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みんな『傲慢と善良』で生きる

辻村深月という人の書く物語はどうしてこうも心を揺さぶってくるのか。
「人生で一番刺さった小説」との声、続出
なんてこんなに心惹かれる帯コメントもない。

恋愛ミステリ。
恋愛とミステリはどちらも大好物です。

婚約者・坂庭真実(さかにわ まみ)が姿を消した。その居場所を探すため、西澤架(にしざわ かける)は、彼女の「過去」と向き合うことになる。「恋愛だけでなく生きていくうえでのあらゆる悩みに答えてくれる物語」と読者から圧倒的な支持を得た作品が遂に文庫化。

恋愛小説だから1章と2章でそれぞれの目線で描かれているのが特徴的だけど、
ここで架目線が先に来るのがポイントだと思っている。

小説を読んでいると私を書いてるみたいだって思うことは多々あるんだけど、この小説も同じでああ、真実は私だな、って思った。孤独な恋をしてるみたい。って台詞、私の中にも生まれたことありそう。よく見せたい。甘えたい。家族に楯突きたくもない。
だけど婚活はしないと思うし、自分は歪んでるからって思っているから一生恋人を作らないような気もしてる。惨めになりたくないから。自分が結婚という市場でどれだけ選ばれないかという事実と向き合いたくない。

これがミステリーというのかは分からないけど、謎があるという意味ではミステリなのかな。トリックを探すのとはまた違うし、例えば真実がどこに行っていたとしてもこの物語の中ではさほど重要ではないのではないかと思える。
とりあえず、つなぎ方というか余韻を残す感じが秀逸だと思う。切る前の台詞。1章の終わりがとてもすき。あとは2章の途中、あるシーンの1行で一瞬わたしまで固まった。心が刹那冷えたというか。この感覚を活字で味わうのはすごいと思う。
小説を読んでいる時に大事だと思うのは、物語の中の世界にどれだけ没入できるかということ。
それをうまくできる作家が辻村深月だと思っている。
傍観者なのにみんなに共感している。真実を憐れんでいる。架はなんだかback numberの曲の主人公みたいだった、なんとなくいちばん近いはずの存在なのにいちばん遠かった気がする。個人的には。まあそれでも善良な架は全然嫌いになれない。むしろ好き。


架にも見覚えがあり、真実にも見覚えがあり、
元カノあゆちゃんにも、架の女友達にも見覚えがある。
架は知り合いに見えたし、女友達もまんまで笑ってしまった。
「ずっと、嫌いだった」わたしも。


ビジョンのある女が結婚という名の幸せを掴む、そんなこと言ってたけど、結婚が幸せなのかもわからない。結婚してる方が幸せだと思える瞬間は多いのかもしれないけど私には結婚というものがとてつもなく遠くて願望もなくて、だから今若いからといって婚活を始めたって誰にも選ばれないんだろうなと思った。
だって、誰とも結婚したいと思ってない。家庭を築きたいと思っていない。私は私の好きになった人としか結婚したいと思ったことがない。
歪んでいるから、自分のこと好きじゃなさそうな人ばかり好きになるから、だから、誰とも付き合えないし、恋愛もできないんだっていう言い訳で結局のところ誰とも恋愛をしようとは思っていない。運良く元彼と復縁した時だって、私は自分のことしか考えてなかったんだと今更ながら思うこともある。向こうも同じようなものなのでそのこと自体に後悔とか自分を責めるつもりはないのだけど。
相手の気持ちに寄り添うことも、思いやっているみたいな顔をしてしんどいことから目を背けて世界なんか死んじゃえばいいのにって心の中で思ってて、自分だけが幸せならいいなって考えてたんだと思う。私は私が好きで価値を低く見積もられたくないし、誰かに100点じゃないって思われたくない。甘えている。

「あとは、本当は容姿に自信があるのに、顔が整っているからこそ、男性の側が自分に他の男性がいたかもしれないと気にしているのではないか、とかね。資産家であることも、個性的であることも、美人であることも、本当は悪いことではないはずなのに、婚活がうまくいかない理由を、そういう、本来は自分の長所であるはずの部分を相手が理解しないせいだと考えると、自分が傷つかなくてすみますよね」
p.111

恋愛だから刺さるとかではなくて、甘えた生き方も、見下ろすことの馬鹿馬鹿しさも、なのにそうしなくちゃ生きていけないことも、時にある悪意が無意識で相手にとってはなんでもないことであることもわかっているし、大人になればわかるはずなのに、私たちはいまだに善良を信じて傲慢に生きている現実を突きつけられるのだ。
「名作だ」「とても感動した」なんて作品は少なくない。
今は本屋大賞もあるし、色んな賞があり、SNSもインターネットも検索すればいくらでも万人受けする作品は出てくる。
だけど、何回も読み返したいと思える作品に出会えることは多くない。
名作でも、もう2度と読みたくないような辛い作品も意外と多い。
大学に入ってからは思いつくのは「男ともだち」くらいのもので。(パッと思いつくほど手元にあって何回も読んでいる作品は。)だけどきっと「傲慢と善良」はまた読み返すのだと読み終わった後に思った。そして読むたびに小さな棘に刺されて血を流して、また強くなりたいと願うんだろう。

もっとグサリと刺されたい方はこちらを。
『不機嫌な婚活』安本由佳/山本理沙
結婚に限らず自分の生きたいように生きられたらいいですね…!

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