解雇規制のないアメリカでは解雇し放題なのか?
自己紹介
ご覧頂きありがとうございます。新卒で食品会社に就職し、アメリカの子会社に赴任。そのままアメリカで転職し駐在12年目に突入!
自分自身への備忘録も兼ねてアメリカでの体験や自身の考えをnoteに残していきたいと思います。同じ境遇やこれから海外に挑戦したいという方にとって少しでも参考になれば幸いです。
はじめに
昨今、日本でも解雇規制に関する制度変更が話題となっています。
解雇規制が基本的に存在しないアメリカでの実情を通して、これから日本で何が起ころうとしているのかを知ることができるかもしれません。
まず初めにアメリカの雇用制度について、日本人には「解雇し放題」というイメージがあるのではないでしょうか。
その背景には映画やドラマ、最近ではSNSの影響があるかとは思いますが実際のところはどうなのでしょうか。
この記事では、その実態と背景を考察してみたいと思います。
「At Will」契約とは?
アメリカの労働契約の基本は、「At Will」という雇用形態にあります。これは、雇用主と被雇用者の双方が、理由を問わず、自由に雇用契約を終了できるというものです。
つまり、雇用主は社員を解雇する際に、具体的な理由を提示する必要はありませんし、社員もまた、特に理由を説明せずに退職できます。
この仕組みが、アメリカでは「解雇がし放題」と思われる原因の一つではないかと感じています。この仕組みのために日本に比べて、社員の保護が薄い印象を持つかもしれませんが、実際の運用ではもう少し複雑な要素があります。
解雇の自由と不当解雇のリスク
アメリカでは「At Will」に基づいて解雇が自由である一方で、適切なプロセスを踏まないと不当解雇(Wrongful Termination)だと訴えられる可能性があります。
不当解雇とは、差別や報復、契約違反など、法的に不適切な理由で解雇された場合を指します。そのような場合、被雇用者は雇用者を相手取って訴訟を起こすことができます。
訴訟が起きた場合、雇用主にとっては訴訟費用や示談金が大きな負担となるだけでなく、時間的、精神的なコストも生じます。このため、雇用主は「自由に解雇できる」という認識があっても、実際には慎重な対応を求められるのです。
適正なプロセスの重要性
解雇が不当と見なされないためには、雇用主側が適正なプロセスを踏む必要があります。
以下はそのプロセスの参考です。
1. 解雇理由の明確化
解雇の理由を正当かつ明確にし、文書化します。これは、解雇がパフォーマンスの問題、業績不振、会社の方針違反など、正当な理由に基づくことを示すためです。
2. パフォーマンス改善の機会提供
従業員がパフォーマンス不足で解雇される場合、改善の機会を提供し、パフォーマンス改善計画(PIP=Performance Improvement Plan)を導入します。これは、解雇が突然ではなく、段階的に行われたことを証明するためのものです。
3. 警告・文書化
従業員のパフォーマンスや行動に問題がある場合、口頭および書面で警告を与え、問題の詳細を文書化します。すべての警告や改善要求を記録し、従業員がサインすることが理想です。
4. 就業規則やポリシーの遵守
会社の就業規則やポリシーに基づいて行動し、解雇がそれらのルールに準拠していることを確認します。解雇がポリシー違反に基づいている場合、その証拠を文書で残します。
5. 差別・報復の排除
解雇の決定が人種、性別、年齢、宗教、障害などに基づく差別や、従業員が不当な扱いを報告したことに対する報復でないことを確認します。これらの要素に基づく解雇は、不当解雇として訴えられる可能性が高くなります。
6. 適切な手続きの遵守
州法や連邦法に従った解雇手続きを遵守します。各州には解雇に関する固有の規定があるため、それに基づいた対応が求められます。
7. 一貫した解雇基準の適用
同様の問題に対して過去にどのような対応を行ったかを確認し、一貫性を持って解雇の判断を下すことが重要です。特定の従業員だけを不公平に扱うと、不当解雇とみなされる可能性があります。
8. 分離契約の提示
必要に応じて、解雇時に分離契約(severance agreement)を提示し、従業員に一定の補償を提供することで、訴訟リスクを低減します。この契約には、従業員が訴訟を起こさないことを同意する条項が含まれることがあります。
9. 解雇面談の実施
解雇の際には、適切な解雇面談を行い、手続きを明確に伝えます。
10. 弁護士に相談
特に複雑な解雇案件やリスクの高いケースでは、事前に弁護士に相談し、解雇プロセスが法的に適切であるか確認します。
このように解雇に向けて相当な準備を行います。
私も数人の同僚が解雇されていくのを見てきましたが、その準備には数ヶ月、時には年単位をかけていました。
州ごとの解雇規制の違い
アメリカは「合衆国」であり、州ごとに法律や規制が異なります。
当然解雇に関しても、その違いは顕著です。
例えば、カリフォルニア州やニューヨーク州では、労働者保護が強く、不当解雇に関する訴訟が多く発生します。これらの州では、「At Will」契約であっても、雇用主は解雇の正当性を証明する責任が重く、慎重な対応が求められます。
一方、テキサス州やフロリダ州では、雇用主に有利な法律が多く、解雇が比較的容易に行われる傾向があります。しかし、どの州でも差別やハラスメントによる解雇は法律で禁止されており、訴訟のリスクは依然として存在します。
日本の解雇規制が撤廃された場合
もし日本でもアメリカのように解雇規制が緩和されたら、どうなるのでしょうか?
まず、重要なのは雇用者の権利と義務のバランスです。上述の通りアメリカでは、解雇が自由である代わりに、雇用主はその正当性を証明する責任を負っています。解雇が可能である(権利)一方で、説明責任(義務)が伴うのです。
しかし、日本ではそもそも訴訟文化が根付いておらず、さらに企業を相手に訴訟を起こすことは費用や時間的、体裁的に相当に大きなハードルがあります。
今でさえ、解雇規制が厳しい代わりに、社員を左遷したり閑職へ追いやるという不透明な処遇が黙認されている面があります。これは世界的な基準で見れば、不当な扱いと見なされることもあるでしょう。
しかし、日本社会では、会社を訴えるような行為自体が会社の処遇を正当化する(会社を訴えるようなモンスター社員だった)こととなり、その後の職場環境や、キャリアに悪影響を及ぼすリスクがあります。
逆に同僚からのいじめや嫌がらせに遭うということも十分ありえます。そう考えると実際に訴訟に踏み切ることは非常に難しいのです。
言い換えると、アメリカで解雇し放題にならないのは被雇用者から雇用主が訴えられるリスクがあり、それが国や政府によって制度だけではなく運用面からも支えられているからです。
このように、雇用者と被雇用者の関係が対等でない中での解雇規制撤廃は、日本社会においてはリスクが伴うと感じます。とはいえ、日本の解雇規制が生産性の低下を招いているという見方も否定できません。
解雇規制の導入にあたっては雇用主と被雇用者の権利と義務のバランスをどのように確立するかが鍵になるでしょう。
最後に
アメリカの解雇制度は一見自由に見えますが、その裏には複雑なリスク管理が求められています。一方で、日本の解雇規制も生産性の低下や働き方の硬直化を招いている可能性があります。
しかしながら、どちらのシステムにもメリットとデメリットがあり、そのように至った歴史や見えない前提に基づいて運用されている制度でもあります。
その前提を無視して安易に導入することはリスクでしかないと思います。
両国の制度と前提を参考にしながら、日本においても雇用の柔軟性と労働者保護のバランスを模索する必要があるでしょう。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?