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夏の八ヶ岳で待っていたごほうび

朝2時。普段なら熟睡している時間に起き上がり、オートミールを身体に流し込む。3時にはテントから抜け出し、頭にライトをつけ、誰もいない山道を1人歩き出す。目指すは八ヶ岳最高峰、赤岳だ。

赤岳に行こうと決心したのは前日の夜だった。八ヶ岳の天狗岳や硫黄岳には登頂したことがあったが、赤岳はまだ残っていたのだ。「今年こそ赤岳には登りたい。できれば硫黄岳まで縦走したい」と登山アプリで計画を立ていた。そして「今週末は天気が安定しそう」とわかると急いでバックパックに荷物を詰め込み、翌朝「特急あずさ」に飛び乗った。

アクセスしやすい名峰・赤岳

東京住みの私にとって、赤岳は比較的アクセスしやすい山である。中央線で茅野駅まで出れば、あとはバスに揺られて1時間で登山口に到着。そこから3時間ほど歩くとテント場に到着する。赤岳から朝日が見たいから、テント場は行者小屋にした。

当日は10時前に美濃戸みのどバス停に到着。公共交通機関組は、ここから車道を1時間歩かないといけない。えっちらおっちら歩く私を悠々と抜き去る車たち。この車道歩きが暑くて地味にしんどかった。美濃戸登山口に到着して休憩していると、売店のおばあちゃんが「阿弥陀さん(阿弥陀岳)が待っとるよ〜頑張れ〜」と、声とかけてくれた。

美濃戸登山口から行者小屋までは、とても歩きやすく良い山道だった。しかしテントが重たい。6月の坊ガツル以来のテント泊。重量は15kg近くなり、しかも一眼レフを首からぶら下げているんだからまぁ重い。ゆっくり歩きつつ、出発から4時間後の13時過ぎにテント場に到着する。

テント場に到着してまず行うのは、自分の「家」を建てる場所を探すこと。土曜の八ヶ岳はたいてい混んでいるが、今回はたまたま良いスポットに巡り会えた。ちなみに、私がテントを張るとき重視するポイントは「平ら=静けさ>>利便性」で、いかに平らな場所で静かに眠れるか?がポイント。せっかく山に来ているのに、うるさいなんて絶対にいやだ。

近くをウロウロ散歩したり、テントでぼーっとしたり。電波が通じないテント場では、時間がゆったり流れる。この時間が好きだ。むしろ、このために重たいテントとシュラフを背負って歩いてきていると言っていいほど。

17時には夕飯を食べ(いつも通りツナご飯と乾燥野菜の味噌汁)、18時就寝。普段はテントであまり寝れないのに、この日はびっくりするくらい熟睡できた。

夜が明ける前の山とご来光

朝2時に目覚ましの音で起き、テントを開けて外の様子を確認する。風は止んでおり、空には星がきらめいていた。朝ご飯を食べ、もう一度外を見る。びっくりするくらい暗い。本当に行くのか、熊は出ないのか……なんて思いながらゆっくり支度をして、3時すぎにテントから出る。赤岳につながる登山道を歩いていると、少し先にライトが光っていた。ああ、私と同じ道をいく人がいるんだ、と思うと少し気持ちが楽になる。

夜明け前の山は無音に近い。聞こえるのは風に揺らぐ植物の音と自分の息遣いだけ。真っ暗で怖いけど、ふと自然のなかに自分ひとりぼっちだと思うと生きている実感が生まれる。

4時すぎ、赤岳の頂上につながる最後のピークに到着する。空は紺色になってきた。刻一刻と色を変える空の様子に、胸が高鳴る。

「太陽よ、もう少し待っていて」

そう心のなかでつぶやきながら、頂上を目指す。今日はご来光が見えそうだ。

頂上に出ると、雲海が広がっていた。太陽は今にも出そうで出ない。その様子を多くの人が見守っていた。私はひたすらシャッターを切る。太陽が出る前の空の色を収めないと。

太陽が登ると「今日が始まった」と思う。いい気持ちだ。そしてこれから歩く横岳と硫黄岳の稜線が朝日に照らされて輝いていた。ますますいい気持ちになる。

そこからゆっくり写真を撮りながら横岳を超え、硫黄岳まで歩いた。歩いているうちに、「ああ、私はこの横岳から硫黄岳までの稜線を歩きたかったのだ」と思い出した。8年前に家族旅行で硫黄岳へ登った時、「いつかこの道を歩いてみたい」と思った。そのいつかが、なんと今やってきたのだ。

横岳から硫黄岳への道は見た目こそ美しいが、歩いていると石だらけで単調で、正直「まだある……」という気持ちになった。けれど硫黄岳で振り返り、自分が歩いてきた道がつながっていると実感すると、歩けてよかったと素直に思う。

硫黄岳からの下山道にて

この夏のごほうび

たっぷり赤岳〜硫黄岳を堪能し、10時ごろテント場に戻り、コーヒーで一服する。朝から7時間も歩いたのだから、コーヒーが染みる。「あと一泊したいな……」と思いながらノロノロとテントを撤収し、美濃戸登山口へ戻る。

行きに会った売店のおばあちゃんからトウモロコシを購入し、おしゃべりしながら一日を振り返る。

オマケといって2本くれた。奥に写っているのがおばあちゃん。

「赤岳から朝日が見えましたよ」おばあちゃんにと伝えると、「それはよかったね。ごほうびだね」と言ってくれた。

ごほうび。

「自分にごほうび」なんて考えるタイプではないけれど、あの景色はごほうびだったと素直に思えた。日々それなりに生きているごほうび。悩みながら毎日を過ごしている、ごほうび。

……次の夏はどんなごほうびに出会えるんだろうか。


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