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書評・あさひなぐ

 スポーツやゲームなどの競技を題にした漫画は、およそ2種類に大別される。主人公(ないしそれに準ずるキャラ)が、その競技にとって有利な特徴を最初から持っているか、物語の過程で獲得していくかだ。
 前者は少年漫画に多い。使い走りで鍛えた足が無二の武器となる『アイシールド21』然り、卓抜した野球センスを持ちながら努力嫌いが成長を阻害していた『タッチ』然り。
 後者は青年漫画で多用されるが、本作は当代においてその上位に列すべき作品である。

 東島旭。チビでメガネで平々凡々。中学時代は美術部に所属し、体育以外のスポーツなど当然縁もなく、新しい人生の起点になると信じた二ツ坂高校入学初日に、電車内で痴漢に会ったというくらいしか特筆すべきことのない彼女の人生が、まさに痴漢にあったその日に変わりだす。
 美しく凛とした上級生、宮路真春に助けられ、なぜか彼女の所属する薙刀部に入ることに。縄跳び10回すら飛べない旭が、宮路をはじめとする生っ粋のアスリートたちの背を追い、遮二無二己を鍛えていく。
 ただひとつ、強くなりたいという欲を胸に……。

 いわゆる部活漫画である。先述のように主人公に飛び抜けた素養はなく、青春の山坂を根性一本でよじ登る様が主になる。
 無論それだけではなく、同級生に気性の尖った剣道経験者の八十村や、長身という武器を持つ天然お嬢様紺野を配し、経験と天性との対比を楽しませる配慮も憎い。
 彼女らをはじめ個性派揃いの二ツ坂薙刀部の面々が、青春群像劇の王道そのままに、互いの切先を交しながら変化していく。時にそれは痛みや屈辱や抑圧を伴い、少女たちは遠慮なく泣き、怒り、逃げる。
 人と関わることの楽しさや辛さ。勝利の対にあり続ける敗北。逆らうではなく違うことで生まれる軋轢。
 肉体と精神のふたつの坂を、少女たちがうさぎ歩きで登って行く様は、そんな青春と縁がなかった身にはほろ苦く、経験者には思い出が汗の味とともに蘇って来るだろう。

 血も名も飾も持ち込めぬ12メートル四方のフィールドに、体と技と心のみを携えて立つ乙女たちの姿が、筆者独特の細く強い筆致で描き出されたその様は、涼しげでありながら熱く、軽やかに見えつつ一撃の厚みが滲み出る、現代のスポ根漫画のひとつの極果を見る思いがする。

 生まれついての天才なんかいない。皆ひたすらになぎなたを求めて焦がれてきただけの、普通の女の子たちが、磨き合い、守り合い、そして喰らい合う。
 いつか流した、その涙の名前を知るために。

 日本で最も美しい闘いに身を投じた少女たちの、笑って泣ける大部活劇。久しく泣いてないなぁなんて方は。是非。


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