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三年後の約束(pixiv_2015年10月25日投稿)

「一緒に暮らそう」
ソファーに横になりながらだらけた姿勢でスマホを弄っていたとある日曜日。
BGM代わりにつけていたAVの喘ぎ声が聞こえる中、目の前で自称俺の恋人が正座をして俺に言った。
初めてではないその正座姿を横目で見つつ、今日の夕飯は何を食べようか、そんなことを思っている時だった。
「な? 駄目か?」
「うーん…」
社会人になってすぐ、こいつと付き合って五年目。
わざとらしく溜息をついて、天井を見上げた。
「三年前、その時もそれ言った翌日、『昨日楽しかったね。また一晩中ハメ倒して(ハート)』っていうコテコテにデコられたメールと、ハメ撮り写真何枚も送られて来たよな。俺の携帯に」
「…」
「何で俺のメール知ってたんだって言うツッコミと、しかも俺に送って来るっていう確信犯のあの男は美容師だっけ? あ、そいつとはまだ続いてるんだっけ」
「…別れたよ、そんな怖い子」
「へー」
そうですか。
当時から怒りも恐怖も特になく、しかしメールを突きつけたその顔は真っ青で、一ヶ月謝り倒されたのも懐かしい思い出。
「後は? あの、夜中毎日のように誘って来る奴は?」
「何か彼氏が海外赴任らしくてついて行ったらしい」
帰宅時間に合わせて鳴る携帯に毎回マメだなぁと思っていた記憶がある。
当時相手は大学生。
待ち合わせ場所にその子が来たこともある。
俺を値踏みするように頭の先から爪先までじーっと見て、一瞬笑ってあいつの腕に掴まったのも何度か見た。
これは何でもないと言い訳しながら引き攣った顔を見たのも一度や二度じゃない。
確かに綺麗な顔してるなとしみじみ思った記憶もある。
「へぇ。じゃあ高校教師は?」
「…結婚した」
これはこいつの高校時代の担任。
同窓会で再会、当時は新任で目をつけてはいたらしくそれを機にこいつが口説いて、落ちて、隠れるように会っていたのも知っている。
でも真面目な人だったらしく俺の存在を知って身を引いたという話も聞いた。
別に俺としてはそのままの関係続けてもらってもよかったんだけど。
その日会ったこいつは目にも明らかに落ち込んでいるのが丸分かりだった。
「会社の後輩は?」
「終わった」
「何で。可愛かったんでしょ?」
「実家の東北に帰った」
「あーあ」
歓迎会でお持ち帰りして以来週2、3のペースで会ってた筈。
黒髪の童顔で体育会系のきちんとした縦社会を形成していて気持ちいいくらいの真っ直ぐな青年だったと記憶している。
そんな子がお持ち帰りされるとは俄に信じられないが、こいつの手管にやられたんだろうと見知らぬ青年を思ってそっと手を合わせたこともある。
そうか、別れてたか。
確かにこいつにはもったいない程のいい子ではあったけど。
「ふーん…じゃあ俺しか残ってないから確保しておこうってこと?」
「違う」
「へー。で、また明日にハメ撮り写真が俺の所に届くのかな」
「…」
「三年後、俺はまだお前の側に居るんでしょうか?」
「居て下さい」
ふーん、と呟いて料理のページを検索する。
あ、これが美味そうと思ってお気に入りに登録した。
「俺のことなんか気にしないで沢山の人と楽しめばいいじゃん」
これは本心。
こいつと付き合う理由も別に俺のものになって欲しいとかそういういわゆる『独占欲』も湧かない。
好きな時に好きなように会って、好きな事して、好きな時に帰る。
例えばこれから恋人呼ぶから帰ってと言われれば帰るし、それに怒るでもない。
そんな関係が五年間。
キスもセックスもするけど、嫉妬や憎悪もない。
俺はそう思ってやって来た。
「そこにお前が居なきゃやだ」
「俺をここに置いといて、お前はどっかで楽しんでんだろ?」
「そんなこともうしない」
「何回か聞いたね、その言葉」
「もう言わない」
「俺も別に聞きたくない」
「なぁ、一緒に暮らそう」
これからもそうなんだと思ってた。
なのに数年周期で言われるその言葉にも多少なりとも驚きはする。
でもその翌日に大体浮気やら何やら発覚するから、この関係は特に変わることなくこのまま続くんだと思って五年。
しかし今回は何かこいつの中では違うらしい。
「浮気しない。大事にする。仕事頑張って出世もする。だから」
「それ全部実行出来たら考えてもいいよ」
そう言うと俯きかけていた顔がばっと上がった。
「…ホントだな?」
「浮気は見破れるし、浮気現場を告げ口してくれる頼もしい仲間達居るし、」
「ずっと見張っててもいいよ」
「大事にする、の基準はわからないけど出世は頑張って」
「うん」
素直に頷いて膝立ちで俺のすぐ横に近付く。
また食べたいものが見つかってお気に入りに登録した。
画面から目を離してまた天井を見上げる。
「そうだな、また三年後? 俺を見限ったりしなければまた言って」
「…三年だな。三年の間に浮気せずにお前のこと大事にして出世すれば一緒に暮らしてくれるな?」
「いいよ」
「一生だぞ」
「いいよ」
「約束だぞ」
「…念書でも書くかよ」
しつこさにそう言えば「じゃああとで書いて」とソファーに登って来て俺の上に跨る。
そのままキスされて、抱きしめられた。
こんなことを三年前にした記憶もある。
浮気はしない。
指輪も買って来る。
そう言っていた記憶もある。
期待もしていないから絶望もない。
「…」
俺を抱きしめているこの腕は、他に何人の人達を抱いて来たんだろう。
天性の浮気者が俺なんかに捧げる筈もない。
「ユウも、浮気しちゃ駄目だからね」
「…お前の基準だとどっからが浮気?」
根本的なその質問に、視線がどこか遠くを見る。
考えたこともないかのようなその顔を見上げながら、どんな答えが帰って来るのかを楽しみに待った。
「…二人で食事とか、二人だけで会うとか…」
「はぁ…、…意外な答えだなぁ」
「…」
そう言って思わず笑うと、少し拗ねた顔が俺を見下ろす。
三年前にはしなかったやりとり。
自分は散々それ以上のことをしているくせに俺にはその程度で浮気と言うのかと呆れもする。
「…あと、これはお願い」
「何?」
「…俺の事ちゃんと好きになって」
返事を待たずにキスされた。
ふーん、と思って何も言わず真ん前にある顔をじっと見ていた。
三年後、俺達はどうなっているのかなんか知らない。
俺に好きな相手が出来るかもしれないし、こいつは『運命の人』を見付けてそれこそ浮気もせず真っ当に生きてるかもしれない。
まぁ、それはともかく。
スマホを顔の目の前に突き出してみせる。
「?」
「夕飯これ食いたい」
そう提示すれば、しばらく眺めて過程を覚えたのか「わかった」とキッチンに向かって行った。
俺はまたスマホを弄り出す。
テレビの中ではまだ女優が騎乗位で喘いでいる。
その向こうでは野菜を手際よく切る音が聞こえて来る。
車が通って行く音が聞こえ、子どもが笑いながら走るのが聞こえる。
そしてすぐそこのテーブルで携帯が震えているのが聞こえて視線を向けた。
「ミヤー、携帯鳴ってるぞー!」
画面は見えない。
しかしあいつは慌てて携帯を掴んで、キッチンにまた戻って行く。
それを気にせず画面に目を戻して料理の出来上がるのを待つ。
『――主人には、秘密にして、』
荒い息遣いが部屋に響き渡る。
テレビの中の女優はがうっとりとした表情のままそう呟いて画面が暗転した。

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