2024年9月1日〜7日
9月1日(日)
今日から日記をつけ始めることにした。三日坊主のわたし…いつまで続くだろうか。
だらだらと午前中は家で過ごし、午後から行動。なんとなく吉祥寺駅で降りる。駅ビルを抜けて外に出るとちょうど雨足が強くなってしまったので雨宿りも兼ねて〈百年〉に行って気になった本を3冊買う。
このまま帰るのもなんだか惜しくて、気になっていた「きみの色」という映画を観ることにした。映画館でチケットを発券して開演までカフェに入って先程購入した大崎清夏「私運転日記」を読み始める。
小一時間ほど経って映画館へ向かう。道中、はすむこうのビルに反射した西陽が眩しくてそこが光源みたいだった。
「きみの色」とても良い映画だった。人が色に見える超感覚を持つトツ子が見えている世界を共有させてもらっているような、色鮮やかな人たちや音の描写が綺麗だった。大人が彼等の追いかけているものに介入せずそっと見守るスタンスでひたすらにやさしい。
こういう作品に出くわすと「わたしも楽器が弾けたら、学生時代から音楽をたくさん聴いていたら…」そんなふうに思ってしまう。「いつかギターを弾けるようになりたい」といって何年経ってしまったんだろう。
9月2日(月)
仕事をずる休みした。ずっと海が見たかったから海へ行くことにした。
中央線を降り新宿から横須賀線逗子行きの電車に乗る。平日の明るい車内で「私運転日記」を読み終える。
とても遠い場所にあるんだと決めつけていた海はたったの2時間弱で行けてしまえるんだと思った。わたしってどこへでも行けてしまえるのかもしれないと錯覚しそうになる。
13時半頃、逗子駅着。コンビニでホットスナックと350mlの缶ビールを買って徒歩で海まで向かう。知らない街にいるだけで夢みたいな気持ちになる。効率が求められ、生き急かされている気持ちになる日常から抜け出せて息がしやすい。
波の音。海の香り。海面がミラーボールみたいにきらきらしていて綺麗。風が強く吹いていて髪が巻き上げられ全身が砂だらけになる。ひさしぶりの感覚に不快感よりも高揚感が勝る。
海拾いをしたり、砂浜に腰掛けてぼんやり海を見つめていた。よせて返す波を眺めながらいろんなことを思い出して泣きそうになるのをぐっと堪えていた。
夕暮れに染まっていく海を眺めながら、イヤホンを耳に押し込んでレミオロメンの「海のバラッド」を聴いた。
ヘトヘトの状態で帰宅してすぐにお風呂へ。排水溝に溜まる砂つぶで(あぁわたし、今日海に行ったんだ)と思った。腕に日焼け跡がくっきりついていた。海に行ったのは夢じゃなかった。
9月3日(火)
なんとか仕事へ行く。通勤電車で川上未映子「すべて真夜中の恋人たち」を読みはじめる。主人公冬子とわたしは誕生日が一緒、親近感。
家に帰ってから昨日海で拾った漂着物を洗う。海拾いのことを“ビーチコーミング”というらしい。乾かすためになんとなく並べたところまで綺麗。海のかおりがする。
9月4日(水)
外には秋の風が吹いていてあぁうれしい、心なしか身体が軽い気がする。
通勤電車で「すべて真夜中の恋人たち」の続きを読む。登場人物たちの性格がわかりやすい仕草の書きかたに感動。川上さん、すごい…。
家で白桃を剥いて食べた。夏は苦手だけど桃が美味しい季節だから嫌いになれない。あとどれくらい桃が食べれるだろうか。
9月5日(木)
「すべて真夜中の恋人たち」を読み終える。自分と冬子を重ねて、大切な人と三束さんを重ねてしまって喉のあたりがずっときゅっとして苦しかった。
コース料理に出てきた土のスープから“土を食べる少女”が出てくる小説があったことを思い出すシーンで(その小説ってガルシアの「百年の孤独」ではないのか…!?)と思う。今年文庫化された「百年の孤独」を読んでいたからこそ気づけた。じっさいのところ、その“土を食べる少女”が出てくる小説が「百年の孤独」なのかはわからないが…。
読み進めている本に、自分が読んだり聴いたりした本や音楽・好きなアーティスト・好きなお店・住んでいる土地などがときどき出てくることがあって、そういうものに出会うとハッとさせられる。こういう瞬間があるから「読書が好きだなぁ」と改めて思う。
9月6日(金)
〈百年〉で購入した幸田文「季節のかたみ」を読み始める。幸田文さんは今年観た「PERFECT DAYS」で役所広司さん演じる平山が著者の「木」という本を読んでいて知った作家さん、こちらもいつか読んでみたい。
ここを読んでハッとした。「一年のうちに一度しかまわってこない、その特徴。六十年の人生なら、たった六十回しか経験できない」こんな風に考えると案外少ないのだなぁ、と思う。
わたしは今年で28になる。そして27回目の夏が終わろうとしている。夏は苦手だのにそう思うと名残惜しい気持ちになった。幸田さんのように“おろそかに行きすぎないで”その月の、その季節を感じとりたい。
幸田さん曰く9月は、“手練手管にまどわされそうになる月”だから“事物に巻きこまれず怜悧でありたい月”、だそう。
仕事終わりに職場の飲み会へ行く。集合までに時間があったので気になっていたファンデーションを買った。化粧品を買うとわくわくする。
時間も迫ってきたので高田馬場で降車。飲み会の時にしか来ない街。乗り気じゃない飲み会はちょっとしんどい。
21時くらいには帰りたいな、と思っていたのに流されて3軒目まで来てしまった。さっそく“手練手管にまどわされ”てしまった。気分が乗らないことを断る勇気がほしい。
帰りの電車でMr.Children「シフクノオト」を聴きながら帰る。「花言葉」、今の季節の曲じゃん…と思いながら聴いていた。
0時前に最寄り駅に着く。駅の階段で足を踏み外して転んでしまった、恥ずかしい。ほろ酔いで家までの道を歩く。道中、猫がごろんとアスファルトに寝そべっていて(涼しくなったもんね〜うれしいね〜)と心の中で言ってみる。
9月7日(土)
昨晩転んだときに右の足首を捻ったみたいで鈍い痛み。今日は暑い。身支度をして出かける気にもなれなくてずっと横になって過ごした。
なにもしない休日は、夜になると「なにもしなかった」ことを勿体無いと思ってしまう。明日は洗濯物を洗って干して昨日買ったファンデーションを使ってお化粧してどこかへ出かけよう。きっと。
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