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そして煙草は尽き、勇史帳は埋まる。

亡き祖父の自慢の店の残骸の真ん中で、元女主人の少女は肩を落としていた。少女は恨み言を吐くことはせず、代わりにただ、夜に佇む男に問う。

「あたし、これからどうなるの」
「おそらく、俺を匿っていた背信者として別の部隊が捕えに来る。その先は、運だ。祈れ」
「……ウェ」

漠然とした絶望を前に、少女は力なく落胆した。
彼女の問いに応えた男、ギエンはほんの一月前までこの一帯を支配していた大魔族である。彼は勇者に敗れた傷を癒して以来、どういうわけか行商人に身を窶し、彼女の店に入り浸っていた。だが、つい先ほど訪れた国王直属『黒冠隊』に正体を暴かれ、暴力的な投降要請に対して控え目な武力で応じたところ、料亭含む数棟が砕け散ったというわけだ。
彼は彼なりの真摯さで、無骨ながら彼女を慮る。

「個人的には旅を勧める。お前の料理の腕なら、どの街でもやっていける」
「じゃあ、貴方も来なさい」
「正気か?」

しかし、彼が思うよりも人間は逞しかった。彼が煙草をくわえ魔力を解放しただけでも怯え、何とか残った本棚に縋り付いて泣いていたのに、今の眼光は、一瞬、忌々しくも清々しい勇者のそれにさえ似ていた。

「魔族や野盗に襲われても嫌だからね。店を壊した責任もとってほしい」
「……半分以上は黒冠の」
「何か?」
「いや。まぁ次の街までな」

ギエンは元より口の達者な方ではないが、それにしても主導権を握られることは滅多になかった。久々の長時間戦闘後での疲弊を差し引いても奇妙なことである。その不遜が、ギエンにはどこか愉快でさえあった。

「その口ぶりだと、お嬢さんの護衛ということになるな。行先は決めてもらおうか」
「街道の定期便も知らなかった人には最初から頼む気はないです。ほら、これ」

調子を取り戻してきた少女は、本棚から一冊の本を取り、投げ渡した。

「……『勇史帳』?」
「ギエン、一緒に人間を知る旅に出ましょう」

かくして、ギエンの新たなる主人はにかりと笑った。

【続く……魔煙草:残り15本/勇史印:0ヵ所】

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