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エッセイ|水飴のような人


人との関係は難しい。
とはいえ、付き合う中で「この人とは難しいな」と感じる人は、ほぼ第一印象で分かる。

第一印象といっても、よく言われる清潔感とか言葉遣いではなく
(もちろん大事ではある)
「ねっとりしている」かどうか。

この人怖そう
近寄りがたい
そんな人は大抵が「自分が持っていないけれど自分に必要なもの」を備えている人。
そういう人は付き合いが長くなるほどに居心地がよくなる。

どんなにニコニコしていても
耳に心地いい言葉を発していても
水飴のようにねっとりとしたものを感じる人は、付き合うほどに疲弊してしまう。

「ねっとり感」分かるよ、という人は居るだろうか?

どんなにいい人と評価されていても、ねっとり感をまとっている人は
人の秘密を面白そうに話したり
陰口や
虚栄心
いくつか挙げると、そんなものが隠れていて

例えば、何か問題を解決するために「実はあの人はこんなものを抱えていて…」と秘密を話さざるを得ないこともあるだろう。
でもそうではなく、多分コミュニケーションのひとつとして使っているだけ。人の秘密は蜜の味、というやつだ。

ねっとりしていない人は、陰口ではなく「改善点として指摘」するだろうし「虚栄心ではなく、そうなりたいなら努力」するだろう。

第一印象で感じる「ねっとり」は、その人の声に乗りやすいように思っている。だから耳が嫌がるし、肌にも水飴を塗られていくような感覚を覚える。

わたしが人間関係を難しいと思う理由がこれだ。

だったら付き合わなければいいじゃない、という訳にもいかないことが人生の中ではいくつも訪れてきた。でもそれも、50年も生きているうちに「適切な距離の取り方」や「関わらない」ことが出来るようになってきて解放されてきたように思う。

もしかしたら、自分の在り方が確立されつつあるからかも知れない。

ちなみに「ねっとり感」にぴったりのものが他に浮かばなかったから「水飴」で例えたけれど、わたしは水飴はとても好きだ。肌には塗られたくないけれども。







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