見出し画像

「“みんな”ではなく“あなた”のために歌いたい」ミュージシャン中山彩が、音楽療法士へ転身する理由

人が生きる中での選択の物語を聞くnoteマガジン「あなたは なぜ、」。
フリーランスの物書きである森丘雪子が、個人的に深く興味を抱いたゲストをお迎えし、対談形式でお届けします。

第1回のゲストは、2020年9月23日に2ndアルバム『you』をリリースした中山彩さん。
本作のCD限定特典として、森丘雪子が掌編小説を書き下ろしたことをきっかけに、今回の対談が実現しました。

長らくミュージシャンとして活動してきた中山彩さんは、2016年に所属していた音楽事務所を退所。同時に、音楽療法士を目指すことを決めたと言います。
今回は、その選択の物語を語っていただきました。

–––––あなたは なぜ、ミュージシャンを辞めて音楽療法士の道に進むのでしょうか?

中山 彩
石川県出身。シンガーソングライター/音楽療法家。
フリー転身後の現在は楽曲提供やピアノ伴奏者としても幅広く活動する。
2010〜2014年 自主企画ライブを通し、ジャカルタ/インドネシア、カトマンズ/ネパールの孤児院を訪問し支援するなどの慈善活動も行ってきた。
子供のみならず、今や大人のための子守唄を発信し続けている。

上京に事務所所属、夢が叶う最中で気付いた“本心”

森丘:彩さんとのご縁は、2015年に1stアルバム『NIGHT & DAY』のレーベル公式紹介文を担当させていただいたときから始まりますね。

中山:雪子さんの紹介文を見て「アルバムに込めたものが言葉になってる」って驚いたのを覚えてます。あれは私の自己紹介のような1枚だったので、言葉でちゃんと表現されたのがすごく嬉しくて。

森丘:わ、それはとても嬉しいお言葉! でも改めて考えると、彩さんと知り合ったのもちょうどその頃だったので、それまでどんな音楽活動をされていたのか、あまり知らなかったりするんですよね。

中山:私はもともと大阪の音楽専門学校を卒業して、その後ずっと個人で音楽活動をしていたんです。音源を憧れの音楽事務所に送ったらプロデューサーの目に留まって、2014年の秋に、音楽事務所兼レーベルの音倉レコードへの所属が決まって。それで所属と同時に、大阪から東京へ上京したんです。

森丘:上京して事務所に所属して、そこから1年も経たないうちにアルバムもリリースして……と、シンガーソングライターとしてミュージシャンとして夢が叶っていく、すごく濃密な時間を過ごされていたんじゃないかなと思います。そういえば『NIGHT & DAY』がリリースされた時、TBSの音楽番組「開運音楽堂」で彩さんのMVが流れると聞いて、そわそわしながら録画したのを覚えています(笑)。

中山:ああ、懐かしい(笑)。そうそう、そんなこともありましたね。

森丘:その後も音倉レコードから様々な楽曲をリリースされて、2016年にポニーキャニオンからシングル『White Town』をリリースされた後に、事務所を退所されましたよね。わたし自身すっかり彩さんのファンになっていて、これからの活躍を楽しみにしていた矢先だったので、正直驚いたのが本音でした。彩さんの中で、どんな心境の変化があったんでしょうか。

中山:「自分は表に立つことに向いていないんだ」と気付いてしまったんです。それまでにも「向いていないかも」と思ったことはあったものの、本格的な音楽活動をしていくうちに、はっきりと実感してしまって。お世話になったプロデューサーにも、事務所やファンの方々にも失礼かもしれないとは思ったんですけど、一度その気持ちに気づいてしまったら、そのまま活動を続けることが難しくなってしまったんです。

森丘:そうだったんですね。彩さんにとって事務所に所属した後の音楽活動は、それ以前と比べてどのように違ったんですか?

中山:やっぱり、音楽事務所に所属する以上はビジネスとして自分を売り出す必要が出てきますよね。もちろん、それを理解した上で所属させていただきましたし、良い音楽を生み出して多くの人に届けたい、そのために頑張ろうという気持ちも本当にありました。

でも、いざ自分を売り出していくとなると「良い音楽を作りたい」「良い歌を歌いたい」というだけではなく「自分を見てほしい」という欲求も同じくらい強くないと難しいんだと、色々な場面で気づかされたんです。頭では理解していたんですが、いざその状況に立って初めて実感したと言うか。

森丘:確かに、何かを作り表現することと、表舞台に立つことはまた別の話ですね。

中山:実は事務所に所属する数年前、お世話になったミュージシャンの方に「彩ちゃんにとって、音楽は目的じゃなくてツールなんだよね」と言われたことがあって。軽い雑談の流れだったこともあって、その時は特に意識していなかったんですが、その言葉をハッと思い出して。このことを言っていたのかもしれないな、って思ったんです。

森丘:「目的ではなくツール」っていうのは、なんだかわかる気がします。彩さんの歌は包容力があって、大きな愛に満ちていて。聴き手が肯定されて、救われていくような感覚を抱くんですよね。

中山:「みんな」ではなく「あなた」のために歌っていたいな、と思うんです。「目的ではなくツール」っていう言葉は、そういう自分でも気付いていなかった無意識な部分を見てもらえていたのかな、と思います。

「必要な遠回り」をして、やっと辿り着けた

森丘:そうして音楽活動を続けてきた彩さんが、なぜミュージシャンを辞めて音楽療法士の道を目指そうと思ったんでしょうか?

中山:音楽の力を、娯楽だけじゃなく社会に貢献できるものにしたかったからです。音楽療法は今、高齢者や障害児童を対象とする分野で特に注目が高まって、広く普及し始めています。私は、そういった方々への支援やケアも大切だと思うと同時に、他の世代の方達も音楽の力を必要としているはずだと考えているんです。

それこそ、私たちと同世代である若者や働く世代の人たちにだって、音楽の持つ働きは大きな力になります。その思いに気付いたとき、音楽療法士以外は考えられませんでした。

森丘:日本音楽療法学会はその役割を「音楽のもつ生理的、心理的、社会的働きを用いて、心身の障害の回復、機能の維持改善、生活の質の向上、行動の変容などに向けて、音楽を意図的、計画的に使用すること」と定義していますね。

職業としては音楽という共通項がありながらも、目的が異なるなと思いました。ミュージシャンは芸術活動であり観賞されることが目的で、音楽療法士は音楽で人を支援することが目的で。「彩さんにとって音楽はツールである」というお話を踏まえても、その選択をされた理由がよくわかりました。

中山:もちろん、ミュージシャンも音楽での社会貢献はできると思うんです。実際、世界中にたくさんの素敵なアーティストがいて、私を含め多くの人が彼らの音楽に救われていて。でも「自分は違う」とはっきり思ってしまったんです。

記事文中用

森丘:彩さんが音楽療法士という仕事を知ったのは、いつ頃だったんですか?

中山:職業自体は以前から知っていて、素敵だなとは思っていました。でも、ミュージシャンとして活躍することが私の大きな夢だったので、大きなステージに立てるように頑張りたい、というのが第一だったんです。

森丘:その音楽活動を経た結果として、音楽療法士の仕事に惹かれていったんですね。

中山:憧れだった事務所に入って、短いながらも本格的な音楽活動させていただいたことで、自分が本当にやりたかったことを見つけられたんです。たくさんの方にお世話になって、ご迷惑もおかけしたかもしれないですけど、それでも、実際にその世界に足を踏み入れて挑戦してみないとわからなかった。必要な遠回りをしないと辿り着けなかった道だな、と思うんです。

森丘:「必要な遠回り」! それ、すごくわかります。私も今でこそ文章を生業として、物語を書いたりフリーランスでお仕事させていただいたりしていますけど、もともとはWebサイトを作るのが好きで、最初はWebのコンサルティングやディレクションの仕事をしていたんですよ。

企画や制作の過程で色々な分野のクリエイターの方と仕事する中で、文章への執着心が特に強い自分に気が付いて。「自分のやりたいことはこれだったんだ」と自覚して、ライターとして独立したんです。もともと本も文章も好きだったんですが、まさか本業にするとは思ってなかったんですよね。

中山:そういう意味では、私たち共通してるのかもしれませんね。「自分らしさ」を見つけるまでの遠回りを、同じように経験してきたというか。

森丘:「自分らしさ」を発見する瞬間がありますよね。最初から見つけられていたら一番良いのかもしれないですけど、それでも遠回りの過程は間違いなく自分の血肉になっているし、その道を歩まなければ出会わなかった人、知れなかったこともたくさんあって。

中山:雪子さんとの出会いも、そうですからね(笑)。事務所の社長から「紹介文をプロのライターに頼んだよ!」って言われて、書いていただいてお会いして、っていうご縁が今に繋がっていて。人生に無駄なことなんてないんだな、と思います。

無闇にリピートできない、“とっておき”のアルバム

森丘:今、彩さんは音楽療法士の資格を取るために臨床経験を積まれているところですよね。このタイミングで2ndアルバム『you』をリリースされたのは、なぜなのでしょうか。

中山:これまでのミュージシャンとしての活動に区切りをつけるアルバムを作りたかったんです。たまってきた曲もあるし、“今”に座標を置くように形のあるCDにしておきたくて。

現時点でやりたいことをすべてやりきる集大成にしたかったし、実際にやりきれたと思います。このリリースを区切りに、音楽療法士になるという決意を新たにしながら、「中山彩はここにいるぞ」とはっきり表明したかったというか。

森丘:『you』は本当に、今の彩さんらしさがぎゅっと詰まったアルバムだと思います。先行公開された楽曲「calling」がとても好きで。だから「CDを作るので、何か一緒にやりませんか?」って連絡いただけて、本当に嬉しかったんです。どうしてわたしに声をかけてくださったんですか?

中山:今年お会いした時に「また一緒に何かやりたいですね」っていうお話をしたじゃないですか。それを口約束で終わらせたくなかったんです。今までSNSの交流くらいでしたが、なんだか雪子さんのことがすごく気になっていて(笑)。掌編小説「ひとひら文庫」も見ていたので、「何か一緒にできたら」と、衝動のままにご連絡しました。

森丘:あまりの嬉しさに即レスしたのを覚えてます(笑)。「じゃあ何をしようか?」という企画段階からお話ししていきましたよね。

中山:企画立てのために音源をお送りした後に「良い意味で、無闇なリピートができない」って感想をくれたじゃないですか。それが的確すぎて、ハッとしたんです。言われてみれば、リピートされることを全く想定していなかったなって。

曲順としても全7曲、7曲目の「hold you」を聴いて完結、という作りになっているんですけど、無意識にそうしていただけで特に自覚していなくて。だからその感想を聞いて、1stアルバムに続いて「なんでわかってくれるんだろう」って(笑)。

森丘:なんか、本当にそう思ったんですよ。聴き始めたら、1曲目の「sunrise」から良すぎて半ば硬直してしまって。最後の「hold you」を聴き終えた瞬間、ガバッとヘッドフォンを外して「めちゃくちゃすごいものを聴いたぞ」ってしばらく放心状態になったんです。しっとりと濃厚な密度のある楽曲ばかりなので、余韻をじっくり楽しみたくなるというか。

1stアルバム『NIGHT & DAY』は何度リピートしたかわからないくらい聴いたんですが、『you』はまた違うなと思いました。無闇に聴くのはもったいない、大事に聴きたい“とっておき”のアルバムだなって。

中山:色鉛筆で例えるなら『NIGHT & DAY』の楽曲は赤も青も黄も入れよう!という感じでバリエーションを揃えましたけど、『you』は茶色とか灰色とか同系色の感じなので、それもあるかもしれないですね。今の自分が好きなもの、描きたいこと、それが結果的にそうした色合いだったんです。

画像4

CDを手に取る瞬間に、物語で意味を宿す

森丘:「このコラボで何をする?」と考えた時、『you』があまりにも好きすぎて、「介入したくない」ってはっきり思ったんですね。彩さんの作り出した『you』の世界があって、それを聴く人がいて。その二者の関係を邪魔したくないと強く思ったんです。

でも、じゃあ自分に何ができるか?と考えた時に「間を“間”のままとして描くことはできるかもしれない」と思って、今回の掌編小説『interlude』の企画を思いついたんです。

中山:CD購入者限定の特典なので、ネタバレを避ける意味でも詳しくは言えないですけど。企画を聞いた瞬間「それしかない」って本当に思いました。繰り返しになりますが「なんでわかるの?」って(笑)。配信でもリリースしますけど、CDにするからには「タイムカプセル」みたいに、秘密めいた感じにもしたいなって思ってたんですよ。

今回の『interlude』って、あり方としても物語としてもまさにそれを表現しているじゃないですか。でも「タイムカプセル」とか「秘密めいた」みたいな言葉って、特に雪子さんに伝えてないなって。私、言ってないですよね?(笑)

森丘:そういえば、そうですね(笑)。企画も物語も、すごく自然に思いついたんですよ。物質としてのCDが持つ意味と、彩さんが紡ぎ出す『you』の世界、その間に漂う時間を物語として表現することなら自分にできるなって。アルバムとして良すぎるから、逆にそれ以外はやりたくない、くらいの気持ちで。

かつてCDは音楽を聴くために必ず手に取るものでしたけど、今はもうサブスクリプションや配信が主流ですよね。CDを買ったとしてもデータを取り込んだ後は年に一度手にするかどうかで、CDの意味が変わってきているなと思っていて。だから人がCDを手に取るその瞬間に、意味を宿らせるものにしたかったんです。

中山:CDの『you』に掌編小説『interlude』が加わることで、時空の概念まで表現できたのではないかなと、本気で思いました。CDを作ることにして本当によかったなって。実は、初めは配信リリースも通販もせず、ライブツアーで全国を回って地道に手売りをしていくぞって思ってたんです。

森丘:え、手売り限定の予定だったんですか!? こんなに良いアルバムなのに、それはもったいない(笑)。

中山:本当は2020年6月にそのツアーとリリースをするつもりだったんです。でも新型コロナウイルスの感染が広がって緊急事態宣言も発令されて、日常が一変しましたよね。とてもじゃないけど、ライブツアーなんてできない。音源は完成しているのに、ぽっかりと時間が空いてしまったんです。生まれてしまったこの時間で何ができるかなと考えて、いっそのこと、とことんこだわってCDを作って、配信でもちゃんとリリースしようと決めたんです。

過ちも悲しみも、すべてを肯定する“子守唄”

森丘:SNSで発信されているアルバムの制作過程からも「誰に頼むか」の時点からこだわっているのが伝わってきました。

中山:楽曲に参加したミュージシャンやカメラマン、デザイナー、ビデオグラファーも、私がこの人と仕事がしたい!って強く思った人たちばかりなんです。レコーディングとミックス、マスタリングを依頼したエンジニアの方は音倉レコードでお世話になった方で、雪子さんもその繋がりで。

なので『you』は、シンガーソングライターとして歩んできた“これまで”と、音楽療法士として歩み始めたい“これから”の両方の集大成でもあるんです。もともと自分にとって大事な意味を持つ作品でしたけど、関わる人が増えるにつれて、より意味が深いものになっていったんですよね。
お世話になった音倉レコードの社長が年始に亡くなってしまったこともあり、繋げてもらったご縁をちゃんと大事にしたいなっていう気持ちが芽生えたのも大きかったです。

そうして好きな人たちと一緒に作ったのもあって、本当に私にとって宝物のような、特別なアルバムになりました。

森丘:ミュージシャンとしての中山彩の歩みを、リボンで大事にラッピングしたような作品ですね。これからは音楽療法士を目指して活動されていくと思うんですが、ファンであるわたしは、彩さんの歌を聴き続けたいのが本音で。これからも、歌や楽曲制作は続けられるんでしょうか?

中山:もちろんです! 音楽療法士を本業にしていくので積極的な楽曲制作は難しくなるかもしれませんが、作りたくなったら作りますし、歌も続けます。アルバムのリリースをきっかけに毎週水曜日の22:30から「#ひみつの子守唄」というラジオcasを始めましたが、少なくとも年内いっぱいは続けると思います。

森丘:ああ、よかった(笑)。毎週水曜の夜に彩さんの歌が聴けるって、ファンとしてはそれだけでとても嬉しいんです。

中山:音楽療法士としてやることも勉強することもたくさんあるので、忙しくなってしまう時期もあるとは思うんですけど、音楽はライフワークとしてずっと続けていくと思います。

森丘:音楽療法士としての彩さんが奏でる音楽も、ますます楽しみになりました!
ちょうどアルバムの発売日に公開になる記事なので、最後に彩さんから一言いただけますか?

中山:『you』は、私にとって宝物であると同時に、渾身の“子守唄”でもあります。人の過ちも悲しみも、すべて肯定したいという思いで作りました。

さっき、CDが年に一度手に取るかどうかの存在に変わったという話がありましたけど、もう1年と言わず3年に一度でもいいくらいの気持ちです。できればCDで、あるいは配信やサブスクリプションでも『you』に一度でも触れてもらえて、何年か後にふと思い出して聴いてもらえる作品になれたら、それ以上に嬉しいことはないです。

森丘:彩さんの子守唄が多くの人に届くと良いなと、1ファンとしても書き手としても、心の底から強く思います。ありがとうございました!

あなたは なぜ、ミュージシャンを辞めて音楽療法士の道に進むのか?
–––––「みんな」ではなく「あなた」のために歌いたいから。
中山彩


中山彩 2ndアルバム『you』
2020年9月23日
CD・配信・サブスクリプション 同時リリース

youジャケット

▶︎『you』をCDで購入する(BOOTH通販のみ)
※CD限定特典:森丘雪子 書き下ろし掌編小説『interlude』封入
▶︎『you』を配信・サブスクリプションで聴く 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?