宮野ひの

訪問ありがとうございます。 短編小説を書いています。

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最近の記事

【短編小説】押し入れの中にいる

 押し入れの中に入って、襖を閉めたら、目の前は真っ暗な世界が広がっていた。正確に言えば、襖の隙間から電気の光が漏れていたけど、伸ばした足の先がよく見えなかったので、暗闇であるも同然だと思った。  私はそのまま目を閉じて、力を抜き、楽な姿勢になった。気持ちが落ち着く。四方八方、木に囲まれているからだろうか。何故か森林浴をしている気持ちになった。  しかし、この木は生きていない。もしかすると、死んだ木に身を委ねていることになるのだろうか。  いや、死んだ木なんて言うのは失礼

    • 【短編小説】食べ放題の店は、オープン直後は自由に料理も取れないほど人で混雑している

       食べ放題の店は、オープン直後は自由に料理も取れないほど人で混雑している。店員さんが席に案内してくれた後、ひと通り説明を受け終わったら、みんな一目散に料理が置いてあるエリアに駆けていく。  即席の列に並び、順番におぼんとお皿と、お箸を取る。美味しそうな匂いが部屋中に漂っているのに、元となる料理が何なのか、私には当てることができない。  列がゆっくりと動き、目の前に突如ラタトゥイユが現れた。なすとズッキーニが、トマトと一緒に煮込まれていて美味しそうだ。  食べ放題の列に並

      • 【短編小説】女子中学生の裏切り

        「〇〇ちゃんから裏切られた」と言う人は結構いるけど、「〇〇ちゃんを裏切った」と自己申告する人はまずいない。人間関係でトラブルがあると、不思議と被害者側に回ることが多いのは何故だろう。  友達の寧々は先ほどから、同じ陸上部の中井さんの悪口をずっと言っている。最初は声が小さかったのに、段々と教室に響くボリュームになっている。私たち以外、他の生徒は誰もいないので、気兼ねなく喋ることができる。  先輩を送る会で必要なプレゼントを一緒に買いに行こうと中井さんと約束したにもかかわらず

        • 【短編小説】突然、夜中に目が覚めた

           ベッドで寝ていた私は、寒さを感じて目が覚めた。毛布は体からズレ、半分以上床についていた。半袖で寝ていた私は暖かさを求めて、掛け布団の下で手足を動かし、もがく。  楽しい夢を見ていた気がする。1秒ずつ時間が経つほど、本当に夢を見ていたかわからなくなってくる。  私は毛布を定位置に戻し、再び目をつぶった。しかし、今何時だろうと思い直し、枕元にあったスマホで時刻を確認する。2時10分。夜は静かに更けていく。部屋の中はしんとしていた。  意識がはっきりするにつれて、暗闇が怖く

        【短編小説】押し入れの中にいる

          【短編小説】パンダと目が合う電車の中

           私と同じTシャツを着ている人が目の前にいた。人で混み合った電車の中。運良く椅子に座れた私は、スマホを触って、友達にLINEを返している最中だった。  「今、起きた」「おそ」と、テンポよく、中身のない会話をしていた。背中に当たる陽の光があたたかく、目を閉じたら、そのまま眠ってしまいそうだった。  そしたら、急に「知佳は死にたいって思ったことある?」とLINEが届いた。何の前触れもなく、話題が変わった。緊張感が走る。  これは真面目な回答をしなきゃだなと思って、気合いを入

          【短編小説】パンダと目が合う電車の中

          【短編小説】メリーゴーランドに乗っていたら、2ヶ月前に別れた元カレを見つけた

           メリーゴーランドに乗っていたら、2ヶ月前に別れた元カレを見つけた。出入り口の柵の前にいる。3人の男友達と一緒で、次に乗る番を待っているところだった。  私は白馬の背中から生えている棒をギュッと握った。気まずい。元カレの存在を認識した瞬間、胸を冷たいものが通り抜けていった。例えるなら、玄関にカマキリを見つけた瞬間に似ている。想像を超える生き物がいると、思考が追いつかず、何も出来なくなってしまう。このドキドキが、吊り橋効果のように「私ってまだ元カレのことが好きなのかも……」と

          【短編小説】メリーゴーランドに乗っていたら、2ヶ月前に別れた元カレを見つけた

          【短編小説】ノートの1ページ目を汚い字で書いた

           ノートの1ページ目を汚い字で書いた。シャーペンの音が耳障りに聞こえる。何も悪いことはしていないのに気分が悪い。丁寧な字で書き直した方が良いとわかっているのに、雑に書き進めることがやめられなかった。  夜の12時を過ぎていた。自分の部屋がない僕は、静かなリビングで一人、課題に取り組んでいた。本当は、今頃布団に入って寝ているはずだった。  しかし、今の時間までYouTubeに夢中になっていた。動画のキリが良いところで、あくびをしながら、ふと我に返った時、課題があったことを思

          【短編小説】ノートの1ページ目を汚い字で書いた

          【短編小説】後部座席にいた少年

           青い車の後部座席に座っている少年と目が合った。しかし、瞬時に逸らされた。最新型のゲーム機を、僕から見えない位置に隠して息をひそめている。  スーパー『たねっと』の駐車場内での出来事だった。平日の午前11時頃。買い物袋を下げて、店の出入り口に立った僕は、一台の車に目が引き寄せられた。青い車。なんの変哲もない車だけど、店から不自然に離れた場所にとめてあるので目についた。  徒歩で家に帰る途中、通り道だったので、青い車に近寄った。ふと、人の気配を感じて目を向けると、後部座席に

          【短編小説】後部座席にいた少年

          【短編小説】「今日の芽衣は好きじゃない」

          「今日の芽衣は好きじゃない」  友達の梨乃から言われた言葉だった。意味を理解する前に心臓がひゅっとした。頭がぼんやりして、泣きたい気持ちになった。  梨乃は、はっきりと物を言う性格をしている。下校中、小学生の集団とすれ違った時、いじめに近いからかいをしている子がいた。見ていることしかできない私。梨乃は「何してるの? ダサいよ。やめなよ」と相手の目を見てしっかりと言うことができる。頼まれた時しか助けにいけない私からすると、自発的な行動ができる梨乃はヒーローみたいに思えた。

          【短編小説】「今日の芽衣は好きじゃない」

          【短編小説】雑貨屋に置いてある砂時計を逆さにした

           雑貨屋に置いてある砂時計を逆さにした。完全に無意識だった。サーっと砂が流れ落ちる音がする。去年家族で旅行に行った海で聞いた、優しい波の音を思い出した。  その砂時計は、砂の色がオレンジ色をしていた。ガラスのくびれ部分が蛍光灯の光と反射して、眩しかった。  最近嫌なこと続きだった私は、オレンジの元気が出る色に惹かれて、自然に手を取ってしまった。数秒間、砂が下に引き寄せられる光景を見続けた。3分経ったら、上にある砂が、すべて下に移動しているらしい。そんなバカな。絶対1秒以上

          【短編小説】雑貨屋に置いてある砂時計を逆さにした

          【短編小説】スニーカーを買ったら靴擦れした

           スニーカーを買ったら靴擦れした。1万円以上したのに。赤くて厚みがあって、どこまでも歩いていけそうな靴だったのに。  スニーカーに付いていた値札をハサミで切って、既に複数回履いてしまった後だから返品はできない。  靴屋で試し履きした時は、違和感がなかった。ドーパミンが出ていて、かかとの窮屈さに気付かなかった。むしろクッション性が合って、足に優しいとすら思っていた。  店員さんから「今履いているスニーカーで在庫が全部です」と言われた。誰にも取られたくなくて、すぐに買うことを

          【短編小説】スニーカーを買ったら靴擦れした

          【短編小説】平日のゲームセンター

           ショッピングモール内に入っているゲームセンターにやってきた。平日だからか人影はまばらで、孤独感を共有しあっているような寂しい雰囲気がある。    クレーンゲームがあるエリアは、陽気な音楽と眩しい光に包まれている。機械たちは遊ばれる、その時を待っていて、ガラスに入った景品が隣同士で協力して愛らしく見せて、私の欲を刺激しようとした。まだ、財布には手が伸びなかった。  右手には、コインゲームコーナーがあった。クレーンゲームエリアと違って、生きている人の香りがした。お年寄りが数人

          【短編小説】平日のゲームセンター

          【短編小説】習字道具を忘れてしまった

           習字道具を忘れてしまった。前の晩から玄関に用意しておいたのに。寝坊して、急いで身支度を終え、靴を履いた頃には、頭の隅から抜け落ちてしまった。  学校に来て机にランドセルを置いた時、忘れ物に気づいた。昨日、千葉先生が「絶対に忘れるなよ」と教室全体を見渡しながら言っていたのに。ひゅっと身の縮む思いがした。  1時間目の習字の時間。案の定、習字道具を忘れてきたのは僕だけだった。お調子者の颯太でさえ、机の上に赤いドラゴンが描かれた習字道具を出している。  号令の後、クラスのみ

          【短編小説】習字道具を忘れてしまった

          【短編小説】頬が痙攣した

           美月の頬がピクッと痙攣した。目を奪われた私は、意気揚々と話していた口を上手く開けることができなくなった。動揺から、目線が上にいったり下にいったりした。不自然に思われないように、アイスコーヒーを一口飲んだ。  高校の友達、美月と会うのは久しぶりだった。卒業してから一年以上は期間が空いただろうか。それまでに自発的に連絡を取ることはしなかった。  しかし、先週SNSで美月が『最近、ついてないかも』と投稿を載せていた。  一度目にしたら、そのままスルーするのは良心が痛んだので

          【短編小説】頬が痙攣した

          【短編小説】味がしない、りんご飴

           今日のお祭り、1週間前から楽しみにしていたのにな。なんで、こうなっちゃったんだろう。  見知らぬ商店街に、ずらりと並ぶ出店。行き交う人々は、笑顔が溢れている。笛がピーヒョロ鳴くような陽気なBGMも聞こえてくる。  水色の生地に花柄の浴衣を着た女の子が、お母さんらしき人と手を繋いで歩いている。手首には水ヨーヨーの紐を通して、わたあめ屋を指差している。二人は顔を見合わせて楽しそう。良いなぁ。  私は白色のTシャツの裾をギュッと掴んだ。お母さん。お母さん。お母さん。早く来て

          【短編小説】味がしない、りんご飴

          【短編小説】スーパーにいたおばあちゃん

           近所のスーパーに買い出しに来た私は、魚コーナー前をうろついていた。晩御飯のメインを悩んでいた。  秋が旬のサンマを買うのも良いな。脂がのっていて美味しそう。カツオの刺身を買えば、調理の必要がないから、晩御飯の支度が楽で良いな。  あれこれと思いを巡らせながら、ずらりと並ぶ魚に目を向けていた。  ふと右側に人の気配を感じた。きっと、私と同じように魚を吟味する、お客さんの一人だろう。スーパーにいるのだから、何も不思議な光景ではない。  しかし、0距離に近く、ピッタリくっ

          【短編小説】スーパーにいたおばあちゃん