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ハミングバード

 搬送車が大学病院を出て羽田空港へ向かって走り出した。運転席の後ろの座席には、シルバーのクーラーボックスがシートベルトとバインダーでしっかりと固定されていた。その横の座席でボックスに手をかけていた柏木遥は、一度窓外に目を向けたがまたボックスに目を戻した。この小さな命が、やっと旅立てる。そう思った遥は、いや、まだまだ喜んではいられない、と首を横に振りすぐに自分を戒めた。提供者、ドナーの子どもの心臓は、何事もなく羽田を飛び立ち無事金沢の病院に着いて、移植手術が行われなければ。そしてこの心臓が、移植を待っていた子どもの小さな胸の中で再び動き出し、問題が起きることなく落ち着いてくれるまではと・・・。
 搬送車のハンドルを握る菅野が口を開いた。
「空港に到着するまでは気が気でないと思いますが、安全運転で行きますから、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。私、本当にドキドキで、自分が大丈夫かと・・・」
「お察しします、柏木さん。ここまで本当に苦労なされてきたと思います。私も臓器搬送ではいつも緊張しています」
「菅野さんほどのベテランでもそうですか」
「慣れなどありませんよ。かけがえのない命を運んでいる、その責任の重さを、心底感じますから」
菅野はバックミラー越しに頷きながら言った。

 搬送車は首都高入口を目指して、順調に流れている一般道を走って行った。前を向いた遥に、先の交差点の信号が青になっているのが見えた。菅野は前の車との間隔を保ちながら、スピードを落とさずに車を走らせた。そして車が交差点に入った時、対向車線を走ってきた車が急に曲がり、目の前に迫った瞬間、遥はものすごい音と衝撃を全身に受けた・・・。

 「菅野さん・・・!」
クーラーボックスに覆い被さっていた遥は、頭を持ち上げ運転席の菅野を呼んだ。膨らんだエアバックにもたれた菅野が顔を動かして言った。
「足が・・・、足が動かない・・・。柏木さん、私に構わないで車を、車を借りてください」
「しっかりして、救急車呼びますから!」
「私は大丈夫、早く車を・・・」

 遥は奇跡的に損傷を免れた後部座席からクーラーボックスを取り上げて車から出た。車は交差点を越えた道路左のガードレールのところにあって、右前部に対向車の左前部が食い込む形でクラッシュしていた。
 遥はボックスを抱き抱え、フロントガラスが割れた対向車の運転席を覗き込むと、男がエアバックに血濡れた横顔を埋めていた。
「大丈夫ですか!」
男は顔を動かしうめいた。
「下手なことを・・・」
 

 遥は交差点の左手前で止まっていた車目掛けて走り、運転手に向かって
声を上げた。
「怪我人が・・・、手伝ってください!あと、この車を貸してください!お願いします!移植のための臓器を搬送中なんです!」
遥は無我夢中だった。でも狼狽えてはいなかった。この不測の事態に何が何でも対処しなければ、頭の中はただそれだけだった。

 遥は、借りた乗用車の後部座席にシートベルトとバインダーでボックスを固定し、その横に、対向車で大怪我を負った男を乗せて走り出した。遥はジャケットの内ポケットからケータイを出し、ハンズフリーにセットして電話をかけようとした。
 その時、後部座席から声がした。
「どこへ行く・・・」
怪我をした男が口を開いた。
「喋らない方がいいです」
遥はケータイをシフトレバーのボックスに置いて、バックミラーに映る後ろの男に言った。
「どこへ行くと聞いている」
「あなたを病院へ。そしてこのボックスを空港へ。それが今の私の使命」
男の頭に巻いた遥のハンカチは右側が血で赤く染まっていた。
「あんたは宅配便か」
「何言ってるの。あなたは急いで病院に行かないと。左の、多分肋骨と足の骨が・・・。でも、なんであんな運転を・・・。あなたがぶつけた車は、病院の車よ。それも・・・」
「看護師か・・・。あんたらは、どんな奴の命でも、助けるんだろ」
「え?」
「殺人犯でも、放火魔でも、独裁者でも」
「何を言ってるの?とにかく黙って安静にして。怪我に響くから」
「このボックスは・・・、何だ?」
男は右の座席に固定されたクーラーボックスに目をやった。
「一刻を争うの。でも、まずあなたを病院まで・・・」
遥はダッシュボードのディスプレイに出ている時刻に目をやった。
「今、12時20分・・・。空港まで40分かかったとしても・・・、大丈夫、20分の猶予はある」
遥の頭に時間のリミットが駆け巡った。空港に到着13時30分、1時間のフライトで金沢小松空港へ、そこから市中を移動して手術まで1時間30分・・・。
 その時、ケータイが鳴った。上司の野村だった。
(柏木さん、野村だ)
「野村さん!」
(大丈夫か?)
「私は大丈夫です。菅野さんは・・・!」
(今、病院に運び入れている。心配するな。ボックスは、臓器は大丈夫か)
「はい、損傷ありません。近くにいた車を借りて私が運転しています。このまま空港へ向かいますが、対向車を運転していた怪我人を乗せています。肋骨と大腿骨を骨折している模様で頭部から出血もあり、途中で病院に・・・」
(手術まで、4時間を越えたら、すべてが無駄になる)
「分かっています。でもこの人も重症です・・・」
(今どこだ)
「G通りです。救急のH病院に向かいます。10分でつけると思います。そこから首都高にもすぐ乗れます」
(警察に緊急事態の救急車両の出動を要請する。病院でボックスを積み替えて空港まで行ってもらおう。その怪我人も受け入れてもらうように連絡しておくから)
「分かりました。お願いします」
「一度切るぞ」
息を吐き出した遥は、バックミラーに映るボックスを見た。
 横の男が口を開いた。
「ボックスの中身は、臓器か」
「・・・」
「移植用の」
「不測の、緊急事態よ」
「うってつけだ」
「え?」
「うってつけだ、と言ったんだ」
遥はそれ以上男に取り合わず、車を走らせた。
 またケータイが鳴った。今度は野村ではなかった。
(警視庁の浅田です。ドナーコーディネーターの柏木さん、ですね)
「はい、でも、どうして・・・」
(病院の野村さんに伺いました。事故現場で借りた車で引き続き臓器搬送、こんな事態にも動じない素晴らしい機転です。野村さんからの要請でH病院に空港までの緊急車両を手配しました)
「ありがとうございます」
(それと、伺いますが、衝突した対向車の運転手を乗せていますね)
「はい、怪我を負っていて・・・、重症です」
(衛視・・・、その男は、ライトブルーのシャツを着た、警備員のような服装をしていませんか?)
「え、警備員?そんな服装は・・・」
遥はバックミラーを見た。男は黒いジャンパーを着ていた。
(その男は国会警備の衛視になりすまし、今日の午前、国会で首相に向けて発砲したテロリストの可能性があります)
「え!?」
「ハンズフリーで筒抜けだ」
(今の声は・・・!?)
「この人は事故で左半身に大怪我を負っています。出血もひどく、このままH病院に行かなければなりません」
(我々も向かいます。重症なら動けないとは思いますが、くれぐれも気をつけてください)
ケータイが切れると、男が言った。
「ふん、犬が!」
遥が声を上げた。
「首相に、発砲・・・!?」
「権力への抗議だ」
「え?」
「権力の座で思いのままのことをして、不正を働いている首相に、ささやかな抗議を行った」
遥は左手を伸ばしディスプレイに触れラジオを入れた。
(先程正午頃、保田首相が、国会議事堂内の廊下で国会警備の衛視を装った何者かの発砲により肩に被弾、現在病院に運ばれ治療中です・・・)
「まさか、これが、ささやかな抗議・・・!?」
「胸を狙ったんだが、外れたか・・・」
男は姿勢を少し変えようとしてうめき、息を吐いて言った。
「首相のやっていることに、国民は何も言わず、いつも見て見ぬふりだ。だから少し目を向けさせてやろうと思った。それも、国会という場でな」
「どんな理由があっても、人の命を奪うことは、許されない!」
「そうか。だが保田首相は人の命の一つや二つなどなんとも思っちゃいない。多くの人の命を奪ってるのは、国の最高権力者の、奴だ」
「何を・・・」
遥の言葉を封じるように男が言った。
「テロリストの可能性か。権力の犬がそう言ってた。よし、ここから、あいつらの言うテロリストになってみるか」
「え?」
「俺の命など取るに足らない。あんたを人質にしたところで狙撃隊に撃たれるのがオチだ。だが、ここにもう一つ、命がある。チャーター機を飛ばすほどの、移植されようとしている命が。奴らはどうすると思う?テロリストの銃口は、このボックスの中のもう一つの命に向けられているからな」
そう言って男はジャンパーの内側から右手で拳銃を出し、横のボックスに向けた。
「やめて!」
遥が叫んだ。
「あんたの命、俺の命、移植を待つ人の命。国家はどうやったらあんたの言う、全ての尊い命を助けられるか・・・。そうだ、空港で飛行機を一機用意させよう。テロリストの要求は海外逃亡だ。さっきの警視庁、浅田とか言ったな・・・。電話をかけろ」
男はそう言いながら、遥にリダイヤルさせ、ハンズフリーで話し出した。
「・・・お前が浅田か。認識に間違いが一つあるので、教えてやる」
(何だと?)
「俺は国会の警務を行うフリをしたニセ衛視ではない。正真正銘本当の衛視だ」
(本当の衛視・・・!?)
「国に正式に雇われた公務員だよ。これは国会内での警察職務につく者による、首相殺害を狙ったテロ行為ということになる」
(ふざけたことを抜かすな!逃げ切れると思ったら大間違いだぞ!)
「捕まえられると思ったら、大間違いだ」
(なに!)
「この車は今、移植のための臓器を運んでいる。それも一刻を争っているんだ。お前らと関わっていたら、人の命が一つ、失われる」
(・・・!)
「この看護師さん、いやコーディネーターとか言ったな。まあよく話し合うんだな。いや、そんな時間もないか」
(柏木さん!テロリストの言うことを・・・)
「この車は、大至急羽田へ行って、この臓器をチャーター機に乗せなければならない、そして飛んだ先で、手術をしなければならないんだ。今その柏木っていうコーディネーターが必死で運転をしている。そんな大切な命を無駄にしてでも、一人のテロリストを確保したいか?」
(何を言っている!)
「俺の名はハミングバード。ハミングバードは要求する。臓器分とは別に、海外へ飛ぶための俺のチャーター機を用意しろ。国家権力なら何でもできるだろ?」
男は遥にケータイを切らせた。
 遥がつぶやいた。
「ハミングバード・・・」
声を上げて話した男は、ふうと息を吐いてから、静かに言った。
「突然名前がひらめいた。日本ではハチドリと言われている鳥だ。空中で止まって飛ぶことができる。だが日本にはいない。小さい頃親父と行ったアメリカで見たんだ」
「お父様と、アメリカで・・・?」
「お父様・・・。テロリストの父親を、お父様とはな、コーディネーターの柏木さん」
「お願いだからその銃を引っ込めて」
男はボックスに向けていた銃口をおろし、頭をシートにつけて言った。
「俺の父親は保田首相に殺された」
「え・・・?」
「奴の不正を明るみに出そうとして」
「不正・・・」
「保田の周りではいろんな人が詰腹を切らされているが、俺の親父もその一人だ。奴の地元の盟友に大手ゼネコンの経営者がいるが、そいつは昔から悪いスジとつながりがある。盟友からの莫大な献金を受けていた保田は当時からその会社に大きな仕事、重要な案件が回るように計らっていた。それは自ずと裏で悪いスジを潤すことに繋がっていた。保田が首相になる機運が高まって来た時、親父はこの人が首相になれば悪いつながりはいずれバレると思い進言したらしい。だが勢いのついていた保田は部下の苦言などに耳をかさなかった。親父は自分自身もそのつながりのもとにあったという自責の念に耐えられなくなり、不正の全てを明るみに出そうとした・・・。だが親父はある日突然、自殺した。家にあった手帳から親父の決心が読み取れたが、警察の調査では仕事上での動機となるものは見当たらず、個人的な理由によるものとされた。でも俺には分かる。死人に口なし、親父は消されたんだ」
「・・・」
「俺は、このまま終わらせては行けないと思った」
「でも、暴力は・・・」
「暴力か。これは親の無念を子が晴らす、正当な仇討ちだ。仇討ちは江戸時代まで認められていた。でも近代、現代の戦争では、国同志の兵器使用による大量殺戮という新しい暴力が行われてきた。それがついには核兵器。史上最強最悪の暴力じゃないのか?」
「それは・・・」
「あんたは、どんな命も、尊いものだと言うだろうが、そんなことはないな。首相は一億二千五百万の国民の命を預かっているというが、人一人が死ぬことの重みなど考えには及ばない。人の死は、それぞれの括りで数字に表されるだけだ。何百、何千、何万とな」
「・・・」
男は大きく息をつこうとして痛みに襲われ、うめき声を上げた。少しおいて男は静かな口調で言った。
「なあ、コーディネーターの、柏木さん。奴らはこの事件、俺の仇討ちをどう解決すると思う?」
「とにかく私はまずあなたを病院に・・・」
「その必要はない。このまま羽田に向かえ」
「病院でこのボックスを緊急車両に乗せ替えて大至急空港に・・・」
遥の言葉を遮り男が声を上げた。
「だめだ!あんたがこのまま空港へ向かえ!そうしないと、ここにある命は消えることになる」
男は再び銃口を横のボックスに向けた。
 遥は目を前に向けたまま首をひねり、男に強く言った。
「何年も待っていた患者さんに、やっと移植ができる心臓・・・、臓器が提供できるようになったの。わかる?患者さんは5歳の子どもよ!これからなんでもできる未来があるの。その未来を阻むなんて・・・!」
「心臓か。奇遇だな・・・。俺は父親だけの父子家庭で育った。小さい頃、母親が心臓の病気で死んでしまったからだ」
「それなら・・・」
「それなら、何だ?命の尊さが分かるだろうって?俺の母親は心臓移植などという機会には恵まれなかった」
「私は希望と絶望の間で働いているの。何年待っても提供者が現れない。見つかったと思えば適合しない。移植できたと思えば拒否反応・・・。それでも微かな光を求めて、ギリギリまで人は全力で生きるの!悼みを知ってるあなたが、その可能性を奪うことがあってはならない!」
遥は前を向いたまま毅然と言い切った。

 遙の目には行手右に大きな病院が見えていた。手前の交差点の信号は青。真っ直ぐ行って対向車線を横切り右に入ればH病院、交差点を左に曲がれば首都高速の入り口・・・。遥はアクセルを踏み、交差点を突っ切った!
「空港へ行け・・・!」
男が叫んだ瞬間、遥は右に曲がるためブレーキを踏んだ。すると車は後ろの車に追突され、受けた衝撃で対向車線に押し出された。そこへ直進してきた車が来て、車体側面に衝突した・・・。


 遥のデスクの上に一通の封書が置いてあった。差出人は坂本希、五年前の移植の時に友人となったレシピエントコーディネーターからだった。封を開けると希からの手紙と、もう一通封書が入っていた。遥はまず希の手紙を読んだ。
 五年前の心臓移植の子どもが、ドナーコーディネーターのあなたに手紙を出したいと言ってきました。名前、住所などの個人情報を教えるわけには行かないので、私から渡すからと書いた手紙を預かった次第です。読んであげてください。
 遥はピンクのハートのシールの封を外し、中の手紙を開いた。


 はじめまして。わたしは進藤佐和といいます。わたしは五年前、重い心ぞう病でしたが、心ぞうをいしょくしてもらうことができて、今は毎日元気で生きています。私はこのむねの中で動いている心ぞうの持ちぬしの子どもに、ほんとうにかんしゃしています。
 そしてある日、私はコーディネーターののぞみさんに、心ぞうをくれた子の方にも、コーディネーターがいると聞きました。それがあなたです。あなたがいなければ、このむねの心ぞうは佐和と出会っていないと聞いて、わたしはおどろきました。
 この心ぞうの持ちぬしの子どもが死んでしまって、とてもつらい思いをしている家族の人たちに、心ぞうをまっている子どもがいるんですといって、おねがいをしなければならない。そのおねがいは家族にはとてもつらいことだと思います。だって、死んだって、じぶんたちの子どもの心ぞうなんです。よその子にあげるなんて。
 でもあなたがいてくれたおかげで、なんとかオーケーをしてもらったから、いしょくをまっていた5さいのわたしは新しい命をいただくことができました。私はそのことを知って、このむねの中にいる子といっしょに、もっともっと生きようって思いました。私もしょうらいは、病気でこまっている人を助けるしごとがしたいです。
 これからもおしごと、がんばってください。おれいをするのに五年かかりましたが、ほんとうにありがとうございました。


 一ヶ月後のある日、遥は上司の野村に休暇申請書を出した。野村がサインしながら遥に言った。
「やっと休む気になったか」
「はい、ちょっと、旅行に行こうと思ってます」
「うん、で、どこへ行く」
「はい、アメリカへ。ハミングバードを見に」
「ハミングバード?」
「小さくて、空中で止まって飛べる鳥です」
「知ってるけど、なんでその、ハミングバードを?」
「五年前の、緊急搬送です」
「あの時の・・・?」
「レシピエントコーディネーターの坂本さんを通じて、あの時移植が成功した子どもから手紙をもらったんです。元気にしていますって。それで、ドナーの子の心臓が、その子の胸の中でしっかり動いているのが、まるでその場に止まって羽ばたくハミングバードみたいだなって思って」
「そうか、それで!」
「はい!」
 五年前のあの時、男がハミングバードと名乗ったことを、遥は誰にも言っていなかった。


 あの時、移植のための心臓が入ったボックスは、その日最初の交通事故にも無事だった。遥はその場で借りた車に、ボックスと、事故で重症を負ったテロリストと呼ばれた男を乗せ走ったが、その日二度目の事故で男は命を落とした。だがボックスは、車が激しい衝突をしたにもかかわらず、その男の体がガードとなったために奇跡的に損傷を免れていた。警察の緊急車両で羽田空港へ運ばれたボックスは、チャーター機で金沢小松空港へ飛び市中を移動、大学病院での移植リミットに間に合った。行われた手術は、無事に成功した。

 男に撃たれた保田首相は、銃弾が肩に当たったが命に別条はなく二ヶ月もせずに政務に復帰した。二度目の交通事故で死亡した男の名は後から松尾遼と分かった。警察は松尾がハミングバードと名乗ったテロリストだったとは公表せず、松尾の父親が保田首相の地元事務所で働いていて動機不明の自殺をしたことから、その逆恨みだったのではないかとして事件は片付けられた。


 遥に、バックミラーに映る松尾の顔が浮かんだ。あの時、偶然に偶然が重なって起きた瞬間の中、後部座席に松尾がいたことで、一つの小さな命は奇跡的に救われた・・・。
 松尾の顔が消え、空中に止まって飛ぶハミングバードの姿が浮かんだ。この小さな鳥が、群れを作らずたった一羽で南米からカナダ、アラスカまでの長い距離の渡りをすることを、遥は後から知った。
 遥の目の前で飛ぶハミングバードの姿は、ふと一瞬で消え、雲ひとつない真っ青な空へと飛んでいったーー。


                              (了)

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