物語るまでの距離、現在地、

 どんな物語を紡ごう——。
 はたして自分はどんな物語を紡ぎたがっているのか——。 
 そんな漠然とした問題を私は日々グーッと考えている。でもなかなかアイデアの芽みたいなものは生えてこない。
 あ、これはどうかな、とか、お、これはいいかも、といった小アイデアみたいな、いや、芽にならって、アイデアの種みたいなものと呼ばせてもらおう、そう、そのアイデアの種みたいなものはチラホラ出てくるのだが、その種を芽吹かせる、土や水や日光がない……。
 土や水や日光=才能? 
 だとしたら、つまり、私には才能がないってことに……。あぁそうか、そうかそうか。やっぱり私は凡人だったのか。どうりでおかしいと思ったよ。アイデアが浮かばないんだもんなぁ。はぁぁ。きっと才能ってやつが備わっている人ってのは、私なんかとは何もかもが違って、湯水のごとくアイデアが湧いてくるんだうなぁ。私があーだ、こーだ、あーだ、どうだ? と頭をこねくり回している時にはもう、才能がある人ってのはすでに三本くらい物語を完成させちゃってるんだろうなぁ、きっと。はぁぁ。やっぱ小説家ってのは才能の塊みたいな選ばれし人間のみがなれる職業であって、私みたいな凡人には到底無理な話だよなぁ、はぁぁぁぁぁ。と、落ち込むことが瞬間的にあるのだけれど、ほとんどの場合、えぇい、うるせぇぇやぁぁい、で片付け、性懲りもなく脳内でえっさほっさアイデアと探し、それに疲れたらランニングで汗を流し、シャワーを浴びて、またえっさほっさして、疲れたら飯食って、本読んで寝る。
 そういう日々の中で私の頭ん中に頻繁に浮かぶ、ある問いがある。
 それは「これまでどうやって物語を作ってきたのだっけ?」だ。
 その問いが生まれる時点で、察しの良い方なら分かると思う。そう、私は今、物語の作り方さえ忘れてしまった、ただの木偶の坊である。
 浮かんできたアイデアをどう生かせばいいか、どう育てればいいのか、まったく分からない。途中まではいける、でも必ず分厚い壁の悪魔みたいなおどろおどろしいのが現れ、私の行く手を塞ぎこう言う、
 ソレツマラナイヨ、と。
 その度にしょんぼりとし、その私はアイデアを踏み潰す。そのアイデア自体がスランプの原因だと言わんばかりにツヨク、ツヨク。
 それの何度も繰り返し、ふと分かったことがある。というか、フッと思った。それはこれまで踏み潰し続けてきた、悪魔にソレツマラナイヨ、ソレツマラナイヨ、と言われ続けてきたアイデアを一回全部回収して、魔女が使うようなドデカイ鍋に投げ込んで、あらかじめ用意していた焚火とか、ドンキで買ったガスバーナーとかで熱して、ぐつぐつ煮だったら、どデカい木べらでぐるぐる回してごっちゃごっちゃに混ざったもんが、もしかしたら面白い物語になるかもしれない、という想念。
 うん、いいではないか、いいではないか、と心の中で何度も頷いたし、なにより、出来上がりを想像してワクワクしたし、楽しそうだな、ってフッと思ってしまった。
 そう、思ってしまったのだ。
 そう、だから、私はこれまで叩き付けた全てのアイデアを解体し、それを組み合わせ、えげつないへんてこりんな、作品を書く。
 だって、そう思ってしまったから。
 ふと今思ったが、小説家には、いや、創作する全ての人間には「そう思ってしまった」が大切なのかもしれないな…………
 あれ、それに気付いたらとぉぉくの方に、ちぃーちゃっい光が見えるゾ! もしや、これはアレか、神様のお告げってやつか、そうだ、きっとそうだ。ようし、やるぞー、私はやってる!!! 
 と、ブレーキを取っ払い思うままに書き連ねたおかげか、さっきまでのBADな気分が、少し晴れた。
 もしかしたら、あまりぐちぐち、あーだ、こーだ、あーだ、どーだ? と、考え込まないでフリースタイルで物語を紡ぐ、その方法が良いのかもしれないし、良くないのかもしれない、だからこそ試さなくてはならない。
 というのが今、私が到達した地点。
 明日はどこに到達しているのか、それは分からない。
 でも、一つだけ言えることがある。
 明日は明日の風が吹く。

 デクノボウカラハイジョウデス。
 

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