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アカシック・カフェ【3-3 What's AkashiX? ~基本編~】

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□ □ □

「どういう、もの?」

少年は復唱して、頭の上に疑問符を浮かべた。あまりにも漠然とした質問には、そりゃそういうリアクションをするだろう。すべての意図を理解して立ち回る、悪いアカシックスじゃあるまいし。
少年は、そんな俺の雑な吹っ掛けにも出来得る限りの答えを返そうとする。根の真面目さが伺える。それでこそ、誤解を解く意味があるし、世界を説く意義がある。
――こういう真面目なやつこそ、あとが怖いからな。

「……やっぱり、『アカシックレコードに接続できる人』ってこと……ですか?」
「うん、まぁそうですね。概ね正解です」
「概ね……?」

精一杯の誠実な答えには、精一杯誠実に採点せねばならん。教職というモノはよく知らないが、至らぬながら師匠、人を教える経験はある。それに、弟子として人に教わる経験もある。多少の心得はあるさ。
さて、俺の教育論はともかくとして、『概ね』の意味を教えねばならない。俺は、慎重に言葉を選びながら話す。少年にわかるように、かつ、俺がアカシックスと気取られないように。

「……これは、えぇ、聞いた話なんですけどね? 『アカシックスは、自分が何をしているのかわからない』らしいです」
「……? どういうことすか?」
「いや、俺もよくわからないんですけど。例えばですね……」

俺はカウンター席の少し高い椅子からひょいと降りて、テーブルに開かれた少年のテキストの一部を指さす。引かれたマーカーは煌煌と存在感を放つが、ここ十分程度の様子を見る限り、彼の中にははっきりと刻まれていなかったようだ。
つまり、同じことだ。

「お兄さんが『教科書を読めても』『それで問題を解けていない』ように」

要点を、強調して、話す。興味を惹きつける声色、じわりじわりと広がる口調。怪談か、都市伝説か、はたまた聖人の説法か。どろり、どろりと俺は語り、彼はゆっくりと顔を上げる。目が、合う。

「アカシックスは、『全知に接続』できる。情報を受け取ることが出来る。だけど、それを『理解』できるとは限らない『活用』できるとは限らない。過去の文化とかならまだしも、宇宙の真理とか、生命の神秘とか、『神』の領域には踏み込めない。アカシックスが、『人間』である限り。人間の常識や、認識をベースにしている限り」
「えっと……?」
「そしてそれはアカシックスの『接続』も同じ。人知を超えたそれを、その原理や方法を、彼らは『人間の言葉』として、『人間の感覚』として、アカシックス自身どうやって自分が全知に接続してるか説明できない……らしいですよ? 受け売りですけどね?」
「……はぁ」
「……俺も同じリアクションしましたよ、初めて聞いたときは」

そうして、わざと抽象的に、「俺自身も理解していませんよ」というポーズを崩さないまま話し終えて、表情を緩めた。

実際のところ、俺はそういう『世界の秘密』系、その奥深くまで接続したことがない。さっきの『接続』と『理解』の話は本当に受け売りだ。師匠からこの話を言われたときは、似たようなリアクションをしたものである。それまで俺は、そんな大きなイメージでこの異能を使ったことがなかったから。「言われてみりゃ、確かに説明できたことねーな……」って、呑気に思ったもんだ。
けれど、少年というのはあほなもので、『わからない』『危険だ』と言われれば逆に繋いでしまう。教えられた数日後、火星が月の近くに見えた夜。物の試し、宇宙の果てを視に行こうとして意識を集中し、集中し……太陽系を脱出したくらいで意識を失った。
以後数日、全知酔い――脳での認識と現実の感覚との齟齬――を起こしていた。マスターも師匠も、しばらく調子のおかしい俺に対して事情も聞かずに笑っていたので、良い人、あるいはいい趣味の人に恵まれたと思う。
一方で、そんな出逢いに恵まれなかった場合。『全てを知ってしまった』人間、その果てまでを視たこともある。全てを知り、精神と肉体の乖離に狂った者。全てを語り、周囲から隔絶した者。あれらは、二度と視たくはない。
永愛はそんなものに接続するまでもなく、「後遺症」の危険を知っている。そういう末路の存在だけ伝えて、決して繋がないように厳命した俺の言葉を護っている。出来のいい弟子で、だけど不自由で苦しい少女だ。

……そんなリアルな内情は、目の前の少年には関係がないことなので、一回置いておこう。

俺は再び、カウンター席に戻ってコーヒーを口に含む。少年は生真面目に、いつの間にか数学とは違うノートを取り出してメモを取っている。あくまで喫茶店の店主の与太話の体なんだけどな。少し困ってしまうが、ま、ちょうどいい釘刺しになるだろう。

「そう。だからそうやって、ちゃんと勉強して『理解する』とか『物を扱う』力がないと、アカシックスだろうとそうじゃなかろうといけない。人間としてボンクラなんですよ」
「ボ、ボン……」
「そう。ボンクラ。だから勉強、頑張りましょうね」

ボンクラなアカシックスのせいで生まれる爆弾っていうのも、先例は結構ある。逆にこじれた誤解で非アカシックスから引き起こされた破滅っていうのもある。能力の有無でどっちが悪いとかじゃない、人格的に悪いやつが悪いのだ。

過去の哀しい歴史に思いを馳せていたところで、今度は熱心な生徒から手が挙がる。熱心といっても、別にピンと天を衝くわけでもないけれど、リアクションがあるというのは有難いものだな。
どうぞ、と緩く促すと、あちらも大分リラックスした語気で質問が投げかけられた。

「えぇと、『アカシックスは全てを理解することが出来るわけじゃない』んですよね」
「そうで……すってね?」

危ない、「そうですよ」って言いそうだった。
リラックスしすぎた俺のうっかりは、どうやら気付かれてすらいない。

「でも、日常的にはアドバンテージじゃないですか。他の人が知り得ないことを知れるって」
「例えば?」
「例えば……えっと……当たりくじがわかるとか」
「あー……」

確かになァ。あみだくじとか、コンビニのスピードくじとか、運を天に任せる系はアカシックスの独擅場だ。
どの出発点がどのゴールかわかる。無数に重なった紙の中で、どこにどんなあたりが入ってるかわかる。たかが当たりくじの種類、座標、重なり具合とかの単純な情報の羅列だったら、ちゃんと訓練したアカシックスなら一瞬でわかる。一瞬にも満たずに悟る、が正確な表現か。
情報を得たうえで、どんな指の角度で、どういう風に何枚目をとればいいかまで悟って、実行する。やったことはないが、まぁ、理論上出来るだろう。指の手繰りが器用なら、だけど。俺はそこまで自信がない。

俺の納得に気をよくしたのか、少年は畳みかける。若干前のめりな姿勢は、純粋ゆえの危なっかしさを感じさせる。気持ち的にも、物理的にも。椅子には深く座っていただきたい。

「でしょ? ってことは……競馬や宝くじみたいな『買ってから決まる』のはまだしも、その場で当たる系のやつなら……一、億、円……!」
「ほぉ~……」

高校生には実感の沸かない大金に目を剥いた彼はぽつりと呟く。心なしか、スマホを握る手には力が入ってるように見える。

「やっぱりアカシックスはずるい……」
「ははは……」

うわぁ、やっぱりこうなった。美味しい部分を見てしまって、そのままそっちに傾倒する。ちょっと、アカシックスの件を抜きにしても今後が心配なくらい素直すぎるぞ。そういえばここに来たのも、噂に踊らされてだったな……。
どうどう、と宥めて、再びシリアスな口調で俺はストップをかける。あくまで伝聞として。

「まぁね。そりゃ、確かに当たりくじはわかるんでしょうよ」
「でしょ。だったら」

ぴっと指を立てて、俺は己の眉間を……何も知らない彼にとっては脳を、アカシックウォッチャーの俺にとっては瞳を示すポーズで、彼の期待を否定する。涼し気に、のらりくらり。だけど、自分でも声色が硬くなっているのがわかる。

「だけど、知りたいときに、知りたいことだけを知れるとは限りませんよ?」
「……さっきの話ですか? そりゃ、宇宙の真理とかは大変ですけど……今のはそんな大層な話じゃないでしょう」
「そうですね。当たりくじごとき、千だか、万だか、数十万だか知りませんが、その程度のちょっとしたパターンなら当たりを把握することは簡単です」

希望の当たりが含まれるくじを店頭で買えるかどうか、という現実的な問題には目をつぶりながら……そして実際の俺も物理的に目をつぶって、淡々と諭す。

「だけど、そんな風に乱用してると、多用してると、そのうち歯止めが効かなくなる。分かりますか?」
「え、っと……?」
「勝つことに慣れると、負けるのが怖くなる。漫画やアニメにはよくいますよね、そういうやつ。力や栄光に溺れたようなキャラクター」

店に置いてる漫画雑誌から仕入れた情報を駆使して、想像を誘導する。肥大化したプライド、傷つけられない自意識、並んだトロフィーが咲き誇る足跡。そういう「負けることを知らない人間」が、顔を上げると。

「アカシックスも同じです。知れば知るほど、過去が輝けば輝くほど、未来が怖くなる
「……」
「アカシックレコードは、所詮過去です。たかが昔話です。されど過去、とも言えましょうが、実際、未来に進むにはそこまでいい杖でも導でもないんですよ」

取引先の人物像を先んじて把握したり、機材の初期不良を見抜いたり。店内調度のネジのゆるみや細かい汚れ、備品の在庫、その他諸々、一瞬で悟れるのは便利でしかない。そういうところで、確かにアカシックレコードには役に立ってもらっている。大きな声では言えないが、「二日後に安売りが企画されている」ことを事前に悟ったから今日は卵を買わない、とかもやってる。はっきり言ってアドバンテージばかりだ。
けれど、お客さんの言うような大きなことになれば、話は別だ。

「一億円。確かに、労せず手に入れられるならいいことです。でも、もしお客さんがアカシックスだったとして。――二億円、三億円が欲しくない、って言いきれますか?
「……え?」
「愛した人の、自分と共に居ないときを知れるとして、その人の過去から秘密まで、全て知らないでいられると、胸を張って言えますか?」
「……あの、店長さん?」
「……明確に利害関係ある要人の極秘スケジュールがわかってて。絶対にその瞬間、警備に穴があるとわかっていて。ねぇ、お兄さん。包丁を持ち出さずにいられますか?」

全知犯罪。
アカシックスというモノが明るみになってから、明確に定義された社会問題の一つ。太古からあった犯罪のかたち。
全てを知ることが出来る、という特異性に溺れたアカシックス、あるいは周囲の『人間』によって生まれる闇の一つ。

静寂の中、からり、再び氷がバランスを崩す。今度は、俺の方のグラスだ。
次のお客は、まだ来ない。

>>つづく>>

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