも人が変わるだろうか。脳みそが地面に近いほど、理性を無くしてしまうのだろうか。
僕は海斗の冗談が一つも笑えなくて、黙ったままでいた。沈黙が支配する。
違和感を感じたのか、海斗は焦ってベッドから体を起こした。
「悪い悪い。冗談だよ」
「はぁ」
僕は馬鹿らしくなって、宿題を先に進めた。海斗にプレッシャーを与えるつもりで、派手にページをめくる。
「なんか、怒ってる?」
「怒ってないよ」
僕は麦茶を一口飲んだ。氷が溶けてぬるくなっている。喉に絡みついて嫌な味がした。
「怒ってんじゃん」
「ってかさ、海斗の靴下、臭いよ。それのせいでむせた」
「えっ」
海斗は前へかがんで、靴下の臭いを嗅いだ。少し顔を赤らめて、さりげなく靴下を脱いだ。
靴下を脱いでも足が臭いことに気付いたのか、海斗はバツが悪そうな顔をした。そして、ベッドから降りて突然、窓ガラスを開けた。
「何してんの?」
「いや、部屋に臭いこもってるかなと思って」
海斗は申し訳なさそうに机の前に座り直すと、僕の方を見ずに宿題を解き始めた。
僕はその場に立ち上がった。この部屋の中で、一番高い位置に頭がある。
「臭くないよ」
一言そう言って、窓をぴしゃりと閉めた。僕はそのまま、海斗と勉強していた机から、一人、学習机の方に移動した。違和感を感じた海斗は、僕を目で追ってくる。けど、知らないふりをした。これで良かった。
海斗に馬鹿にされたくないなら、ヘラヘラしない方が良い。黙って、相手よりも高い位置に行けば良い。
現に、下の位置にいる海斗はチラチラと僕の様子を伺っている。
とりあえず、1ページ宿題を解き終わるまでは、このままでいよう。罪悪感を感じたら、今度は僕がベッドに寝転がる側になれば良い。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?