よしべえ's チョーク

足皮すすむ・2020年


〜はじめに〜
私が頭狂大学在学中に、その一人暮らしの寂しさを紛らわす為にペットを飼った。ガチョウだ。
飼う前から名前は考えていた。雄ならガッツ、雌ならわたゆきにしようと思っていたが、結局ドルスペッチョと名付けた。
ドルスペッチョは変わったガチョウだった。(私に似たのかもしれぬ。)いわゆる鳥用の餌はいっさい食べず、カチョエペペだけ食べた。時々濃いブランデーを与えてやるとため息を夜風に乗せ、目を瞑って過去に思いを馳せていた。スロウジャズを流してやると尚のこと感慨にふけっていた。そして排泄をしない代わりに常に毛穴から便が分泌しており、まったくもってじつに臭かった。
そのうえ鳴き声も特徴的で「々ィ」と鳴くもんだから、遠くにいてもすぐに気付けたものだ。
そういう変わったガチョウだもんだから病気かと疑い、動物病院を受診したが、お医者様が仰るには「ただのレアキャラでしょう。」だそうで安心した。
そんな変わりガチョウのドルスペッチョと私は非常に波長があい、いつしか心同士で交信する事ができるようになっていた。
目を見れば気持ちがわかるーー。しかしながら長年生活を共にしてきたペットというのはみなそうではなかろうか?
さて本書はそんな私とドルスペッチョが、ある事がきっかけでちょっとした大冒険に出かける、そんな物語である。
生きる事に飽きてしまった諸君、少しばかりこの本のページをめくってみてほひい。
呼吸すら聞こえてくるような生き生きした登場人物の数々、そして彼ら彼女らが織りなす人間ドラマ、そんな人々と出会う冒険の旅路、カチョエペペの残飯ーーー。
それらを感じ取り、是非想像の中で私たちと共に大冒険をしてみてほひい。
足皮すすむ・2020年


一、ドルスペッチョ
私が頭狂大学に入学すると共に、攻炎寺駅近くのアパートを借り一人暮らしを始めた。空間とのルームシェアだ。
初めての一人暮らし。最初こそ非常に満足のいく有意義な生活を送れていたのだが、ふとある瞬間から寂しさを感じるようになった。
私は大学時代、それはそれは異次元の如くモテた上に友人も多かった(本当に本当だよ)のだが、いかんせんプライベートとの線引きもパーフェクトにしちまうもので、学業が終わると女子達の黄色い声援を背にアパートに帰るのだ。すると寂しい一人暮らし大学生の登場というわけだ。
そこで思いついたのが、ペットを飼うという事。しかし犬や猫はアパートの契約上飼ってはいけない事になっていたのでその場では諦めた。しかしーーー。
翌朝目が覚めると窓際に何かがいる。白いこんもりした何かだ。窓を開けて確認する。
「ごめんください、そこの白いこんもりした何か。あなたは白いこんもりした何か以外何者だというのですか?」
するとそれはこちらを振り返った。なんとガチョウだった。しかし私のくちびるが視界に入るや否やすぐに飛び立ってしまった。
が、よく見ると窓の枠にバランスよく一つの丸い物質がちょこんと鎮座しているのに気が付いた。卵だ。さっきのママガチョウが、私の部屋の窓枠に卵をぶっ放していったのだ。
その卵はやがてメリメリと割れ、中から筋肉質で、それでもどこか切ない目をし、悲しみを歌に乗せ世界に届けてくれそうな、耳のピアスを00Gまで拡張しているのにつけているのはミニちくわという、赤ちゃんガチョウが生まれた。
実は偶然にも、私は昔からガチョウを飼ってみたいと思っていたのだ。子供の頃名前を考えていたくらいだ。雄ならガッツ、雌ならわたゆきと名付けるつもりでいた。しかしガチョウ実物の姿を目の前にした途端その希望は崩れ、新しい単語が私の脳裏をよぎった。
『ドルスペッチョ』
これこそが後に私の最大の相棒となるガチョウの名前である。
「よろしくな、ドルスペッチョ!」
「々ィ」
そういう事なのである。

二、民主主義丼
朝ごはんに練乳を1本飲み干した私はいてもたってもいられなくなり、その日のバイト(書店・時給¥860)をばっくれて、ドルスペッチョを連れてどっかに行く事を決意した。しかしどこへ行けばいいのだろう。
迷った私はまず、どこへ行くべきかを知る為に家電量販店に行く事にした。なぜなら、ここには電話が売っているからである。
上はMA-1下はふんどしという奇抜なファッションに身を包み、私が肩車する形でドルスペッチョを首元に乗せる。これが私たちのスタイルなのだ。
家電量販店『稚魚』の電話コーナーに到着した私とドルスペッチョは、まずその中から適当な電話機を選ぶと途端に受話器を耳に当て、うかがった。
「もしもし、私たちはどこへ行けばいいでしょうか?」
しかし返答はない。当然と言えば当然なのだが、仮にもここは個人宅やこぢんまりした八百屋でもなく、家電量販店。多くの人々が行き交う場所であることは間違いないのだが、その受話器からは何一つ受話されなかった。
ドルスペッチョが私の心に囁く。
(なあ足皮、相手はなんか言ってるか?)
「いやまだだ。まだに違いない。」
(ならいいんだけどよ。ここまで来てオジャンは嫌だぜ。)
「ああ、その時はその時で、また別の場所に行くさ。それに意味があるからな。」
すると私の横に店員がおり、こう言った。
「お客様、他のお客様の迷惑になりますのでただちにお昼ご飯なんていかがですか?」
「なるほど」
ようやく理解した。私たち一行がまず行くべき場所は寿司屋だったのだ。
私たち一行つまり私とドルスペッチョは、業界最大手寿司チェーン店「すしどんまい」にやってきた。
「いらっしゃい。何名様ですね?」
「1人と1羽だ。」
「かしこまりました。ではまた後ほど、またのご来店をお待ちさせていただこうと存じます。」
私たちは誰もが呆れ返るほど寿司を食べまくった。おいしかった。

三、クリエイチビチー
寿司を腹一杯食べた私たちは、この伝統的な日本料理に感動していた。
(しっかし最近のチェーン店ってのはすげえな。格安でこんなに美味いもんが食えるんだからよ)
「ほんとだね、魚や板前さん達に感謝しないとな。」
(オレもっと日本食の事知りてえ)
「よしそれなら知り合いに面白い人物がいてね。今からその人の家に向かおう。」
(おっしゃ)

私とドルスペッチョは電車に揺られ、我が国日本の食文化を根底から支えているある人物の所へと向かっていた。
その人物とは、源頼本気(みなもとのよりまじ)氏だ。
よりまじは今現在日本に存在するほぼすべての日本食、例えば寿司や肉じゃがや醤油に至るまで、それらすべてを発明しマーケティングに成功しこんにちの日本食文化を作り上げたすごい人物だと本人が自賛していた。
彼は幼少期より才能にあふれており、若くして日本食料亭"邪飯(じゃぱん)"の総支配人となった。
以下は彼が残したあまりにも有名なスピーチの録音を文字に起こしたものである。

ーーー

「早速ですが私たちの仕事ってなんだかわかりますか?」
\エーワカンナーイ!!/\ナニナニー!!/\タイクツー!!/
「いいですか?私たち料理人の仕事はずばり、あくなき味への探究心です。このざるそばを見てください。一本一本がザルの上に乗って水だけが滴り落ちている。しかしながらザルの隙間が大きすぎると蕎麦達は途端にシンクに落ちてしまう。シンクに落ちた蕎麦を、皆さんは食べたいですか?」
\ヤダーー!!/\キモーイ!!!/\タベタイデスーキャハハ!!/
「食べたいと思われなかった蕎麦に注目してみると、彼らは被害者でありながら人々から嫌煙される存在でもある。それは果たしていい事なのでしょうか?いい事だとは思わなくない人はプチョヘンズダウン」

ーーー

もちろん邪飯の錚々たる従業員は誰1人手を上げなかった。彼らの統率力・決断力そして日本食への想いが本物であるという事が証明された瞬間だ。
そんな事はさておき、私とドルスペッチョは源さんの自宅兼職場である日本料亭「邪飯 本店」に訪れた。
ひのきでできた見事な戸を開けると、そこには女将がおり、三つ指立ててこう言った。
「いらっしゃいませ。ご予約の足皮様ですね。お待ちしておりました。お席のご用意が出来ておりますのでご案内いたします。」
そう言いながら奥にいる男性が紳士的な足取りで私たちの元へと歩み寄ってきた。
「お召しの上着と、お荷物をお預かりいたします。」
私はMA-1を脱ぎ、その黒光りしているパンツ一丁のボディビルダーのような風貌の男に渡した。
「ではこちらに。」
ボディビルダーは私が預けたMA-1を羽織り、歩く動作の一部にかこつけてチンポジを直しながら私たちを案内した。
「こちらが本日お食事をしていただくお部屋でございます。」
入った部屋は、邪飯の中でも特別階級の食事部屋と言われている「珍々の間」だ。
部屋に入る頃にはボディビルダーの肉厚ボディのせいで私のMA-1が避け、中綿が出てきちまっていた。それを指でむしっては捨て、むしっては捨てを繰り返しながらボディビルダーは、持てる全ての腕力を振り絞り、振りかぶって勢いよく襖を閉めた。
ピッッッッッシャァァァァアアアアアアアン!!!!!!
勢いよく閉まった反動でまた少し開いてしまったのを、今度は丁寧にスーーン…と小さな音を立てながら閉めた。
部屋の中は見事なもので、いわゆる一般的な高級料亭のそれとは全く違っていた。畳の間の真ん中になんとジャグジーがあるのだ。
そのジャグジーに1人の男がすでに入っている。そう、彼こそが源よりまじ氏だ。
「いらっしゃいませ。さ、お席へどうぞ。」
源さんがそう言うので、私とドルスペッチョはジャグジーの2隅にそれぞれ腰掛けた。(もちろん服は脱いだ。)
「最近どうですか?」
源さんは料理をする前にまず私たちにこう聞いた。これはのちに聞いた話では、"この人たちにはどんな料理を振る舞うべきか"を考案する為の質疑らしい。
その人その人で料理の内容が変わるーー。まるで凹凸をぴったりとはめ込むように、源さんはその人の人柄や生き様を見て最も適した料理を振る舞うのだ。
「最近ですか…そうですね、風が強くなってきました。」
「学業は順調ですか?」
「ええ、転校しました。」
「ご家庭仲は円満ですか?」
「ええ、円満ってツブラミツルって人の名前みたいですよねタヘヘw」
「では最後に。何が食べたいですか?」
「電車でご当地弁当を食べてきたのであんまりお腹空いてないんですよね。」
すると源さんは一呼吸おいて、こう言った。
「…わかりました。では最高の料理を振る舞いましょう。そのままこの邪愚神(じゃぐじん)に浸かっててください。」
「ええでもこれちょっと熱くてのぼせそうです。温度を下げてもらえませんか?ドルスペッチョがジューシー茹で鶏になってしまう。」
エコキュートで温度設定をいじった源さんは、そのまま邪愚神の真横にある厨房でなにやら作り始めた。
そしてじつに2時間半後の事。
「ふう、お待たせいたしました。最高の料理ができましたよ。」
「いやあもうのぼせてしまいましたよ。見てくださいこの指。しわしわでなんだか垢擦りにすらなりそうなデザインしてます。」
(足皮、熱すぎて死にそうだ)
「大丈夫だよドルスペッチョ。生きているものは皆いずれ必ず死ぬ。」
(そうじゃねえ。今死にたくねえんだ)
「宇宙の歴史から見れば今も100年後も、なんなら1万年後も同じ"今"という瞬間みたいなもんさ。」
(それを言われちゃあね)
源さんは、邪愚神の横にあるテーブルにそれらの料理を並べ始めた。邪愚神からテーブルは高さがありすぎて、なんの料理かわからない。
「いやあお腹ぺこぺこです。」
「では最初の料理はこちら。」
そう言うと源さんはテーブルに1つだけある椅子に腰掛け、紙エプロンを装着し、料理の一つをフォークで刺して自ら食べ、感想を述べた。
「…うむ、これは前菜の小松菜サラダですよ。小松菜のシャキシャキした歯応えと自家製ドレッシングが見事に調和していて素晴らしい。自家製ドレッシングにはニンジンのペーストの奥に隠し味としてニンニクが使われています。まったりしてコクがありますが、野菜のサッパリ感と調和して素晴らしいハーモニーを奏でています。また喉越しもいい。」
「ほうほう、では次は…?」
「次は…これは肉ですけどなんだかソースにひと工夫されておりますぞ。(もぐもぐ)うむ、味噌だ。味噌ベースのソースですこれは!いやあ我ながら実に奥深くクリーミーなソースだ。ロース肉の上品な脂に味噌の素朴な香りがまとわり、これまた見事なハーモニーをアンサンブルしております。」
「ほほう、ではその次は?」
「これは魚料理ですね。ドジョウの表面をガリガリと削り、それを昆布酢で締め湯に戻し、麻縄でしっかりと結んで丸10日天日干ししたものに麹菌を散布し、ウイルスバスターをインストールする事で麹菌を抹消し、コウモリの血とメカブの苗木と、マーメイドのボアブーツとリスの頬袋と、アニサキスの預金通帳とゲームボーイアドバンスをふんだんに溶け込ませ、しかもそれらを見事に調和させて最後に熱した金平糖を流し込んで巨大な飴にしている。すごい。これは素晴らしいだ!」
「ふむふむ、いやあ風呂に入りながら源さんの手料理の味の感想を聞かせてもらえるなんて光栄です本当に。おやおやデザートがやってきましたぞ。」
「これはパンだ!デザートはなんと市販のロールパンが常温でポムと置かれたものだ!もう少しなんとかならなかっ…いや待て、中に何か入っている…。(もぐもぐ)ゴム…ゴムだ…。ゴムが入っている…ゴムだよこれは!私たち人間が何かを縛る時などによく使う、あの輪っかのゴムだ!常温パンのパサパサ感にゴムのゴニョゴニョとした歯応えが見事にマッチし、口の中で面白すぎるくらい面白い!そして咀嚼したパンは呑み込めるがゴムはなかなかどうして飲み込みにくいジレンマにも面白さを感じるぞ!いやぁおもしれえメシ!」
源さんは邪愚神に入っている私たちに、自分の手料理がどんな味がするのかを詳細に教えてくれた。そして束の間の楽しいひとときもついに縁もたけなわ。私たちはすっかりのぼせ上がった体を邪愚神から引き上げた。
「あっちい!源さん、最高の料理の味説明をありがとうございました。ところでバスタオルなんてありませんか?」
「いやありませんよ。着てきた服で拭いてはどうですか。」
(足皮、オレはどうしたらいい?)
「ドルスペッチョは私がふーふーして乾かしてあげよう」
(地獄やな)
「それはこの料亭だよ。」
そう言った直後私たちは出禁になった。
風呂の湯が染み込んだ服を着ているうちにそれらが冷め、風邪をひきそうなくらい寒い思いをしながら帰りの駅に向かった。

四、おひねり
2007年初夏、数年前よりドルスペッチョが法律事務所を立ち上げたいというので、このたび私たちは2人だけの事務所「足皮なんでも相談所」を立ち上げた。
ある日のこと。木製の重厚感あふれるそのドアをノックしたのは50代半ばくらいの女性だった。
私は練習した笑顔を振り撒きながらこう言った。
「お待ちしておりましたムラヤマ様ですね。さ、どうぞこちらの席へ。」
ムラヤマ様は用意してある簡素なしかし相談するには充分な椅子に腰掛け一息つく。
「さ、お飲み物をどうぞ。一番出汁です。」
ウェルカムドリンクの一番出汁を一口飲むと、重たい口を開き相談内容を話し始めた。
「私…私息子がいるんです。けどその息子…部屋から出てこないんです。」
「なるほど、いわゆる引きこもりというやつですな。」
「ええ。私が声をかけても『うるさい』だの『ババア』だの『虫ケラ』だの『ウジ虫』だの『ギョウ虫』だの言って一向に出てこないんです。」
「息子さんは今おいくつで?」
「24です。今年25になります。来年は確か…26だったと思い…いや27かな?ん?26?」
「思春期年頃の子ならそういった反発があってもおかしくはないですけど、24ともなると早ければもう小さいお子さんがいてもおかしくないような歳ですよね。そんな息子さんが部屋から出てこない…何か思い当たる事はありませんか?例えば彼が大切にしている物を無碍に扱ったり、無意識のうちに傷つけるような言葉をかけてしまっていたり。」
「いえ、そもそも引きこもる前までは"仲睦まじい家族"として近所でも評判でしたの。それが急に自室に引きこもってしまって…。」
そう言いながらムラヤマ様は涙を目に浮かべていた。
「息子さんはいつ頃から引きこもるようになったのですか?」
「そうですね…10分くらい前からです。」
「え!?」
「私がここに伺う10分前に部屋に入りまして、それからここに伺うために家を出る時も部屋におりましたので、おそらく今も引きこもっているかと思います。もう本当に…ああ。」
感嘆の声を上げて角膜が剥げ落ちるほどの涙を流したムラヤマっち。
「ちょっと待ってください、10分?10分ですか?!とにかく今そちらに行きますからね。」
トランシーバーでそう言った私は入っていた風呂から出て服を着て、相談スペースへ戻った。
「いやあいい湯でした。ところでなんでしたっけ?ああそうだ引きこもりの息子さんでしたね。そんなの気にしなければいいじゃないですか。では、本日はありがとうございました。」
「ようこそ。」
そう言ったムーさんは来た時とは全く違う、何かつっかえた物が取れたようなスッキリした表情をして帰って行った。
帰りに二郎系ラーメン屋で散財していたと諜報員のドルスペッチョ教えてくれたが、が今となってはどうでもいい事だ。

この頃は本当に色々な事があった。
感慨に耽りながらしなちくでも食べて想い馳せようではないか。
コリコリコリコリコリコリコリコリ!!!


〜あとがき〜



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