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両親の話。

7月のある日の昼頃、母から不在着信があった。仕事中だったため気が付かず、折り返したが何度かけても出ない。


実家では2匹の犬を飼っていて、私は犬という犬を溺愛しているので実家から連絡があったときは必ず(犬に何か…)と考えてしまう。
電話を寄こしながらラインなどで用件は残していない母の「そういうところ」にため息をつきながら、用件を送るか、急用であればいつでも電話に出られるからとにかく連絡が欲しいとラインで送り、スマホを手放さず夜まで過ごした。


22時頃に母から電話があった。私は極度の狼狽で目眩がした。犬が無事でいてくれたら他のことはなんだって良い。そう思って1年前に同様のことがあったときは開口一番に「弟にお金を盗られた」と泣きながら言われたときのことを思い出していた。


平常を装いながらどうしたん?と聞くと、「あんまり腹が立ったから電話しちゃった、今日パパがさー」と言うので、あ、ただのいつもの夫婦喧嘩か、と心底安堵した。


両親がワクチンの副反応にしっかりやられ、父が珍しく「昼は出前でも頼もうか」と言って母は大喜びし(父は基本的に母の料理しか食べない、母は外食が好き)、とはいえ晩ご飯はいつも通り作らないといけないから母がスーパーに買い物に行って昼の12時までに帰宅、待てど暮らせど父が何かを注文する素振りはなく、お昼ご飯いつくらいにする?と尋ねると「出前なんか頼まへんよ、お前さっき買い物行ってたやんか」とのこと。母がそれは晩ご飯の材料を買いに行ってただけで昼は出前と言ったから何も用意していない、それを楽しみにしていたし今は腕が上がらなくて料理するのは難しい、というと父がもう知らん、僕はなんも食べへん、と言って自室に戻って閉じこもってしまったという。


おおお!両親っぽい!という感想が一番初めに来た。これは相当うちの両親らしいぞ、と。
これだけ聞くと父が悪いように思えるが私はこれまでに何度も何度も母に
「パパはほとんどしゃべらない人だから意思疎通は難しい、だからママも言わなくても分かるやんって思うことがあっても全部言葉にしないといけない、誰に対しても言わなくて分かると勝手に思うことは良くない」
と言い続けているから、買い物行くって言うときに晩ご飯買いに行くから昼は出前って念押ししておけばよかったんじゃない?と言うと、電話の向こうでは癇癪を起こしているようで「ぬんちゃんは全部ママが悪いって言うんだね!」と始まり、おお、母だ、と思った。


それから20分ほど適当に宥め落ち着かせ、まあ離婚する気がないならママも自分で楽しみ見つけてパパの言うことに一喜一憂せずにしな、と言って電話を切った。翌日も仕事なのに。


noteには何度も書いていることだけど、虐待の事実や母の子育てに大きな偏りがあったことと、私が母にどうしても幸せになってほしいと思うこととはなんら矛盾しない。


以下、今までに何度も書いていることを改めて書くので今ままでのnoteを読んでくださってる方には申し訳ないけれど、母は自分で考えたり判断したりすることができない。簡単な選択もできないし、質問しても頭で考えることをせずに適当な事ばかりを口にする。


母はこちらの言っていることを理解することも苦手で、だから気が強くせっかちな姉とはとても仲が悪く頻繁に意地悪をされているので姉といるときは終始怯えているようだ。昔、私にしていたことが歳を取って今自分に返ってきているんだなと、他人事のように思う。
姉がどうしても母に怒ってしまう気持ちも分かる。どうして普通の母親みたいにしっかりしてくれないのかとか、どうして普通の大人のように振舞えないのか、と。


バラエティー番組で芸人さんがご実家に急に帰る、みたいな企画を見たときのショックは忘れられない。
親ってこんなしっかりしてるの?って。
受け答えもできて、たまに面白いことを言ったり、自分の息子に感謝の手紙を書いてもらえたり、それを聞きながら涙を流したり、お前の好きなようにせえと言ってどんと構えたり、するの?親って…


私だけではなく姉もその気持ちはあるはずで、だから自分の旦那の両親と仲良くしてそれを実の親に「あの家のご両親はしっかりしているしお金もあるしうちと大違い!」と言ったりするのだろう。私は両親の顔を見ていられなかった。


一方で早々に母から物理的距離を置いた父や姉とは違い、27歳になるまで母のそばから離れずずっとその姿を見てきた私からすると、二人には一生理解できないだろう母の気持ちも分かってしまう。


母だって好きで何もできないわけではない。他の家族のように仲良くしたいと一番願っているのは母だ。しかしそれを叶えるのは難しいことにもとっくに気が付いているだろう。だからせめてたまに会ったり、姉にご飯を作ってみたりするのだ。不運なことにそういうことをすればするほど姉との距離は広がる。姉は怒りを抑えられないし母は落胆と悲しみの連続でかつての明るさを失っている。分かり合えない二人の間に挟まれ、どちらの気持ちも自分のことのように抱えてしまう私もなす術はない。解決の一番の手掛かりは母がしっかりすることだがそんなことを期待するほうが愚かだ。


誰も、誰かのことをはたから見て幸福だ、不幸だ、と決めることはできない。
それは分かっているけど私から見て両親はとてもじゃないけど幸福そうには見えない。
夫婦仲は悪く、父は何十年もひとりで暮らし、その間に私が大きくなる過程を見ることもなく、私はいまだに人見知りして近所のおじさんみたいな接し方しかできないし、父は自分の家族や育った環境に恵まれず縁を切って母と結婚しているから家族は私たちしかいなくて、根底に親の愛みたいなものへの飢えがあるからなのか姉夫婦にそれを求めているにおいがしてうんざりだし、すべてに対して両耳を塞いでうわー!と大声を出したいような衝動に駆られてしまう。


誰かに幸せにしてほしいという願望が透けて見える人のことが苦手で、今誰か好きな人や付き合ってる人がいるわけではないが結婚して幸せになりたい!とばかり言っている人や、なんか楽しいことないかな~と言いながら自分ではなにもせず他力本願な人を見るとムズムズする。でも前者はあたたかな家庭に育ち「結婚、家庭=幸せ」という方程式が完成している人なのかもしれない。


私は母に、自分で好きなものを見つけてそれに没頭したり、新しいことを始めて悪戦苦闘したりしてほしい。ワイドショーで見聞きした話じゃなくて、最近何に夢中になっているのか聞かせてほしい。娘が自分の思い通りにならないことに癇癪を起こさず(私は28歳、姉は36歳になるというのに)、60年という日々の積み重ねの先にたどり着いた余暇の過ごし方をしてほしい。


だけどそれは母一人の力では到底不可能だ。だから母が好きそうな刺繍のキットを送ったり、映画が見られるようにAmazonのFire TV Stickを買ってあげたり、それを自分で設定することは出来ないから父に相談するように言ったり、父が母が新しいことを始めるのを馬鹿にしたり無下にせずにちゃんとFire TV Stickを設定してあげることを祈ったり、している。
母が娘から離れられないのと同じように、私も母や父が今までの人生があまりにも辛く苦しいことばかりだった分、これから心配事が減って楽しいことや「生きていて良かった」と思えることにひとつでも多く出会えるようにと過剰なくらい願っている。


とりあえずは私が健康で、楽しく生活していることがせめてもの喜びかなと思ってそれを心がけることくらいしかできない。
26歳で夢破れ、様々な要因の重なりにより体を壊し、とうとう母親のもとから離れてやっと自分の人生を歩み始めた私は今たしかに幸福で、健康ではないけれどさして大きな問題はなく、だから何をしているときも常に心の中に両親がいる。年齢的にもボケてしまう可能性は無きにしも非ずだからそうなってしまう間に親孝行がしたい。それが出来る前に私のことも分からなくなってしまったり、命をまっとうするようなことがあれば私は後を追ってしまうかもしれない。最近はその夢を頻繁に見る。


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