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【禍話リライト】電柱を巡る話三題

元祖!禍話 第二十三夜(2022年10月8日)より電柱にまつわる3つの話

同じ場所の喫煙者


「ほら、一人暮らししてると、思いつきだけで行動したりしません? 夜中に急にコンビニ行ったりとか」

 その日の彼も、あ、コンビニ行こう、くらいの軽さで夜遅くに家を出た。部屋を出て鍵をかけ、外廊下からふと見下ろすと街灯の下に赤い光が見える。なんだ? と思って目をこらすと何のことはない、誰かが電柱の下で煙草を吸っているのだった。知り合いでもなければ別にこちらを見ているでもない。ふぅん、くらいで特に気にせずコンビニに向かった。

 それが、5回続いた。

 毎回違う人だ。曜日も時間帯も違う。老若男女もバラバラの全く知らない人が、彼が深夜に外出するたびに電柱の下で煙草を吸っている。もちろんそこが地域の喫煙所になっているわけでもない。それなのに、5回も。

 なんとなく据わりの悪いものを感じながらも深くは考えずにいた彼だったが、あるとき友人に話すといたく驚かれた。
「その電柱、なんかあるんじゃないの? ちゃんと調べた方がいいよ」
 おおげさな、と思いながらも一度言われてしまうと自分でも気になってくる。その電柱に何か特徴があるわけでもない。むしろ車が通ったら危ないくらいの道幅で、落ち着いて煙草が吸える場所ではないのだ。

 ――調べる、という程ではないにせよ。
 彼は明るい時間帯にその電柱を見に行くことにした。今なら煙草を吸う人はいない。見れば見るほど、どこにでもある普通の電柱だ。やっぱり偶然なんだろう、思いながら彼は何となく電柱の後ろを覗き込んだ。いつも煙草を吸う人がいて陰になっているそこには。

 小さな牛乳瓶のようなものが一本立っていた。

「電柱の下に牛乳瓶って、花入れてお供えするしかないじゃないですか。そんな電柱の前でいつもいつも誰かが煙草吸ってるってなんか気味悪くなっちゃって、でも俺んちからコンビニ行こうと思ったらその電柱の前通らないといけないし」

 その日以来、彼は夜中にコンビニに行くのをやめたそうだ。

かべおじさん


「あの……地域によるのかもしれませんけど、変質者っているじゃないですか」

 十年ほど前、彼女が大学生だったころの話である。

 彼女は武道系のサークルに所属していたが、その日は練習で帰るのがすっかり遅くなってしまった。大通りを歩いていると、前から誰かが走ってくる。
「助けてください!」
 見れば制服姿の女の子2人組である。明るいところへ誘導して話を聞いてみると、どうやら変質者に遭ったらしい。狭い道でおじさんから急に言いがかりをつけられ、追いかけられて逃げてきたという。それは大変と女の子たちをかばうようにして変質者に立ち向かう覚悟をした、ものの。

 来ない。

 姿が見えないどころか声も聞こえてこない。かと言って、女の子たちが嘘をついているようにも思えない。
「あなたたち、どの道から来たの?」
 大通りまでは出て来ず諦めたのかもしれないが、来ないからと言ってこのまま別れるのも心配だ。自分も女性だが、幸いにして武道の心得がある。彼女は女の子2人を明るいところで待たせ、おじさんに追いかけられたという路地に様子を見に行くことにした。

 注意深く近づくと、路地から男の声が聞こえる。誰か他のターゲットを捕まえたのか、とそっと路地を覗くと確かに女の子たちが言うような風貌の男性がいた。お前たちはなんだ、大人を無視するな、というようなことをしきりに言っている。

 ただし、壁に向かって。

 正確に言えば壁に真っ直ぐ向き合っているわけではなく、視線は少し下の方、何か自分より小さい人、あるいは物に対して言葉を投げているようだ。ただ、多少視線が上だろうが下だろうが、そこに何もいないということに変わりは無い。
 彼女は女の子たちのところに戻り、遠巻きに見える位置まで連れてきた。
「……あの人?」
「はい、あの人、あの人です」
「え、でもなんで壁と話してんの?」
 ひそひそと囁き交わす3人に気づく様子もなく、男性は壁に絡み続けている。

 よくわからないが、とりあえずもう危険はないだろう、と判断して彼女は女の子たちを帰し、自分も家に帰ることにした。帰宅してから友達との電話で笑い話として軽く披露し、何だったんだろうね、と笑い飛ばしてこの話は終わった。

 はずだった。

 夜遅く、友達から電話があった。さっき変質者の話をした友達だ。
『あのさ、さっき変質者の話してたじゃん。あたしちょっとコンビニ行こうと思ってさ、そんでついでだからそこ見に行ってやろうと思ったんだけど』
「なんでよ、もういないでしょ見に行っても」
『……それがさ』
「え?」

『まだいる』

 警察を呼ぼう、ということになった。

 近所だったため彼女も野次馬しに行くと、大通りに停まったパトカーの横で警察官が男性を座らせて話を聞いているようだった。ベテランらしい警察官が、こんな夜中に大きい声出しちゃダメだよ、などと話しかけているが男性はまともに答えられていない。名前や住所もろくに言えないようだ。結局、おじさん寒いでしょ? ね? ほらあったかいとこ行こう、乗って乗って、と男性は連行されていった。
 男性をパトカーに乗せるとき、警察官のぼやきが彼女にも聞こえたそうだ。

「また同じとこですよ、って。そう言ったんですよね」

 おかしな人がいたというより、おかしな場所があった、ということらしい。


猫の電柱


「知り合いの話なんですけど、知り合いですよ? そいつが酔っ払って立ちションしたって言うんですよ」

 飲み会の帰り、どうしても我慢出来なくなった知人は電柱の下で小用を足すことにした。開放感を味わっていると後ろからシャツの襟首を引かれる。てっきり連れがイタズラをしているのだろうと思った知人はやめろよ、と笑ったがイタズラは止まない。どころか、更に強くぐい、ぐい、と襟首を引かれる。苛立った知人は勢いよく振り向いた。

「おい、やめろや!」

 誰もいない。

 連れは思っていたよりずっと離れたところにいた。ゾッとして駆け寄った知人は汚いと罵倒されたどころか更に理不尽な叱責を受ける。

「ていうかお前、どこでションベンしてんだよ!」

 立ち小便をすることは断りを入れたにも関わらずこの言い草である。知人が抗議すると連れはそうではないと言った。

 曰く。知人が用を足していた電柱の下ではしばらく前に大きな猫が死んでいたことがあり、死んだことそれ自体は凍死か何かで不自然なことではなかったのだが、それ以来その電柱の下は「やめとけ」というのが近隣住民の暗黙の了解らしかった。近くに住む者はそこにゴミを捨てたり汚したり等は一切しないそうだ。
 ましてや立ち小便など。

「お前……言えよ!」
「知ってると思ったんだよ!」

「それから半年? くらいは時々引っぱられた――って言ってましたよ。誰もいないとこで後ろから、ぐい、ぐい、って。ワンチャン懐かれたと思っといた、らしいですけど」

言いながら彼は、シャツの襟首を直した。



(なお、放送時には電柱にまつわる話がもう一題あったのだが、今回まとめた3話とは「怖さ」の方向性を異にするため割愛した)


本記事は、無料・著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」より、一部を再構成の上で文章化させていただいたものです。
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2022/10/08 元祖!禍話 第二十三夜
「同じ場所の喫煙者」(08:50~)
「かべおじさん」(17:03~)
「猫の電柱」(22:39~)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/747675463


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