見出し画像

眠り姫になるという選択肢

怒りをぶつけられる事、それがわたしはどうも苦手だな、と思う。
自分自身の怒りの感情を振りかざしながら人と接する人間、そうはなりたくなくて、ずっと気を張って生きている。
とはいえ、自分がぶつけられることは否応無しにあって、その度、落ちていくのだが。

記そうと思ったのは、思考の海が引いていってしまいそうだったから。
この世には切れる関係とそうでないものがあって、家族は後者だったとしても、友人関係は借款等が無いに限り、大体前者であるように思う。友人に怒りをぶつけられて落ちたとして、それが自分にとってマイナスなのであれば、切るべきだと思うし、自分もそうしてきた。だからこそ、今この状況において、責めるべきなのは、友人ではなく、自分であり、そういう人間だと理解しながら付き合いを続けてきた事実である。

責任の所在を明らかにしたところで、落ち切っている自分を自分で叱咤する気になんてなれずに、ここにぽつぽつと文字を綴っているのだが。
嫌なことは積み重なってしまうもので、落ち切った思考回路が回っていく場所は自己嫌悪のスペースである。自分自身の態度で大事な人間に同じ感情を味わわせていたとしたらという懸念が、どろどろと溶けた思考の海から浮かんでは沈みを繰り返す。

もし、そうだとしたら。嫌だなあ。自分が関わる人間には幸せでいてほしいんだよ。笑顔で笑っててほしくて、そこに自分がいることで、その笑顔に影が差すのだとしたら、わたしは居ない方がよくて。なんて、思考は悪い方へとどんどん回る、溶ける。ぐちゃぐちゃになる。
自分を守る考えも、何もかも理想とかけ離れていて、そうしたくないのに勝手に思考が回っていくんだと言い訳じみた言葉が負け犬の遠吠えみたいに夜空に消えていく。

そういえば、今日は満月だった気がする。体調が優れないのも、どうにも思考回路が思ったように動かないのも、全部月のパワーが強すぎるせいかもしれないな。今日は早く寝てしまおう、これ以上にどろどろと溶けてしまう前に。黒い化け物となってしまう前に。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?