かくことはスポーツではないか

こんにちは。センケイです。

特に論拠のある話ではなく、個人の感想なのですが。

学ぶことは座学だったとしても、それを形にすることはスポーツみたいなものではないか。そんなことを思う機会が増えました。
自分の場合は、ブログを書くことや、数学をやることを通じて↑を感じましたが、小説や絵画といった創作にも、もしかしたら通じるかもしれません。

ブログについて言えば、2020年秋現在、推し作品であるラブライブ!について毎週感想を書くというのをやっているのですが、やっぱり毎週書いていると、身体で何かを覚えていくような感覚があります。

数学、あるいは学問全般についても言えるかもしれません、をやるときも近い感覚があります。
読んで何となく分かったことでも、いざ使いこなそうとすると、普段から手を動かし慣れていなければ全然出てこない。逆に言えば、これは会社の受け売りですが、書けるようになるためにはそれ専用のトレーニングが必要という意味で、スポーツと似ているというわけです。

それ専用のトレーニングが必要っていうのは、言い換えれば、近道ができない、ってことになると思います。
普段からいろいろな種類の訓練をしていたり、座学でいろいろテクニックを知っていたりしたとしても、それらの経験を活かした1段抜かしが (全くではないが) なかなかしにくい感じがあります。
もちろん、トレーニングの単位時間あたりの成果は工夫次第で多少大きくできると思いますが、劇的に圧縮することはできないのだと思います。

そうすると、テクニックはかなり知っているはずなのにアウトプットが (自信に反して) できないというフラストレーションに、一度は立ち向かわなければいけない形になります。
自分の能力が低いような気がしてきて、つらみがあります。

でも、それはもしかすると、アウトプットの訓練が足りていないだけなのかもしれません。それ専用の時間を割いていないというだけのことなのかもしれません。
もちろん、得意なことか苦手なことか次第で必要な労力も変わってくるように思いますが、少なくとも、出力すること専用の訓練を沢山していない間は、必要以上に自信を無くす必要はないのではないか。そのように思うのです。

…と、最近いくつかの局面を通じて感じたことを簡単にまとめました。ここまでありがとうございます。

もし、なかなか出来ない何かについて思い悩むようなかたがいらしたら、ご参考になれば幸いです。

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