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復縁したいと思ってる人へ。

大昔、5年付き合った恋人と別れ話になり、一度はやり直す方向に進んだけど結局、別れることになった。決断の猶予を先延ばしにしているだけにすぎなかったので、当然のことだ。

極論かもしれないが、恋も悩みも性格も、要するに「考え方の癖」のようなものだと私は考えている。例えば自分のことをネガティブだと思っている人は、ある現象に対して頭の中でやや後ろ向きな思考に変換する仕組みが定着しているだけで、本人の性質とその思考回路が必ずしもイコールになっているわけではないと思う。

これはポジティブは良いこと、ネガティブは良くないこと、というお話ではなく、ポジティブ思考な人は前述の例とは反対に、何かが起こった時に前向きな思考と選択を生成するような癖がついているだけに過ぎないのでは?というお話。

つまり、私がこの恋人と別れてすぐの頃に、もう一度やり直したくてやり直したくて仕方がなかったことも、この人といる時が一番自分らしくいられる、こんなに気が合う人はいないだろうと信じ切っていたことも、要は自分の思込みで、自分自身にかけた催眠術だったんだと思う。

とはいえ人間。そんなに割り切れるものでもないし、悲しみや後悔を感じなくなってしまえば実際のところ気楽どころか退屈で仕方ないと思う。今、復縁したくてたまらない人に向けて私が言えることは、もし復縁するなら前回の続きなんかじゃなくて、完全にリセットしてお互いが別人としてやり直したほうが良いということ。

以前、私が恋に破れてうなだれている時に友人がかけてくれた言葉がある。

今までのぬんちゃんとまったく違うものを選んで、違うことをして、新しいことを始めよう。変えられるものは全部変えよう。今まで見たことのないジャンルの映画を見て、聴いたことのないアーティストの曲を聴いて、いつもと違う色のアイシャドウを塗って、やったことない髪型にも挑戦しちゃおう。ネガティブならポジティブ思考に、人のためではなく自分のために、初めてのことにどんどん飛び込もう。新しい友達と出会って新しい世界を広げよう。ぬんちゃんはもう前の恋を卒業して次のステージに行けるようになったんだよ。

意訳するとつまりこういうことである。また、吉本ばななさんのエッセイの中で「あなたが日々選ぶものがあなた自身を映し出している」という言葉にもあるように、自身を変えるということはつまり「選ぶものを変える」ということになる。そうすることで冒頭でもお話しした「考え方の癖」もほぐれ、「ていうか私/僕って本当にこの人とやり直したいのか…?」と、冷静に、客観的に考えることができるようなるんだと思う。

もし、前回の続きのような形で復縁しても、また同じ理由で別れることになるだけだと思う。復縁してやっぱりダメだったら今度こそ諦めるつもり、という意見もあるかもしれないが、一度別れた二人なのに変わる努力もしないで上手くいくわけないので、運任せにせず転機と捉えるしかない。恋と恋のインターバルでするべきことは内面と外見を磨くことオンリーなので…。

実際、新しいことを始めるというのはとても楽しい。ワクワクするし、夢中になれるし、新しい自分と出会うきっかけにもなる。私はかつて、なぜかは忘れたが担々麺に夢中になり『大阪 担々麺』で検索して評価が高かったお店を巡ったり、植物園に凝って休日のたびに出かけては写真を撮りまくったり、友人に付き合ってもらってZARAで選んでもらった服を次から次へと試着して初めて黒色の服を買うなどしたが、塞ぎこんで閉じこもっていたら出来なかったことだなと思う。

変えられることは全部変えようという意気込みで過ごしていたら、数か月後にその5年付き合った人から「ぬんちゃんの荷物あるから持っていくよ」と言われ、ついでに軽く飲むことになった。ほどほどで帰ったが翌日「昨日会って、なぜかものすごく新鮮な気持ちになって、また会いたいと思ったからやり直したい」って言われたけど、私はとっくにそんな風には思えなくなっていたので断った。あんなに復縁したいと願っていたのに。相手はまるで変わっていなかった。私にはもう何も魅力的に映らなかった。今ではその人のどこがそんなに好きだったのか思い出すこともできない。

復縁は、元の形に戻すんじゃなくて、新しく創り上げていくって考え方のほうが上手くいくと思う。

復縁も復縁したいと思うこと自体も決して悪いことではないと思うけど、それがすべてではないよと言いたい。悲しみのもつパワーってすごくて、火事場の馬鹿力的な作用が生じて、何かの転機にも十分なりえると思う。どんな理由でお別れするに至ったのかは本人たちにしかわからないけれど、絶望の期間を早く過ぎてひとりひとりが幸せになってくれることを心から祈ってる。お前が言うな~~~!

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