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サッカーボールと絵の具 そんな日々③(pixiv_2015年6月20日投稿)

他の選手との接触でバランスを崩した。
地面に変な風に落ちた。
普通の生活に戻れますが、激しい運動はやめて下さいと、それはまるで死刑宣告。
松葉杖と共に部活に通った。
悔しさと、眺望と、諦め。
見たくないけど離れたくなくて。

「お、」
「おぉ、」
廊下で嵯峨野と会い、それだけ言葉を交わすと無言になる。
じっと自分ではないものに視線が注がれているのに気付き「何だ」と問うと「俺松葉杖のビジュアルってなんか好きなんだよね」とわけの分からない一言が飛んで来た。
「…何だそりゃ」
思わず呆れて笑うと、嵯峨野とまた目が合う。
「今も何か描いてんの?」
「見る?」
「うん」

「…俺がぐしゃぐしゃにしちゃった絵さ、」
「うん」
「どうやってリカバーしたの? 結構酷かったんじゃねえ?」
絵を見ながら横に並ぶ。
嵯峨野は床に座り、俺は机に座った。
その質問の意図が図り知れず、少しだけ窺うように見られたがすぐに視線を戻した。
「うーん…でも、あれはあれでいいなって思ったんだよね。何か不思議なものが立ち込めたようにも見えたから。でも先生とか、回りはそれはちょっと、みたく言うから、展覧会に出すものだし直そうかなあって思って。そう思って見てたら色々見えて来て、じゃあって色々やってたらああなった」
「…」
「今までやって来たものが一気に形変えちゃって残念とか悔しいとか思うのって、それの事が好きでそれとちゃんと向き合ってるからだと思うんだよね。あの時俺別にあの絵をそういう風には思ってなかったからさ」
「…」
「でも直してから、何かちょっと好きで」
「…へぇ、」

嵯峨野の話を聞いていて少しもやもやが収まって。
俺はちゃんとサッカー好きだったんだなって思った。
またいつも通り部活に顔を出す。
そのうち誰々の動きがおかしいとか、気付く事があった。
本人にそっと聞いてみるとその予想が合っていて。
痛めた所を庇っていたりする変な動きがわかるようになった。
それに回りは気付いていない。

それを何とか取り除いてやりたくて色んな本を見た。
自分が通っていた整体の先生にも聞いたりした。
その先生にも本を借りたりしながら仲間と接しているうちに自分の中でのもやもやが徐々に薄れていくのがわかった。
好きなことは『勉強』として捉えないから何時間でも本を読んでいた。
プレーする方じゃない人間としても、サッカーに関わっていられる道を見付けられた気がした。

「…ただいま、」
暗闇の中テレビだけが光っているのに気付いて一応声だけは掛けてみる。
槇は集中すると意外と深く潜り込む。
またいつものように目の前しか見えてないなと思いながらキッチンへ向かうと、やはり何か食べた形跡もない。
買って来た食材を袋から出して冷蔵庫に入れて行く。
電気をつけてみるが反応はない。
取り敢えず他の荷物を自分の部屋に置いてから料理するかと動いていたら、槇と目が合った。
「あ、お帰り…、!? 今何時!?」
「8時過ぎ」
「8時!? マジか!ごめん、飯作ってない…!」
「うん。何か作る。何食いたい?」
「ごめん、俺作っとくって言ったのに…」
「いいから」
はいはいとまたテレビの前に槇を戻す。
窺うようにこちらを見ていたが、また元に戻った。
それを確認して冷蔵庫から食材を取り出す。

目の前に並べていく。
しばらくしてそれに気付き、本をまとめて積み上げた。
「いただきます、」
「召し上がれ」
食べ始めたものの、テレビが気になるのか色々メモを取り始めた。
「槇」
「うん、」
「先に食え」
「うん、」
「食わないなら片付けるぞ」
「うん、」
「…食わないなら押し倒すぞ」
「うん、」
聞いてない。
ふ、と一つ息を吐き、ソファーに体を持ち上げて押し倒す。
「…っ、うわ!? 何…、」
そのまま舌を絡めると、パニックの顔の槇がきつく目を瞑って腕を掴んで来た。
顔を離してその様子を見下ろしていると、槇がゆっくりと目を開いて自分を見下ろすその顔を見た。
「食べないなら、片付けるぞ」
「…た、食べます、」
ようやく聞いたその一言に頭を撫でながらソファーから立ち上がった。
食器を重ねてキッチンへと戻る。
ビデオを停止し、再び食べ始めたのを確認して、思わずしてやったりとばかりにほくそ笑んだ。

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