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こまとよきこ_3

7月6日、こまがわたしの手のひらに乗った。
もしかしたらもっと早く乗ってくれたのかもしれない。ただ事実として、この日はじめて手のひらに乗った。座りはしない、でもそれなりに落ち着いた様子でしばらくのあいだじっとしていた。

手のひらは怖いのだろうと思っていた。
指には止まるけれど手のひらを出しても来ないから。
それならそれでまあいいかな、と。

こまは慎重な性格で、ケージの入り口まで来てそのまま沈思黙考を始めると10分でも15分でも動かない。お風呂もそう、入るのか入らないのかわからないまま時間だけが流れる。入るときもあるし、踵を返して戻っていくこともある。
これはまったくもって言い訳になるけれど、じっくり待つ時間と体力がない。迷っているのかもしれないなと思いつつ、戻って行ったらそこで諦めてしまう。わたしが。
そして横になる。こまはケージで何かしている。

よきこがいたときもだいたいはそんな感じだった。
基本的にすぐ体力が尽きる。寝型の巨人だ。
違ったのは鳥の性格で、よきこはわたしが倒れていると気づくやいなやわたしの元に飛んできた。文字通りその小さな翼を使ってすっ飛んできた。そしてわたしを覗き込み、無事を確認した。
あまりにもベッドで倒れていることが多いので、わたしが縦になっているときもベッドに見回りに行っていた。なんて愛情深い鳥なんだろうと思った。

そしてあるとき、よきこは決然とわたしを守ると決めたようだった。

お風呂やトイレなど、視界から消えると盛んに呼びかけてくる。何も言わずに姿を消すわけではもちろんない。声をかけてから行く。それでも声を枯らして呼ぶのである。わたしはよきこの起きている時間にお風呂に入るのを控えるようになった。

わたしの住まいには地獄と呼ばれる場所がいくつかあり、台所と洗面所がそうで、基本的に鳥は立ち入り禁止にしていた。部屋に比べて危険なものが多くある。洗剤や化粧品、食品、熱かったり冷たかったりするもの、さらには大地獄である「外」への扉がある。
台所や洗面所に通じるドアを開け閉めしてもすぐに行き来できないように長い暖簾をかけた。
まだ鳥が小さかった頃、「きゃあー、助けてー」とかなんとか小芝居をしながら暖簾の外に出た。
よきこは丸い目をさらにまん丸にしてこちらをみていた。
その後しばらくして、わたしが地獄に近づくと追いかけてきて阻止しようとするようになった。

よきこにしてみればわたしはしばしば地獄の向こうの大地獄に落ちてしまうおっちょこちょいな鳥で、一度落ちると何時間も戻って来なく、帰ってきたときにはぐったりと疲れ切っている。何があっても阻止しなければと思うのは当然だった。日々かばんを点検し、着替え始めると慌てて飛んでくる。ケージに戻ってもらったあとも「行かないほうがいい」と盛んに訴えていた。

引っ越して間取りが変わり、小さい地獄(洗面所)が玄関とひとつながりではなくなった。結果として多少自由な、あるいはわたしサイドが油断するエリアになった。何しろ一番危ないのは大地獄である「外」であり、洗面所の向こうに「外」はなくなったから。
しかしよきこにとってそこが地獄であることに変わりはなかった。ちょっとでもそちらに行こうものならあっという間に追いかけてくる。そして「危険だから引き返すように」と注意喚起する。

一方、もうひとりの臆病なほうはわたしがみえなくなれば目で追いはするものの、ケージから出て追いかけるという発想はない(のだと思う、たぶん)。そもそも長距離を飛んだことがまだ一度もない。エリンギのように伸びて心配そうにしている。地獄をどう思っているのかはよくわからない。初期に小芝居はした。性格を考えてやや控えめにした。ほんとやめなさいよそういうの、お調子者って言うんだよ。

それでも、それなりの時間をかけてわたしの手のひらに乗ってみることにはしたのだった。

どういう顔なのか

本当に、びっくりするほど性格が違うことに慄いている。そしてよきこのことを懐かしく思う。
こまはこれからどんな大人になるのだろうね。

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