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【禍話リライト】赤い扉


 赤い扉があるのだそうだ。

 取り立てて特徴もなく、部屋数が多いことくらいしか取り柄のない田舎のラブホテル。今は廃墟となったそのラブホテルにはひとつだけ、赤い扉がある。たとえばVIPルームであるとかそういうわけではなく、ごく普通の扉が並ぶ中に理由もなく赤い扉がひとつだけあるのだ。その中に入るとよくないことが起こり、不幸になる。最悪、死ぬ。

 ――彼らが行くことになったのは、つまりそういう噂のある場所だった。

 いや、大半のメンツの気持ちの上では、「行かざるを得なくなった」の方が正しかっただろう。そこに行くと言い出したのは彼らの「先輩」たるAさんで――田舎では卒業しようがなんだろうが先輩後輩という力関係が継続することがままある――そんな物騒な噂のある場所にわざわざ行きたくはなかったが、今後の人間関係を考えると断ることもできなかった。Aさんの彼女であるBさんがそっと、みんなごめんね付き合わせちゃって、と自分も付き合わされた側であるにも関わらず申し訳なさそうに言ってくれたのが唯一の救いだった。

 AさんとBさんと、幾人かの後輩。一台のワゴン車に乗り合わせて真夜中に着いた廃墟は、三階建てだか四階建てだか、むやみに広かった。
 手に手に明かりを持ち見て回ったが、赤い扉など見つからない。探し方が悪いのか、何か条件がそろわないと出てこないのか、そもそも噂はただの噂であって赤い扉など存在しないのか。廃墟の外で待っていたAさんに見つからなかった旨を伝えると、Aさんは思うように事態が動かないのが気に入らないのか機嫌が悪くなり、もう一度探して来いと言った。しかし不機嫌になられようと無いものは無いのである。メンツの半数ほどが再び廃墟に入り、わずかでも赤く見える扉でもいいからと探してみたが、やはり見つからない。
 Aさんの不機嫌は深まる一方で、最初のうちは大人しく付き合っていた後輩たちの間にも反発心が広がってくる。だんだんと嫌な空気になってきたところで、一人、戻って来ない人間がいることに気づいた。
 そいつ――仮にCとしよう――はAさんの不機嫌に対して意地になり、絶対に赤い扉を見つけてやると息巻いていた男だった。皆で廃墟を見上げてみるが、明かりが動いている様子もない。怪我でもして動けなくなっているのではないかと心配して電話をかけてみたところ、Cはあっさりと電話に出た。

「おい、何してるんだよ、大丈夫か?」
「ああ、ごめん。もう戻るよ。うん、よし、できたできた」

 できた?

 何のことだか考えているうちにCが妙に晴れ晴れとした顔で廃墟から出てきた。
「いやぁ、お待たせしました。ありましたよ、赤い扉」
 あれだけ探しても無かったのに? いぶかしがりつつもCに案内されるまま全員で廃墟の最上階に向かった。
「ほら、Aさん。赤い扉ですよ」

 Cが指さす先では、壊れて半開きになったドアが、赤い布で覆われていた。

「これでいいでしょ? これが赤い扉です」
 投げやりにCは言うが、全員何も反応ができなかった。赤い扉が見つからないから、作った。そこまではよしとしよう。
「……なあ、C、お前こんな布どっから持ってきたんだよ」
 赤い布といっても、薄いものではない。絨毯じゅうたんのように厚みのある、そしてドアを覆う程度には大きな布だ。隠して持って来られるようなものではないし、廃墟となったこのラブホテルにそんな御大層な絨毯が敷いてあるわけでもない。さっき見て回っていた時にもこんなものは無かった、はずだ。
 ああそれは、とCは軽く言ってずかずかと部屋の中に入っていく。
「ここにあったんだよ」

 Cはクローゼットのドアを開ける。
 そこには赤い布がぎっしりと詰め込まれていた。

「たくさんあったからさ、ちょうどいい大きさのやつ見つくろって」
 しゃがみ込んで布をかき分けるCの手元を見るに、布は手前の方だけに積まれているわけではなく、おそらくクローゼットの奥までぎゅうぎゅうに詰め込まれている。

 廃墟のクローゼットいっぱいに詰め込まれた赤い絨毯。
 誰が、どうやって、なんの目的で?

 全員が絶句している中、急にCが大声をあげた。
「ここが入ると不幸なことが起きる部屋です!」
 どん、と床を叩く。
 これはヤバい、という空気が全員に広がった。
「……うん、ありがとう。これは怖いわ。怖かった。ありがとう、よし帰ろう」
「ここが呪われた赤い部屋で、不幸なことになります!」
 また床を叩く。
「わかったよ、怖い、すごい怖い、これはもう不幸になっちゃうわ、だからもういいから、な、帰ろう」
 なんとかなだめようとするがCは反応しない。この事態を引き起こした元凶であるはずのAさんは黙っている。そうしているうちにCが、今度は無言で床を叩いた。もう説得は無理だ、と悟ってCを抱えるように無理やり立たせて部屋を出た。もういい、とにかく帰ろう。どうにかして階段まで来たところで全員が足を止めた。

 階段に、赤い布が敷かれている。
 階段に、あの部屋にあったのと同じ赤い布が敷かれている。
 来た時には何もなかった階段に、あの部屋にあったのと同じ赤い布が敷かれている。

「……何だよこれ、誰か連れてきてたのか? 仕込みか?」
 Aさんが言うが誰も反応できない。
「そう……よねえ、こんなこと……誰かいないとできない、よね……?」
 Bさんが呟くが誰も答えられない。

 全員、一台の車に乗り合わせてここに来たのだ。
 ここにいる人間以外には誰も来ているはずがない。

「おい、仕込んでるんだろこれ、呼べよ、仕込んでる奴呼べよ!」
「不幸なことが起きるんです!」
 苛立ったAさんの怒鳴り声に応えるようにCが座り込んで叫び、床を叩く。いいから帰ろう、外に出よう、下に降りよう、と場を宥めすかして階段へ向かう。
 幸い、赤い布は階段すべてを覆っているわけではなく、左右には空いたスペースがあり布は踊り場あたりで途切れていた。おそるおそる左右に分かれて階段を下り、布の途切れた踊り場まで来たところで何となく気が緩んだ。

 その途端。

 ガチャン! バタン! ドタドタ! パリン!

 建物のあちこちから騒々しい物音が響いた。
 ドアが開く音、物が割れる音、人が歩き回る音、今の今までシンとしていた誰もいない真夜中の廃墟にありとあらゆる物音が響きわたる。

「あっ、そうか、そうかぁ、わかった!」

 Bさんが明るく声をあげ、全員が救いを求めて次の言葉を待った。

「お出迎えがなかった分、お見送りはあるんだあ!」

 ――もう限界だった。

 我先に階段を駆け下り、廃墟の外に停めていたワゴン車に乗り込む。
「なんだよ、なんなんだよあれ」
「Bさんヤベェこと言ってなかったか?」
「あれ、おい、AさんとBさんは?」
 はたと気づくと二人がいない。どうやら置いてきてしまったらしい。確かめると明かりはすべて持って帰ってきているため、AさんとBさんを真っ暗闇の中に置き去りにしてきたことになる。どうしようか、と言うものの迎えに行くどころか車の外に出られる気すらしない。とりあえずワゴン車のエンジンをかけていつでも出せるようにして、待つだけ待ってみようか……と言っていたところ車の窓が叩かれた。
 全員悲鳴を上げたが、見るとBさんである。
「もう、びっくりしたよ、みんな先に行っちゃうし真っ暗だし、危ないでしょ!」
 おそるおそる窓だけ開けたところ、怒ってはいるがきわめて常識的な内容であり、もう大丈夫だ、と安心してドアを開けようとした。

「あれ、Aさんはどうしたんですか?」
「A? Aはまだみんなとお別れのあいさつしてる」

 ドアは開けずにワゴン車を急発進させた。

「なんだよ! あいさつって! みんなって誰だよ!」
「知らねえよ!」
 阿鼻叫喚のまま50メートルほど行ったところでワゴン車は事故を起こしかけた。それこそ「最悪、死ぬ」ような事故になっていた可能性もあり、放心していたところAさんとBさんが車の後を追って走ってきた。

 二人はとても機嫌よさそうに、ワゴン車に向かって大きく両手を振りながら真っ暗な山道を駆け下りてきたそうだ。

 ――逃げるように再び走り出したワゴン車は、そこから先は事故を起こさず町まで帰り着くことができた。Aさんからはそのあと何事も無かったように飲みに誘うメールが来たが、機嫌を損ねるのを覚悟で断ったところあっさりと縁が切れた。AさんとBさんとは、それきりだという。




本記事は、無料・著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」より、一部を再構成の上で文章化させていただいたものです。
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2022/09/27 元祖!禍話 第二十夜「赤い扉」(50:00~)
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