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第二話「カフェのはじまり」2024年4月26日 晴れ

 私の勤める、そして退職することになるカフェは都内から私鉄で埼玉方面に向かう、その沿線の中では中規模の街にある。
 その街に住むパティシエの女性がネット販売の焼き菓子店を独立開業したのが、2年前の秋。開業は都内だった。開業と言ってもカフェや小売店を構えるのではなく、単身者向けのマンションの一室を借り、そこをキッチンとオフィスとした。小さな商売だった。
 一人で起業したわけでなく、友人であった女性が手伝う格好になった。その女性が私のパートナーだ。
 パティシエーー以後は「船長」とする。彼女のあだ名であるーー船長の人柄と焼き菓子の技量に惚れた私のパートナーーー同じく「N美」ーーは事務仕事や受発注、船長の相談相手として共同で経営に参加していた。
 当時、私は都内にある小さなワインバルチェーンにいた。基本的にワンオペのそのチェーンでは8年ほど勤めたことになる。年齢を重ね体力的にもキツくなり、転職を考えていた頃、彼女たちのネット上の焼き菓子店が実店舗を持つとの話が持ち上がった。
 船長が住む街、つまり私鉄沿線の中規模の街にバラエティショップの会社があった。生活雑貨を企画製造販売しているのだが、船長はひょんな縁からそのバラエティショップにクッキーを卸していた。
 船長とバラエティショップの社長との話し合いから売り場の一部を改造して、カフェを開業しようとなった。
 とは言え、パティシエは船長ひとり、N美さんはネットショップなどを担当し、時には菓子の仕込みも手伝っている。社長は飲食店経営には携わったことがない。カフェに立つ人員がいなかった。

 実店舗のカフェの営業は船長の夢でもあった。
 N美さんを通じて船長とも面識があり、船長の人柄と彼女の作るお菓子のファンでもあった私に、船長はカフェの店頭に立ってくれないかと持ちかけてくれた。
 転職を考えていた私には渡りに船だった。
 スペースの提供とカフェ部門に立つ私の人件費をバラエティショップ社長が持ち、クッキーの提供とカフェのメニュー開発、コンサルティングは船長が担当する。引き続きネットショップなどの事務方と製造補助はN美さん。私は店舗スタッフとしてバラエティショップの飲食部門の正社員となり、ドリンクやケーキ、クッキーの提供を担当する。
 このようなチーム編成で小さなカフェはスタートーー船出した。
 去年の秋のことだった。

 そして、私は早々にこの船を降りることになる。

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