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【舞台感想】『ヴァニタスの手記 Encore』

池袋サンシャイン劇場で2023年3月10日~12日に上演されていた『舞台 ヴァニタスの手記カルテ Encore』を観劇してきました。

昨年春に『舞台 ヴァニタスの手記』として上演予定だったものの再演になります。
「予定だった」というのも、W主演のうち片方のノエ役の菊池修司さんが直前にCOVID-19にかかってしまい……公演自体もたった1公演を残して中止になるなど悔しい出来事になっていたからです。あのときノエの代役を務めあげてくださった高本学さん、本当にありがとうございました。カーテンコールで涙腺がおかしくなっちゃいました。

菊池さんのノエも観たい、このままヴァニステが風化してしまうのは悲しい(昨年の公演は円盤も無期限配信も発売がなかった)、ということで当時「再演お願いします!」という声がいくつもあったんですね。かくいうわたしもお願いしました。わたしは昨年の公演、もともとチケットは取っていなかったのですが、我慢できなくて購入期限ぎりぎりにDMMのディレイを観て「舞台って面白いな!」と実感したんです。

そして今回めでたく再演が実現。「再演して!」と言ったからにはチケットを取らねば示しがつかないと思い、スケジュールをどうにかこじ開けて観劇予定を生み出しました。
チケット取れてよかった。

さて感想。思い出せるところから書くので時系列がバラバラなのと、公演のネタバレを含むのでご注意ください。あと記憶頼りなので曖昧率高め。
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再演なので内容は昨年のものと同じ。昨年観たときにも思ったのが、演劇の表現力。飛空船、仮面舞踏会、カタコンブなどさまざまに場所が変わるのに使われるセットは全編を通してたった一つだけ。あれが本当に衝撃で。セットは変わらないのに物足りなさは全くないんですよ。階段、バルコニー、扉、出口、これらの部位がその時々に対応するようにフル活用されるんです。

個人的にはバルコニーがお気に入り。ノックスとマーネがヴァニタスvsジャンヌの戦いをここから見ることになるんですが、これがめちゃくちゃぴったりで。ここから叫ばれる渾身の「最低だーッ!」、また見られてとっても嬉しいです。原作ではダムピールの面々がやるセリフですがノックスとマーネのバージョンも大好き。ダムのみんなはドン引きしながら静かに、姉弟はビシッと批判するように言うのが本当にいいです。

……バルコニーの話になったので、この公演でいちばん好きなシーン(かもしれない)について語っていいですか。
仮面舞踏会のシーンでバルコニーにいるネーニア三姉妹と下にいるノエが対峙するところ。ネーニアが「あなた、前に誰かの目を通して見たことあるわ」とバルコニーから身を乗り出してくねくねするシーンですね。禍々しいエフェクトがかかってバルコニーが紫になって。そして「その子の名前は……ルイ」と言った瞬間にバルコニーからネーニアが消え去り、そこにはルイが現れる……。

たぶんネーニアが手前、ルイが後ろに控えていて、「ルイ」と言った瞬間に照明を切り替えるとともに照らす位置をちょっと後ろにしたんじゃないかと思うんですけど、あまりにも綺麗な切り替わりで一瞬で心を掴まれて……。
だってネーニアのときは後ろのルイは見えなかったし、ルイのときは手前のネーニアは全然見えなかったんですよ。ネーニアがルイに変わった、ルイに見えたみたいに感じたんです。ノエの視界をそのまま見ているかのようでした。めっちゃすごい。

ルイのシーンはもう全部素晴らしくてここには書いても書ききれない! 個人的にこういうキャラクターが好きなのですが、舞台になると漫画やアニメでは描かれないような細かい挙動まで全部そこにあるので脳がおかしくなっちゃいますね。
オープニング『空と虚』ダンスは全員が全員「本人が踊っている」とすんなり感じるほど指先までキャラクターの魂が詰まっていて素晴らしかったです。目が足りない。でもルイの動きが、所作が、本当に丁寧で美しくて。他のキャラクターは力強さとか芯の強さなどを表現しているのに対して、ルイはどこか切ない、諦めたような儚さがある動きをしていたのがとても印象に残りました。

オープニングダンス、本当にすごい。本編では社交ダンス以外踊る印象がないキャラクターたちなので、アニメのOP曲に合わせて踊るということだけで軽く解釈違いになる危惧があるじゃないですか。でも違和感が全くない。むしろ「この人なら絶対こう踊る」が全部反映されていて最高でした。

去年の公演のときにもあったアドリブタイム。まずはオルロック卿がムルと二人(一人と一匹)で残されるところ。ムルに話しかけるオルロック卿の猫なで声が癖になる。というか舞台のオルロック卿は全体的にコミカル度が高くて楽しい! 原作では異界領主としての面がどうしても強く出るのでどちらかというと厳格なイメージになりますが、ムルを可愛がるところや激昂して姉弟に止められるところなど舞台になってより可愛らしさが見えるようになったというか。ムルとのシーンの前にノックスとマーネを追跡に送り出すところで「しっしっ!」とやっていたのがとても面白かったです。ここの三人、原作でも好きだったけど舞台で目の当たりにすると説得力がすごい。
あ、ムルと残されるところに差し掛かるとそれまでじっと見入っていた観客の雰囲気が「来るぞ」になって、セリフが出た瞬間にどっと笑いがあったのも「みんなここ好きなんだな」と感じられてよかったですね。

原作から印象が変わったキャラといえばモローも。原作では「お前だけは! 許さない!」と思えるほどの極悪非道さが先行して、コミカルな言動も全部恐怖に直結してしまっていました。無論そういうキャラクター(自由奔放だが倫理観がないマッドサイエンティスト)として描かれているので当たり前のことなのですが、舞台ではそれを本当の笑いどころとして持ってきたのがすごくよかった! 明るい曲に合わせてジャンプ、手拍子を促しながら登場したときの楽しさといったらなかったです! あのときの観客はみんなモローの強化人間だったかも。

モローの登場シーン、強化人間三人も一緒に出てきて踊ってくれるのですが、初演にもいた塩対応の強化人間さんがいて嬉しかったです。わたしが観た回では「やかましいわ」のノリでぺちっと反撃する感じでした。

原作からそのまま出てきた? と思うほどに完璧なドクター・モローで、まさかあのテンションを実際にできる人がいるとは……と感動しましたね。コメディシーンはもとより、シリアスシーンになっても大きく態度が変わったわけではないのになぜか薄ら寒い感じがする。情緒不安定で子供っぽいところも全部全部観られて幸せでした……。

アドリブシーンの話をするなら避けては通れないキャラがいますよね。
碧玉のローラン。あいつヤバいよ……。

原作でもアニメでもとんでもないキャラをしていますが彼が真に光り輝けるのは舞台だったのかもしれない。
舞台って生ものなので、同じ演目でも日によって内容が少しずつ違うんですよ。日替わりの場面はもちろん、セリフを飛ばしちゃったり立ち位置を間違えちゃったりというハプニングも含めて毎回一回ものの演技をしているんです。それがアニメとかと違う点で、それゆえに舞台化をあまり好まない人とかも世の中にはたくさんいらっしゃるのですが。
ローランはそういう「舞台の特性」との相性がめちゃくちゃいいキャラクターなんですよ。仮に『ヴァニタスの手記』という作品にローランがいなかったら、舞台の面白さは確実に何割か減っていたと思います。

ローランが出てきたときの劇場の「来たぞ珍獣」という雰囲気はものすごかったしなんなら出てきた時点で既に笑っている人いました。「パラディンさっ(キラリーン☆)」でみんな耐えられなかったようですがあの効果音はずるすぎません? 反則では?
あとマリアとジョルジュと合流して引きになるときに「ここ、タッチしなよ」とひたすらジョルジュに無言のアピールをして結局タッチしてもらったの、あとで知ったのですがローランがジョルジュにこっそりタッチするシーンが各公演であったらしいですね。人を振り回す天才であるローランならやりかねないいたずら、面白い。

今回は登場しませんでしたが、このローランを絶対オリヴィエと引き合わせたい……。もしジェヴォーダン編が舞台化されたらあるかもしれないけれどどうかな。少なくともアストルフォとは絡むはず、そこは確実。とにかくこのローランを他のパラディンと会わせたい。丘山さんのローランに振り回されるオリヴィエ、ワンシーンだけでいいのでいただけませんか。

そして今回の見どころ、菊池さんのノエ。
原作のノエはほわっと、アニメのノエはさらっとした天然さん、舞台のノエはおっとりしたおのぼりさんという感じでどれも素敵! ノエの良さが存分に感じられて楽しめました。「僕はヴァンサン、彼はジルベールと申します」「いきなり何を言い出すんですかヴァニタス」のところ、他のノエなら頭に「?」を浮かべるところを「そ、そ、そうなんですヴァンサン~」と若干飲み込めないまま乗っかるところが可愛い。

そもそも原作でもノエたち幼馴染三人の話がお気に入りなのですが、中でも特につらいシーン……ノエがルイに「どうせなら君に殺されたい」と懇願されるシーンの出来が本当に素晴らしくて脱帽でした。ルイの苦しみはもちろんのこと、懇願されても受け入れることはできないノエの葛藤と優しさが滲んだ「できないよ」、あれを聴きにサンシャイン劇場まで足を運んだといっても過言でないくらいよかったです。ルイがその返答を聞いて、悲しげな顔を一瞬見せたのちに悪化してしまうのも心が苦しくなりました。そしてその攻撃を拒めないノエ。

舞台を観て気づいたんですが、ここのノエって「ルイに元に戻ってほしい」とは思っていますが仮にもう元に戻れないというなら「ルイに殺されても仕方がない」と思っているのではないですか? だとしたらヴァニタスの「生きる意欲の希薄さ」を指摘できる身でもないのでは?

いや「生きる意欲の希薄さ」は語弊がありそう。ヴァニタスは他者の危害から生き残ることには貪欲ですが、なにかを為すためにコストが必要なときに自分を犠牲にしがちといいますか。一方ノエは力ある吸血鬼ゆえの無自覚の高貴さがある種の「手加減」を招き、感情において拒めない(あなたの役に立ちたい)ものを「拒まない」。

原作でもこうしたスタンスの違いをダイレクトに描く回がありましたが、原作って漫画ですので、どうしてもノエに自分の視点を預けてしまって(解くべき謎はヴァニタスのほうにあると意識が偏って)ノエの自己犠牲についてはあまり考えてきませんでした。舞台という完全第三者の視点に立って初めてそれに気づけたので、改めて表現形式の違いはもたらすものが大きいと感じました。


人生初の生観劇がヴァニステでよかった! いや厳密には人生初ではなかったのですがジャンルと言語が違ったので別カウントで。劇場に入って静かに蒼く輝くセットを目の当たりにしたときのあの気持ち……蒼い月の夜のパリに着いてしまった感動はなににも代えがたい体験でしたね。

カンパニーのみなさま、改めてありがとうございました。
本当に素晴らしい舞台でした。昨年の公演で終わらせない、というみなさまの強い思いがあったからこそ完成した作品です。再演がなければ現地で観ることも叶わなかった。この感動をありがとう。いつまでも心に残る体験だと思います。


この感想noteは3月に書いたものでしたが、その後投稿できずに5月になってしまいました。でも今でも不意にこの公演を思い出すことがあって、やっぱりよかったなあ、としみじみ思っています。下書き欄の肥やしにしておくのはもったいないと思って書き上げました。

原作の連載もそろそろ再開するそうです。『ヴァニタスの手記』の美しい世界がこれからも広がっていきますように。

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