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新海誠、お前マジでいい奴だな。

2011年3月11日。

中学生だった俺の目に映る民放の緊急速報。

押し寄せる波に攫われていく車、家。

何が起きてるのかも分からなかった。

出てくる言葉も無く、ただ見つめる事しかできなかった。



新年度、程なくして転校生が来る。

東北から来たという彼は車とバスケが好きな快活そうな男の子だった。

同じように車とバスケの好きだった俺の幼馴染と意気投合して、すぐに打ち解けていた。

一方で俺はというと、何もできなかった。

テレビでしか見た事なかった東北のあの光景が急にリアリティを帯びて現実に迫り、眼前の転校生を心のどこかで敬遠していたのだ。

何を話せばいいのか分からなかった。

言葉が見つからないから次第に接することも無くなった。

でも、時折見せる彼の寂しげな表情は今でも覚えている。



───あれから11年。

『すずめの戸締まり』はそんな俺に優しさを教えてくれた。

主人公すずめは東日本大震災の被災者だ。

あの日、母親を亡くし伯母に引き取られた境遇を持つ高校2年生の女の子である。

冒頭、彼女は登校途中でロン毛のドスケベむんむん男子大学生と出会い、だらだらの汗をかいて恋に落ちる。

地震と同じくらい何の脈絡もなく、唐突に。

女子高校生には眩しすぎるくらいに眉目秀麗な彼は、それはまぁ複雑怪奇な家業をしており、それに巻き込まれていく事になるのがこの映画の大まかなあらすじだ。

宮崎から愛媛、愛媛から兵庫、兵庫から東京、東京から宮城と、点々と旅をし、ドスケベむんむん男子大学生の家業の手伝いをすることになるすずめ。

「人は生きている限り、誰かに迷惑をかけ続ける生き物なのだ。」と、この映画を通して新海誠が我々に訴えかけるかのように、すずめは旅の道中、たくさんの人に出会い、たくさんの迷惑をかけて、たくさん謝る。

愛媛で出会ったみかんギャル。神戸まで送ってくれたスナックのママ。安いオープンカーの貧乏ホストみたいな彼。そして、親を亡くした少女を引き取ることで自分の人生を犠牲にした伯母。

すずめはたくさんの人に出会い、幾度も迷惑をかけて旅をする。

たくさんの迷惑をかけて人生を生きる。

精一杯、生きる。


この映画から抽出できる新海誠が伝えたいであろうメッセージ。

「人は迷惑をかけて生きる生き物だから、たくさんの人と出会って、たくさん迷惑かければいい。むしろそうやって歩む人生って素敵だろ。辛いことも山ほどあっただろうけど、これからもいっぱいいろんな人に迷惑かけて素敵な人生歩んでこうや。」
 
みたいなメッセージ。

端的に言って、めっちゃ優しいと思った。

被災してない俺には、当事者の辛さは分からないけれど、でも、この映画を観て良かったと心から思えた。

2011年3月11日、理不尽に故郷を更地にされた誰かに、唐突に大切な人を亡くした誰かに、ものの一瞬でたくさんの思い出を奪われた誰かに、突然いつものような日常が戻らなくなった誰かに、かける言葉がようやく見つかったから。

当時、馬鹿な中学生だった俺が転校してきた彼にできなかった“優しさ”を新海誠が教えてくれた。

たくさん辛いことがあっただろうけど、故郷を離れた先での出会いは決して悪いものではなくて、そこで出会った人々にかける迷惑はとてもかけがえのないもので、迷惑をかけられることもまたきっと素敵なことなんだって、11年越しにようやく俺の中で咀嚼できた。



「観客の何かを変えてしまう力があるのなら、美しいことや正しいことにその力を使いたい。」
新海誠

新海誠、お前マジでいいやつだよ。

何でこんな映画作れるんだ。

こんなにド直球火の球ストレートなディザスター映画を、優しさだけで前途洋々希望に満ち満ちたロードームービーに変えちゃうお前はマジで何者なんだ。

あの日、被災してずっと傷跡を抱えたまま11年間過ごしてきた人も、被災しなかったものの被災した誰かを横目で見て、どこか気まずい思いをしていた人も、この映画を観てきっと救われたよ。

少なくとも俺は救われた。

ありがとう。

素敵な映画をありがとう。


「自分が書き換えられたような、決定的に大きな衝撃だったのは、やはり東日本大震災です。当時すでにアニメを作る仕事をしていましたが、自分のやっていることはこれでいいのか、ただ自分の場所にとどまって仕事をしていていいのか、アニメーション映画を作る意味って何だろう…と自問自答しました。その感覚が10年以上ずっと続いている、そんな気がしています。」
神戸新聞NEXT

お前さ、6年前の「君の名は。」から何かに取り憑かれたかのように作風を変えて、真摯に“災害”をテーマとして扱うようになったよな。

それってつまり、あの日を境にして、お前は作家性をも変えてまで“何か”を観客に伝えようとしてたってことだろ。

あの日から、あの惨劇を忘れて仕事した日は1日たりともなかったんだな。

凄いよ。まじで。

やっと隕石や豪雨を使ったメタファーではなく、本物の震災を扱えるようになったんだから、この映画は間違いなくこの11年のお前の集大成だよ。


災害大国日本で明日に恐れず、今を懸命に共助して生きるエネルギッシュな日本人への賛美。

「あの日を乗り越えて今を精一杯生きてる貴方は貴方自身が思ってるよりもずっと強い人間だから大丈夫。貴方の周りの人間は貴方が思っている以上に優しい人間だから大丈夫。これから先の人生、きっと素敵なものになるから大丈夫。」


東日本大震災から11年経った今、映画を通して1人でも多くの日本人にこのメッセージを伝えようとメガホンを取ったお前は誰よりも優しいやつだよ。

新海誠、お前マジでいいやつだな。

お前のおかげで明日の朝、家を出るときに胸を張って「行ってきます。」って言えるようになった日本人、きっとたくさん居るんじゃないかな。

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