あの「八木新宮線」に乗ってきた
2021年12月。高の原(京都と奈良の県境)に住んでいる筆者は、和歌山県の南部、紀伊勝浦に行く用事がありました。
奈良から紀伊勝浦へ公共交通機関で向かう場合の選択肢として挙がるのは2つ。
大阪まで出て、「くろしお」でひたすらぐるっと回るか、三重の松阪まで出て「南紀」で南下するか。
どちらにしても大きく迂回する形になります。
今回はどちらのルートも使わず、和歌山の南へ向かいます。
1.長い旅の始まり(八木→五條)
朝9時、やってまいりましたのは奈良県橿原市の中心駅、大和八木駅。高の原から30分ほど、大阪からも30分強でたどりつくことができるところです。
さて、八木駅に来てどうするのかというと...
さて改札を抜けて南口へやってきました。
おや?
ということで新宮駅行のバスに乗車します。新宮とは。
地理に詳しい方ならご存知でしょうが...
和歌山の南東端、三重との県境を接する太平洋側の街。
ここまでバス一本で、距離169.8kmを一路線で走りきります。
山の中を突っ切ることもあり、新宮までの距離はそこまで遠くありません。
(大阪・和歌山を経由すると約300kmの距離を移動することになります)
また実際、距離が180㌔程度の距離である東京ー静岡・大阪ー岡山などの区間には腐るほど高速バスが走っていますので、そこまでこの距離を走るバスは珍しくありません。高速バスならば。
あ、あれ?
行き先表示機も運賃表も、街なかを走っている路線バスと同じ......?
が、このバス何か様子が変。掲示の路線図を見てみると...
お分かりでしょうか、見えない小ささの文字で停留所名が列挙されています。そうこのバス、路線バスです。高速道路は一切走りません。
終点までの停留所の数、何と168。車両はそこらの路線バスとほぼ一緒(背もたれが高くなっただけ)。街なかで走り回っているようなバスが、そのまま奈良・橿原から太平洋側の街、新宮まで走り通すのです。
ちなみに先程の運賃表をよく見てみると、新宮駅までの所要時間はなんと6時間20分。(実はこれ半分嘘で、実際は6時間30分以上かかります)
先ほどの行先表示機、街なかを数十分走るバスと同じような表示をしていましたが
実際はこう。普通におかしい。詐欺だと思う。
なお普通の路線バスですので、別に終点までの168の停留所。全て乗り降りできます。八木駅では十数人が乗車。内訳は
となっています。つまり半分以上はすぐ降りるとのこと。6時間半走るバスとは思えません。ちなみにですが十津川村へ行こうと思うとロクな交通手段はこのバスくらいしかありません。新宮ですとこんな耐久レースしなくても特急で行くとかいう方法が取れますが、十津川へは4時間という路線バスにより長旅を強いられます。さすが日本一の秘境と言われることだけある。
さて、バスは9:15、八木駅を発車。普段高の原で乗っているバスと同じ声での放送案内が流れます。
普通の路線バスのようにアナウンスされてますが、経由地の数がおかしい。そして放送が続き、
そう、このバスは途中3箇所で休憩があります。また、普通の路線バスなので車内にトイレはありません。
バスは5分ほど進み、2つ目の停留所、医大病院前に停車。
早速降車客が出ます。本当にそこらの路線バスと変わらん。
ちなみに特急という記載がありますが、和歌山県に入るまで通過する停留所はほとんどありません。吉野線特急もびっくり()
街なかの国道を走り、大和高田市へ。高田市駅を通り過ぎ、忍海という停留所へ。この停留所のそばに、このバスを運行する「奈良交通 葛城営業所」があります。
言い忘れていましたが、運転手さんは八木から新宮までずっと同じ人です。ずっっと同じ人が、6時間半永遠と運転し続けます。平気でおかしな運用をしている奈良交通凄まじい。
御所駅を過ぎて初の山越え。標高200m台の風の森峠を越え、五条市街へ進みます。
八木から1時間。五條バスセンターに到着。1箇所目の休憩地点です。
感想ですか?
「五條までこんなに長いと思ってなかった」「もう飽きた」
そもそもですが、普通の生活をしていて、同じバスに1時間ずっと乗ることなんかまずないわけですよ(高速バスは別として)。1時間で疲れて当然です。
ちなみに五條バスセンターはだいたい上の地図上だとオレンジ色の場所。
え?まだここ?????
2.十津川村、でけえ(五條バスセンター→上野地→十津川温泉)
五條バスセンターからは、本宮大社まで乗る団体客を乗せて出発。五条駅からは制服を着た高校生も乗車。車内もほぼ満員です。
ちなみに高校生は20分ほど乗って、神野バス停で降りていきました。どうやら山の上にある高校まで歩いていく模様。あんなところまで歩くのかと驚愕しながらバスは高校生を下ろし発車。更に山の中を進みます。
天辻峠を越えていきます。バスは標高約650mまで登っていきます。
「星のくに」というバス停を過ぎ、阪本・大塔を通り過ぎます。
さらに山の中を進みます。紀伊半島を襲った大水害から10年以上が経ちますが、未だに災害の痕跡が見えます。
12時前にバスは十津川村へ突入。なおこれから約2時間、バスはずっと十津川村を走ります。約50km、永遠と十津川村です。そこらの村とスケールが段違い、さすが十津川。(ちなみに十津川村は昭和・平成の大合併に関わっておらず、明治23年からこの大きさらしいです。)
12:10、バスは上野地に到着。ここでだいたい行程の半分です。半分とはいいますがすでに3時間。「3時間経って未だに奈良かよ」と思いながらバスをおります。ここで約15分休憩。
上野地には、日本一の長さの吊り橋、谷地の吊り橋があります。
一応時間もありましたし、人も少なかったので渡ってみることに。
渡ってみた感想ですが、「とんでもなく揺れる」。この日は風が強かったというのもありますが、それにしても揺れます。しかも上下左右不規則に揺れるので、あまり長いこと橋の上にいると、船酔いみたいなものを感じます。実際橋を渡りきってからもクラクラしました。(陸酔いみたいなものですね)
いや本当に恐怖もんでした。何かの拍子に体が横に持ってかれて、上の隙間から墜ちてしまうんじゃないかと思ったくらい。
さてバスは上野地を発車。なお上野地では店がありめはり寿司を購入することができました。
ダムへつながる超巨大な導水管や
十津川高校を通りながら南下します。なお十津川村役場近くの停留所では乗車も。十津川村区間内の移動需要もやはりあります。本当に路線バスなんだなと実感させられる瞬間です。
上野地から1時間、13:30に十津川温泉に到着。十津川温泉ですので、当然まだ十津川村。1時間半同じ村をバスはひた走っています。
足湯があったり、営業所があったりと、バスセンターに近い存在です。
ちなみに、この十津川温泉停留所は平谷という集落にありますが、その平谷集落、十津川村で一番大きい集落になります。300人を超える人々がこの集落に住んでいるようです。
3.長いクライマックス(十津川温泉→本宮大社前→新宮駅)
さて、10分休憩の後バスは再び動き出します。
バスは二津野ダムの下を通過。圧巻の光景です。
そして突如谷の中に現れる高架橋。このようなバイパスの整備が進んでいます。土木の技術本当に素晴らしい。
そして14:10
奈良県を抜けて和歌山県突入。十津川村を抜けるのに2時間、八木からここまで5時間かけてようやく和歌山県突入です。奈良県南部はとんでもなかった…
ところで
普通の路線バスに見かけない「運賃紙幣投入箱」。このバスでは長距離乗車により数千円とかいう運賃が平気で登場します。路線バスなのに。
本宮大社前の手前で八木から乗っていた客が下車。運賃は4000円。
野口英世様が4枚、マジでこの箱に投入されていきました。恐ろしや…
視界がひらけて本宮大社前。久々に街を見ました。本宮大社前では団体客含め自分以外の乗客全員が下車。代わりに数人本宮大社前から乗車がありました。
ちなみにですが、和歌山県に入ったとはいえ、あと1時間半以上あります。
どんだけバス乗ればいいの??????????
このバスは湯の峰温泉・川湯温泉・渡瀬温泉経由。3つの温泉をめぐります。巡るのですが…
道がとんでもない。今まで通ってきた道の中で一番劣悪じゃないかと思わせるほどの道路を進み、湯の峰・川湯・渡瀬温泉へ向かいました。とんでもない秘境温泉だ…
3つの温泉を過ぎ、川幅が大きくなり、十津川から名前を変えた熊野川を横目にバスは進みます。
なお道路工事のため、日足・神丸の停留所は非経由。これにより志古という停留所を過ぎると、次の停留所まで30分止まりません。ようやく「特急」らしくなります。なおそのおかげで初乗り950円とかいう区間が爆誕。やっぱ色々おかしいのでは。
バスは30分間淡々と川のそばを走り続け、トンネルへ。そしてトンネルを抜けると…
新宮。新宮。大都会。マジで大都会。久々にこんな信号のある街に出会った。バスは熊野本宮大社に対して「新宮」と呼ばれる熊野速玉大社の前を通り、新宮駅の一つ手前の停留所、速玉大社前へ。ここで本宮からのお客さんが降り、とうとう八木から乗ってきたバスはラスト1区間で乗客1人に。
そして運賃表には
新宮駅の文字が。最高運賃額、つまり八木からの運賃は5350円。どれだけの距離をバスに揺られてやってきたのか実感します。
そして数分後…
15:50、八木駅から6時間35分、新宮駅に到着。長いバスの旅も終わりました。本当に長かった… なお自分は運賃をICカードで支払ったため、5350円一気に残高を引かれるという経験をしました。こんな経験今後あるのでしょうか。
ここまで6時間半、運転して頂いた運転手さんにお礼を告げて、バスを離れます。
ふと目を別の方向へ向けると、学校帰りの学生が。朝高の原で乗った電車には学校へ向かう学生が乗っていたのに、バスを下りると下校の学生が街を歩いているのです。路線バスで相当な時間を過ごしたことをこの時改めて実感しました。
「日本で一番長い路線バス」。乗ってみると想像以上の濃密な時間を、かつのんびりした時間を過ごすことができます。一度乗ってみてはいかがでしょうか。
なおこの後はJRで目的地の紀伊勝浦へ。おいしい食事と、那智勝浦の温泉でゆっくりと過ごしました。
(おしまい)
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