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サッカーボールと絵の具 浮気(pixiv_2015年7月23日投稿)

嵯峨野さん、この前女性と抱き合ってるの見たんですよ。
浮気、なんじゃないですか?
そう槇さんに声を潜めて聞いてみる。
打ち合わせ時間10分前に着いて、打ち合わせ室に通されて、お茶を出してくれている槇さんにそう話を切り出した。
「浮気?」
「はい」
「嵯峨野が?」
「はい」
「…」
「…」
お盆を邪魔にならないように立て掛け、「ふむ、」とばかりに上を見て何かを考え始めた。
が。
「…っ、ぶっ…あはははははははは! いいね! 浮気! あいつが浮気! あはははははははは!」
「…え? 爆笑ですか」
「あー、いいねいいね。すればいいよ」
その一言に思わず驚く。
「何でですか」
そう聞き返すと、ひーひーと息を切らしながら槇さんがソファーに凭れ掛かり腕を組んだ。
「誰にも求められないような色気のない奴に俺は惚れてねえもん。年食っても尚そういう目で見られてんならいいんじゃねえの?…っ、くくくく、」
「…」
笑い声が静かな部屋に響く。
「ただいまー…、ん? どうした?」
「お帰り」
「何だ、泣いてんのか?」
あははと笑いながら近付くその顔を覗くと楽しそうに涙を流しながら笑う槇さんを見た。
買って来た荷物を槇さんが受け取り、嵯峨野さんがその涙を拭う。
そのさり気ない動きは誰がそこに居ようと関係ない。
「いい話聞いちゃってさ」
「へぇ?」
事のあらましを話すと「それは違う」と嵯峨野さんが滾々と経緯を説明した。
言い訳とか弁解じゃなくて、ただの説明。
その話を聞いている間、ずっと槇さんは声を殺して笑ってた。

「浮気?」
「はい」
「槇が?」
「はい」
「ふーん」
今度は同じ質問を嵯峨野さんにしてみた。
槇さんは仕事があると自分の部屋に戻ってしまったのでここには居ない。
どんな反応を見せるのだろうとじっと伺ってみる。
「…」
「…」
「…ふ、そう」
「もー!! 何で二人共笑うんですか!!」
どうしてこの二人ってこういう所感性が合うんだろう。
思わず目の前のテーブルに両拳を打ち付けた。
「推奨はしないけど俺以外と関わって何か新しい刺激とか受けたんなら、それはいいことなんじゃない?」
「はぁ~?」
「あぁ見えて仕事人間だから、たまには羽目外してストレス発散してもいいと思うよ」
そう笑いながらそんなことをさらりと言う。
その感覚が不思議過ぎる。
「…浮気でもですかぁ?」
「俺に不満があっての浮気だったら問題だけどね。それ以外なら別に」
えー? と思っているとひょいと槇さんが顔を出す。
「俺の方にお前の手紙混ざってたぞ」
「あぁ、」
「…何だ、また浮気話か」
私の納得行かない顔を見抜いたのか、槇さんが言い当てて来た。
「嵯峨野さん、槇さんが浮気しても容認するんですってよ」
「お、マジか」
嵯峨野さんを見下ろしながら楽しそうに槇さんが笑うと、嵯峨野さんもそれを笑顔で見上げていた。
「願望はあるんですか?」
「願望だけはみんなあんじゃねえの?」
「…じゃあ、好みとかドンピシャな人が居たとして、したいですか?」
「…言い方が体だけー、みたいな言い方だよな」
「…浮気ってそうでしょ?」
そういうもんでしょ、と聞き返すと槇さんは少し考えるように腕を組んだ。
「体だけなら浮気じゃねえだろ。そいつと寝ても、また他に好みが居たらそいつ捨てて次行くんだろ? 浮気にもなりゃしねえ。ただの気まぐれだろ」
「…何なら浮気になりますか?」
そう問い掛けると「…んー、」と手を顎に置いて腕を組む。
嵯峨野さんと目線を合わせて少し考え始めた。
「…こいつが絵も描かずに誰かに現抜かし始めたら…? そりゃもう本気か」
そう自分にツッコミを入れながら再び嵯峨野さんを見下ろす。
嵯峨野さんも特に表情は変えずに槇さんをじっと見ていた。
「そのぐらいになったら怒りますか?」
「…うーん、怒るかなぁ…? 失望するかもな」
「…そしたら別れるんですか」
「そうだな」
何の躊躇いもない肯定に、こっちが驚いた。
そして何でもないかのように「夕飯食ってくか?」とか聞いて来る。
嵯峨野さんもあたしのカップが空なのに気付いて「おかわりいる?」と聞いて来る。
浮気の話なんか気にも留めない。
「…」
この二人のこういう所が嫌い。
あたし仕事の話しに来たんじゃなくて、彼氏に浮気されたって、相談しに来たんですけど。

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