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恋の魔法(pixiv_2015年8月4日投稿)

数年前に運び込んだ荷物よりも断然増えた荷物を運び出す。
服、本、小物、DVD、仕事道具、他にも色々。
最初はダンボール二つぐらいだったなと、荷造りをしてぼんやりと思い出す。
一緒に住み始めて数年。
楽しかったことや嬉しかったことがありありと蘇る。
帰ることが楽しみだった。
一人暮らしの時はコンビニや外食だったのに、いつの間にか出来なかった料理も出来るようになった。
見なかったテレビも見るようになった。
ソファーに並んで座って映画を見て感想を言い合ったり、不意打ちで見た昔のドラマで話に花が咲いたり。
「…」
荷物を積める手が止まる。
最近は並んでソファーに座ることも、映画を見ることも、テレビをつけることもなくなった。
顔を合わせなくなり、料理もしなくなった。
女性とホテルから出て来る所を見た。
一度や二度ではない。
一人や二人ではない。
そう言えばいつの間にか減ったセックスに気付いて、ようやく腹をくくった。
昨日から彼は出張に出掛けている。
それすら本当かどうかわからない。
一週間は戻らないとそう言っていた。
これを機にと腰を上げた。
仕事の帰りにダンボールに詰め、新居に運ぶ。
数日繰り返したその毎日で大方運び終わり、シンプルになっていく部屋を見回して歩く。
自分の荷物がなくなっていることに気付くだろうか。
そんなことに気付かず、いつの間にか女を連れ込むんだろう。
最初から居なかったように、ここで暮らすんだろう。
二人の思い出の品も最初からほとんどない。
彼の元に残していくものは何もない。
「…」
ふと眼の前がぼやける。
「…マジかよ、」
泣かないと思っていた。
もう泣き尽くしたと思っていた。
「…大丈夫、」
これは悲しみじゃない。
ただの郷愁。
ただの憂い。
終わるものへの切なさ。
「…大丈夫、」
ポケットから鍵を取り出しダンボールを抱えて部屋を出る。
がちん、と鍵をかける音が重く響く。
鍵のかかったポストの前へ来ると、キーホルダーを抜き取って一度だけ強く握り締めた。
「…大丈夫、」
息を吐く。
鍵をポストの中へ落とすと、金属同士がぶつかる音が誰も居ない廊下に響いた。
ダンボールを抱え直す。
一つ息を吐いて、外へと出た。
振り返らない。
もう流れる涙もない。
あの時かけられた魔法は、いつの間にか綺麗に溶けて消えた。

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