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【インパクト投資】地域課題解決型投資の日本への導入

イギリスはインパクト投資が生まれ育った地であることから、今後の日本におけるインパクト投資の展開を占うにあたって参考とすべき事例は多い。

その中でも最近注目しているのが、Place-based impact investing(以下「PBII」という。)と呼ばれるインパクト投資の類型である。PBIIはその名の通り、「場所に根付いた」投資を前提としており、通常想定されるインパクト投資よりもその地理的範囲は特定されている。

日本でも金融庁がガイドラインを作成・公表する等、インパクト投資の拡大に向けた取り組みは進んでいるが、PBIIの実例は未だ存在しないものと思われる。そこで、本稿ではPBIIの基本的な考え方、イギリスでの動き、日本での展開可能性について整理する。

なお、日本ではPBIIに対応する和訳が未だ存在しないことから、本稿では「地域課題解決型投資」という仮訳を用いることとした。
また、本稿の内容は、イギリスにおけるインパクト投資のナレッジセンターであるimpact investing instisuteが公表しているPBIIに関する資料に大きく依拠している。本稿で捨象した説明・事例等については元ページをご参照いただきたい。

1. PBIIの基本的な考え方

1-1. PBIIの定義

PBIIを推進するimpact investing instituteは、以下のような定義を公表している。

“Investments made with the intention to yield appropriate risk-adjusted financial returns as well as positive local impact, with a focus on addressing the needs of specific places to enhance local economic resilience, prosperity and sustainable development.“

日本語にすると「地域経済の回復力、繁栄、持続可能な開発を強化するため、特定の場所の需要への対応に重点を置き、適切なリスク調整後の財務リターン及び地域にプラスの影響をもたらすことを意図して行われる投資」といったものとなる。
大まかにまとめると、(外国で行うのではなく、)国内の一定の地域で行うインパクト投資というのがPBIIの基本的なアイデアである。
イギリスでは、都市部と地域の格差が根強く存在していることから、この問題を解消するためにPBIIが利用されている。特に、PBIIは、民間資本が財務的リターンを提供し、公共投資とマッチし、イギリス全土のコミュニティにおいて環境と社会にポジティブなインパクトをもたらすと考えられている。

1-2. PBIIの関係当事者

PBIIにおける主たるプレイヤーは2つに分類される。

1つ目は、PBIIの基礎となる地方自治体やその戦略的パートナーである。
"Place-based"という名の通り、PBIIのプロジェクトは常にその場所自体のニーズや要望から始まる。そのニーズや要望を掘り起こし、具体化していくのがこれらのプレイヤーである。

2つ目は、投資家である。"impact investing"であるため、当然投資家の存在は不可欠となる。どのような投資家が想定されるかという点についてはオープンであるものの、基本的には地域への関心が高い投資家層が想定される。

これらのプレイヤーが協働することによってPBIIのプロジェクトは進行することになる。

1-3. PBIIのテーマ

PBIIのテーマ設定においてはプレイヤーの関心事が重要な考慮要素となる。

地域のプレイヤーの観点からは、地方や地域の開発戦略で取り上げられるであろう政策テーマや優先分野が重要視される。例えば、農業や林業、インフラ整備、中小企業支援といったテーマが考えられる。
一方、投資家の観点からは、当該投資家の投資戦略に該当する分野が重視される。これは投資家によって区々であるため一概には言えないが、ESGや社会課題の解決というレンズは当然ここに含まれる。
これら2つの視点がマッチする分野にPBIIによる投資が行われることになる。

以下の図はイギリスにおけるPBIIのプレイヤーとテーマの関係性を示したものである。ここでは、住宅、中小企業へのファイナンス、クリーンエネルギー、インフラ及び再開発が5つのテーマとして想定されており、そのテーマを投資家と地域のプレイヤーが上下で支えるという構造が表現されている。

1-4. PBIIの特徴

PBIIの特徴としては以下の5つが指摘される。

① ポジティブなインパクトを達成するという意図性
意図性はインパクト投資の重要な特徴であり、金融庁のガイドラインにおいてもその要素の一つとして指摘されている。
一般的に意図性は、社会的又は環境的なニーズへの取り組みに関連して定義される。さらに、PBIIの投資家には、「場所」と「インパクト」の両方に焦点を当てるという二重のレンズが必要となる。その意味で、PBIIを実施する場合には、インパクトの創出を目指す場所を、達成すべき社会的・環境的成果のタイプとともに定義する必要がある。このような意図性は、投資戦略の中で、財務的目標だけでなく、インパクト目標も設定することで明確にすることができる。

② 場所の特定
効果的なPBIIは「場所」と「セクター」の横断的な性質を考慮する必要がある。
対象とすべき地域は投資対象となるセクターによって異なりうる。例えば、 インフラ投資を行う「場所」の設定は国全体とする一方で、中小企業投資を行う「場所」は地方や特定の地域に焦点を絞ることも考えられる。

③ 地域のステークホルダーの関与
ステークホルダーによる関与は、PBII の中核的な特徴である。
PBIIは、地域における開発目標や優先事項に沿って、それを支援するものである。戦略的な開発計画を決定するのは地方自治体の役割であり、戦略やプロジェクトのレベルにおいて主要なステークホルダーとみなされる。
個々のプロジェクトや投資については、ステークホルダーによる参加を拡大し、投資がどのように地域の便益を最大化し、マイナスのリスクを軽減できるかを検討することが望ましい。 特に、社会的地位の低いグループやマイノリティの意見やアイデアにも耳を傾けることが重要となる。

④ インパクトの測定、管理、報告
インパクト投資の一類型であるPBIIにおいても、インパクトの測定、管理、報告は極めて重要である。
特に、インパクトの創出を適切にマッピングし、測定するという観点からは、インパクトの地理的な位置付けを把握することがPBIIにおいては肝となる。

⑤ 関係者間の連携
特定の場所でのインパクトを最適化するためには、関係者間での連携が欠かせない。
共通のインパクト目標を認識し、PBIIのコンセプトを正確に理解することで、ステークホルダー間での意思決定が分断される事態を回避することができる。

2. イギリスでの動き

2-1. 資金拠出者

イギリスのPBIIでは、地方政府年金制度であるLGPS (Local Government Pension Scheme)という年金基金が資金拠出者として大きな存在感を示している。
総額で3,260億ポンドの基金を有するLGPSは、英国最大の公的年金制度であり、地方自治体職員から教員、警察職員、ボランタリーセクターで働く人々まで、500万人以上が加入している。この年金基金は、98の小地域管理当局によって地域ごとに管理されている。ESGの統合と持続可能な開発目標との整合性は、LGPSの投資戦略にとってますます重要になってきており、地域投資への関心は強い。
もっとも、2020年3月時点において、LGPSファンド(LGPSから資金拠出を受けるファンド。各地域ごとに管理・運用される。)によるPBIIセクターへの投資は、わずか3億ポンドに過ぎないという現実もあり、さらなる投資が求められている点は言及に値する。

2-2. リソースの確保方法

PBIIを拡大するためには、エコシステム全体の運用リソースの増加が必須条件と考えられている。これは、投資を創出、分析し、機関投資家による出資を集めるために必要となる。リソースを必要とするプレイヤーとしては、地方自治体、LGPSの投資チーム、コンサルタント、ファンドマネージャーが挙げられる。
一方で、ファンドの組成から運営に至るまで、コストを削減するというアプローチは、PBIIを成長させ、地域経済に利益をもたらすという目的と反する。
したがって、このキャパシティの課題に対応する方法として、①キャパシティを自ら構築する、②外部からスキルを購入する、③他の機関からキャパシティを借用する、という3種類のアプローチが取られている。
例えば、Greater Manchester Pension Fundは、PBIIのための重要な能力を構築し、また専門知識を購入しているLGPSファンドの代表的な例である。South Yorkshire Pension Authorityは、主にCBREから専門知識を購入し、投資案件の発掘やファンドの運営を支援している。Londonでは、LGPSファンドが、Londonファンドを設立した年金プールからキャパシティを借用している。

2-3. LGPSの運用方法

個々のLGPSファンドによる資産の運用は、以下の3種類の方法に分類される。

① 直接投資モデル
LGPSファンドがプロジェクトや事業に直接投資するもので、LGPSファンドの投資委員会と投資先との間に外部のファンドマネージャーは介在しない。このような投資は比較的稀であるが、地域へのインパクトの創出に関する良い道筋を提供することができる。

② 共同投資モデル
信頼できるパートナーと共同して、PBIIに関するプロジェクトや投資ビークルに投資し、両者が資金を出し合うスキームである。パートナーの例としては、地元の開発会社や、専門分野に精通したPEファームなどが挙げられる。
共同投資モデルは、一般的に現地のステークホルダーが高度に関与し、パートナーはプロジェクトの開発・実施に専門知識をもたらすため、PBIIに適している。さらに、このモデルは、機関投資家と地元の民間セクター、公共セクター、社会セクター(地元の住宅協会や大学など)のパートナーを結びつける可能性を秘めている。

③ 第三者による運用モデル
LGPSファンドと投資先との間に位置するファンドマネージャーによって投資が全体的に運用されるモデルであり、LGPSファンドの圧倒的多数はこのモデルに依拠している。
LGPSファンドが他の投資家のアセットと共同で運用される場合と、LGPSファンドのために個別に運用される場合の2種類がある。

2-4. PBIIに関するインパクト・レポート

本稿はPBIIの詳細に立ち入るものではないものの、その重要性に鑑み、インパクト・レポートの主たる要素のみ簡単に触れておく。各項目の詳細については参照ページの各項目をご確認いただきたいが、基本的には通常のインパクトレポートに場所の要素が比較的強く現れているものと捉えることで大過ない。

① 全体的なインパクト目標とその説明
LGPSファンドが達成しようとしている包括的インパクト目標。
② 投資目的
LGPSファンドが投資対象とするテーマ別またはセクター別の投資目的。
③ Theory of Change
LGPS ファンドが行う活動が、ポジティブな成果の達成と向上にどのように貢献するか。
④ Impact Metrics
LGPSファンドがPBIIによる影響度のパフォーマンスをどのように報告するか。
⑤ インパクト報告
その他の基本的なインパクト報告の内容。

3. 日本での展開可能性

3-1. 想定されるプレイヤー

日本で地域課題解決型投資を行う場合、主たるプレイヤーは誰になるだろうか。
PBIIと同様に、地方自治体やその戦略的パートナーが当該場所のニーズや要望を可視化する存在として重要な役割を果たす。投資家としては地域に強い関心を有する地方銀行が有力な候補となろう。ファンドを組成する場合には運用会社の関与も欠かせない。
さらに、ステークホルダーの声を拾い上げ、統括する存在として、まちづくり会社の参画も期待されるところである。まちづくり会社は、当該地域に根付く課題を正確に認識して事業を行うことが多く、かつ、官民の橋渡し的な役割を担うこともできることから、地域課題解決型投資のプロジェクトを主体的に先導することが可能であると考えられる。

3-2. 導入への課題

主たる課題としては、投資先となるプレイヤーが存在しない、又は存在したとしても事業規模が十分に大きくないために投資プロジェクトを遂行することができないという点が指摘できる。

1点目については、地方での過疎化が進む中で、リスクをとって新規事業を行う主体がそもそも存在しないという問題がある。地方創生のプランナーは数多く存在するものの、実際に地方に根ざしてビジネスを行うプレイヤーが枯渇していることは従前より指摘されてきた。いかにリスクマネーの供給があれど、投資先が不在であれば資金は行き場を失う。

2点目の事業規模については、地方のビジネスは都市部のビジネスと比べて相対的に事業規模が小さい傾向があるという点に関連する。上記のとおり地域課題解決型投資の組成にはリソースとコストがかかる一方、投資先のサイズが小さい場合には、当該コストを賄うだけのリターンが望めない可能性もある。そうなるとプロジェクトを立ち上げること自体が困難となる。
さらに、1点目と2点目が相互に影響する結果として、当該地域には少数の小規模事業者しか投資先が存在しないという事態に直面することも容易に想定される。

例えば、「場所」の設定を市や町といった小さな単位とするのではなく、東北地方、関西地方といったより広域のエリアとして設定することによって上記の問題は克服されうる。もっとも、そのような広域における地域課題解決型投資のプロジェクトに関与するプレイヤーとして適切なステークホルダーはいったい誰なのかという問題は新たに浮上する。

現時点でこれらの課題についての解決策は持ち合わせていないものの、適切な地理的範囲設定と当該地域に関心のあるプレイヤーを集めることが地域課題解決型投資を始めるための第一歩となることは間違いがない。

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