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読者と、その友人らしき人と(pixiv_2015年7月31日投稿)

気に留めると、あいつはいつも本を読んでいた。
先生と話をしているのもよく見るが、誰かと会話をしているのは見たことはない。
黒板とノートを行き来する目はあまり人を映さない。
授業中は寝た振りをして、講義室の端から、端の真剣に聞いているその顔を見ていた。
それに気付かれることがないまま半年が経つ。
名前も、声も知らない。
何も知らないままただ見るだけの日々が過ぎて。
未だにクラスの人間と話をしているのを見たことがない。
読んでいる本のタイトルもカバーを掛けているのでわからない。

「あぁこれ、シノミヤに渡しておいてくれるか、」
提出したノートを手渡す代わりに、本を一冊渡された。
「シノミヤって誰ですか」
そう問いかけるより早く先生は講義室を足早に出て行った。
「…マジかよ」
講義室をぐるりと見回してみる。
どれかわからない。
「シノミヤー!」
講義室に響くように叫んでみるとそこに居た生徒が全員注目した。
しかし関係ないのがわかって教室を移動したり友達同士話し始めたりする中、一人こちらを伺って居るのが見えた。
「シノミヤ?」
叫ぶように問いかけると、返事をする代わりに小さく手を上げる。
よかったとばかりに近付いて本を手渡すとあ、という顔になってその本を受取った。
「先生、人をパシリに使ってとっとと行っちゃってさ、」
「…あぁ、どうも」
「何の本?」
少し古めかしい本に目を落としてタイトルを見てみるが何だかわからない。
紫宮もその本の中身について説明してくれたけれど、やはりどんなものか何もわからなかった。
「あ、ちなみに俺、大伴」
「…おおとも、」
「んー。じゃあ俺も移動だから」

会話をしたのはそれ以降もなく、相変わらず端から端をじっと眺めている。
真面目に授業を受けている姿をじっと見る。
それに自分で気付いて「俺気持ち悪い」と目を逸らすが、どうしても見てしまう。
気になる存在、ではあるのだけれど何でこんなになったのか覚えがない。
いつの間にか姿を追った。
本当にいつの間にか。
ある日教室の入口で目が合って、挨拶をした。
普段ならそれだけだが、紫宮が足を止めて俺を見上げた。
それだけでどきりとする。
「…気のせいだったら、悪いんだけど」
「うん?」
躊躇った顔が言っていいものかどうなのかを考えあぐねている。
一度目を合わせ、逸し、声を潜めた。
「…授業中、俺のこと見て、る…?」
「…」
「…なわけないな、ごめん。気にすんな、」
そう言って教室に入ってしまう。
人はまばらであまり居ない。
定位置に鞄を置いて座る姿をじっと見ていた。
気付かれていた、ということへの恥ずかしさより、今少し顔を赤くして座っているその顔に引き寄せられる方が強かった。
紫宮の座っている横に立つ。
少し躊躇った後、ゆっくりと見上げられた。
「見てた」
「ん?」
「授業中、ずっと」
「…」
驚きというよりは不思議そうな顔がずっと見上げていた。
顔がますます赤くなるのが見える。
「ずっと俺の方見ろって思ってた」
「…」
「…」
視線が一度逸れて、またゆっくりと上がる。
「…なんで、」
そう聞かれても俺もわからない、と答えようとして少し考えた。
「その目に映ってみたいとか思ってて」
「…なんだそれ、」
「…なんだろね、」
呆れた顔が笑った。
それだけで嬉しくなった。

家に呼んだ。
外出はあまりしないと言っていたので日中あちこち引き回して、買い物したりぼーっとしたり。
その後、家で何をするでもなく、買って来たもの食べて飲んで。
酔っちゃった、とふざけて抱き着いてみた。
身を強張らせていたけど、拒絶はされなかった。
顔を近付けてみた。
少し逃げる顔を追って近付けると目を閉じられた。
キスした。
「ごめん」
と一度謝って、そのまま押し倒した。
ひたすらキスした。
服の中に手を入れて直接肌に触れた。
「ごめん」
もう一度謝って服を脱がせた。
先に進んでいいのかどうか悩みながらキスを繰り返しているうちに、耐え切れなくなったのか焦れたのか、抱きしめられた。
「もっとしていい?」
返事がないまま抱き締める腕に力が入ったのがわかった。
宥めるように背中を擦りながら隙を見てキスをする。
体の力が徐々に抜けて、少し悔しそうな顔をして「…していい、」と言われた。
嬉しくて。
嬉しくて。

ベッドから降りる気配で目が覚めて、思わずその腕を掴んで引き戻した。
強張った顔が見えて、そのまますぐに背けられる。
「…昨日、」
「…」
掴んでいた腕を辿って手を握った。
ずっと背中を向けられていて、ベッドの縁に座ったまま動く気配はない。
「…冗談とかじゃ、ないから」
その言葉にびくりと体が震えたのがわかった。
「…その、…紫宮が、ホントは嫌だったら…、謝る、」
「…」
「けど、俺はなかったことになんかしたくない」
「…」
「…お前の特別になりたい」

返事はもらえなかった。
いつも通り端と端の席。
寝た振りをして紫宮を見る。
目は合わない。
あえてこちらを向いたりはしない。
目を閉じると昨日の夜を思い出す。
ヤバイと思って目を開く。
「――」
――駄目、なのかな。
昨日はあんなに浮かれていた気持ちが今日は沈んだまま。
――ちゃんと告白して手順を踏んだら、よかったのかな。
しかしそうしたのは自分のせいだと考えが至って、ますます気持ちが沈んでいく。

催促も出来なかった。
いつの間にかの恋に、失恋したんだと。
授業が終わればいつの間にかそこに姿はなく、話すことも出来ないまま日々が過ぎる。

手紙を書いた。
『好きです』
としか、書けなかった。
色々言いたいことはあって、伝えておきたいこともあって。
でも一言しか書けなかった。
何度書いても何度読み返しても気に食わなくて、ただの言い訳のような、一方的な文面を全部握り潰して。
残った言葉がこの一言だった。
授業の前に手渡した。
前に借りた本に挟んで。
紫宮もその存在には気付いて、何も言わずに受け取った。

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