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劇評・鬼滅の刃 無限列車編

ラテン語で霊魂を意味するAnimaを語根とする言葉で、代表的なものが二つある。物を意味するalをつけ「命が吹き込まれた物」を意味するAnimal。そして動詞にあたるateと、物事を表すionをつけたAnimationだ。直訳すれば「命を吹き込む事」といえる。
 ただの筆記具の痕跡に過ぎない絵が、その時間軸を連ね、音と声を与えた瞬間、目の前に実在するような存在感を獲得する。そこに心を掴まれる物語が加われば、もう逃げられはするまい。
 そんなアニメーションの基本にして究極の一本が生まれ、そして誰も否定できない記録まで刻んで見せた。

 竈門炭治郎。家族を鬼に惨殺され、唯一残った妹、禰󠄀豆子を人間に戻すため、鬼と戦う影の組織『鬼殺隊』に入る。
 入隊し日が浅いとはいえ、容赦なくもたらされる任務。その折、無限列車と呼ばれる汽車の乗客たちが、次々と行方をくらませ、ついに鬼殺隊隊士まで消えるという事態が起きる。
 炭治郎と禰󠄀豆子、そして同じく鬼殺隊になりたての我妻善逸と嘴平伊之助は、鬼殺隊最強剣士の一人、煉獄杏寿郎と合流し、これを解決せよと下命される。
 煉獄をはじめ、誰一人油断などしてはいなかった。故にその先に待ち受ける運命が、かくも過酷なものになろうなどと、夢にも思わなかったのである……。

 2016年の連載開始以来、その独特の筆致と苛烈なストーリー展開が話題となり、漫画、アニメ共に次々に記録を塗り替え続けた作品の劇場版……となれば、原作にない独自の物語を描くのがそれまでの定石だった。だが今回はその物語の形態と長さから、TVシリーズをそのまま継承するという形で制作された。
 兎に角、昨今当たり前となった3DCGとの見事な融和といい、一分の隙もないセルワークといい、キャラクターに美しいまでの魂を与えた熱演といい、見るものを掴んで離さぬ物語と楽曲といい、何をどう賛嘆してよいかわからない。
 不得手な噂語りに及ばせてもらうと、スケジュールの許す限りを全てクオリティのブラッシュアップに懸け、映画では当然のように行われる、完成した映画を最初に関係者で見るゼロ号試写さえ行わなかったらしい。恐れ入る。

 しかし、当然といえば当然であるが、劇場作品はいわゆる一見さんも取り込もうと、独立したストーリーで展開されることが多いが、本作はTVシリーズからみっちり地続きであるため、これのみを見ただけでは何が何やらわからないだろう。
 本作をきちんと楽しむためには、26話に及ぶTVシリーズをまず履修する必要がある。そういう意味でも特殊な劇場版である。
 が、本作にとってそれはハンデどころかブースターであった。星火燎原ならぬ煉獄燎原が如き勢いでヒットを飛ばし、日本の国内歴代興行収入第一位。そして2020年の年間興行収入は世界で一位を記録。本誌連載がとうに終わった今なお、その人気は落ち着く様子も見せていない。
 この快進撃の理由を探る試みは、既に多くのライターや情報誌でされているので、私は冒頭の語根から、くすぐり程度に意見を述べさせていただく。

 霊魂を意味するAnima。その頭に「ひとつの」を意味するuniを付け、物事を意味するityをつけたUnanimityという言葉をご存知だろうか?
 言葉自体を翻訳すると「満場一致」と訳されるが、語根を辿るとそう見えるだろうか?

「魂が一つになること」

 読者氏が既に本作をご覧になったのなら問いたい。あなたは誰の目で本作を見ただろう?
 かけがえのない家族の仇と、唯一人の妹のため邁進する、未だ弱い少年の目か。
 己の弱さを隠しもせず、それでいて仲間に必死について行こうとする少年の目か。
 強さこそを唯一の価値と信じていながら、それ以上の何かの存在に気づく少年の目か。
 彼らの先達として、その背を見せ、その背で守り、その目を決して背けず、最後の一刀まで一糸の緩みも見せなかった男の目か。
 あるいはその男を幼いまま残す運命を背負いながら、強く厳しい教えを刻んで逝った母の目か。

 原作から乖離すれば指弾を浴び、添い過ぎるあまり漫画を読めばいいと言われてしまっては元も子もない。本作に立ち居並ぶすべての人物を過不足なく描き切り、彼らを見た全ての人の魂をひとつに編み上げたスタッフの力こそ、本作の核ではないだろうか。

 映画は終わった。が、物語は未だ終焉を見せてはいない。
 この先物語を、我々の魂をどこまで編み上げてくれるのか、楽しみで仕方がない。


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