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サッカーボールと絵の具 そんな日々④(pixiv_2015年7月6日投稿)

部屋は別々にある。
当然ベッドも別々。
あの頃と同じように、共同のスペースと各々の部屋。
あの頃と違うのは自分の部屋、プラスアルファ。
仕事道具の置き場だったり、アトリエだったり。
打ち合わせの部屋だったり、それとは完全に独立した自分達のプラベート空間だったり。
人が出入りするようになり、人を泊めてあげられる空間も作った。

「いっその事家でも買うか」
と嵯峨野が突っ走りそうになったので槇が止めた。
「俺らどうせ年の半分は家に居ないじゃん」
「だから家建てて寛げるようにしたい」
じゃあこの関係が後二十年続いたらなと大学を卒業して初めて引っ越しした頃にそんな話をして数年。
「家建ててもらうか」
と今度は槇が突っ走って嵯峨野が乗っかった。
いい建築家や工務店など協力者が現れたことも由来するし、二人の気持ちが何となく同じ方向を向いたというのも理由に上がる。
都心よりは少し離れているが、互いに車の移動が主で大きな道路も近いので苦はない。
探して探してようやく見付けて、これでもかとばかりに打ち合わせして出来た家。
その家が出来てから、もう早くも数年が経つ。

基本互いの部屋には入らない。
一緒に寝る時に部屋に邪魔するぐらいで基本は中には入らない。
別に嫌だというわけでもないのだが、長年の習慣からか何となくそれで落ち着いている。
変わった関係ですねと二人をよく知る人達は言うが、二人は別にそうは思わない。
付き過ぎず、離れ過ぎず、楽で楽しい関係。
顔を合わせるのも一ヶ月に二日あればいい方だ。
それでも不思議と心が冷めたりも離れたりもしない。
嬉しい事があればメールが来るし、美味しいものを食べれば食べさせてやりたいなと思ったりもする。
家族のようで兄弟のようで、長年連れ添った夫婦のようで、付き合い始めの恋人同士のようだったりもする。
不思議な関係だとは思う。
同性に惹かれてまさか一生一緒に居るかもしれないと思うなんて。
でもその感情はとても嬉しくて。
悔やんだり悩んだりしたことはあまりない、と槇が言って、嵯峨野も賛同した。
不思議な関係だと思う。
たった一人に出会ったことで自分の世界がこんなに広がるなんて思ってもみなかった。

「…――」
背中から抱き締められているのに気付いてゆっくりと振り返る。
見慣れた顔がそこにあって無意識にほっと息を吐いた。
昨日帰って来たばかりの槇が倒れるようにソファーに沈んで、暫く寝かせた後夕飯を食べて、風呂に入って、そのまま嵯峨野が自分の部屋に連行するように連れて行くと、そのまま呆気無く眠りについた。
まるで子どもだなと思わず笑ったけど当の嵯峨野も集中が途切れず連日アトリエに篭っていて、そういえば寝ていないと気付いた瞬間に眠くなった。
電池が切れたように数時間眠って。
起こさないように腕をどかして向き合うようにまた横になる。
日に焼けた顔が無防備に寝息を立てている。
すっかり歳相応の顔にはなったものの、高校の時に見ていた部活で走り回っていたあの時の顔と変わらず充実した顔をしている。
槇がその顔をしているうちは、嵯峨野も無茶をして走れると根拠のない自信を持てる。
槇がくたびれた頃に嵯峨野もくたびれれば、年を取った後も一緒に入られるかもなと遠い未来を思う。
不思議だなと思う。
たった一人に出会ったことで自分の人生がこんなに豊かになるなんて思ってもみなかった。

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