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金曜の夜 (other side)(pixiv_2015年7月13日投稿)

初めて行った店でフードを被った人がカウンターに座って居た。
手に持っているのはガラケーで、僕もスマホじゃないから親近感がそこで湧いた。
少し遠くで眺めていたけどこちらに気付く気配もない。
携帯を開いては閉じ、閉じてはまた開く。
その度に肩が落ちる。
「お暇ならお相手願いたいな」
ダメ元で声をかけたら、どうでもいいという顔で応じてくれた。

演技がかったその動きに、持って行かれそうになる。
汗で張り付いた髪を掻き上げて顔を覗き込む。
僕の事など映してくれないその目に、少しでも映ってみたかった。
意地悪く、ゆっくりと事を運ぼうとした。
自ら誘って来るその態度を制しながら、焦らして、焦らして。
「…しつ、こい…、」
潤んだ目で睨まれた。
初めてその目に映って、嬉しくなった。
焦らしたことが功を奏したのか、演技が少しずつ減って来て、最初とは違う顔が見られた。
形振り構わないその姿にまた持って行かれそうになる。
それでも箍が外れたその姿に、もうこちらも耐え切れることなど出来なくなった。
シーツや枕を握って、決してこちらに伸ばされなかった手が触れて掴む。
可哀想なぐらいに乱れた息が部屋中に響き渡った。
ごめんねと心の中で謝りながらゆっくり、乱暴にならないように追い立てる。
顔を近付けたらキスをしてくれた。
そのまま追い立てて中に挿れたまま達したのを見て嬉しくなった。
でも、罪悪感の顔がそこにあって。
力の抜けた体が、腕でゆっくりと隠れた。

うとうとしていたらごそごそと音がしているのに気付いて、そちらを見るともう帰り支度万端整っている姿に思わず目が覚めた。
またフードが被られて、さっきまで見えていた綺麗な黒髪が見えなくなってしまった。
溜息をついたのが聞こえた。
輪郭がぼんやりと光ったのが見えたから、また携帯を開いたんだと思う。
「…」
立ち上がって扉に向かって行く。
「…どこ行くの?」
「終わったから帰る」
また目を合わせてくれなくなった。
でも、帰らないで、と言ったら留まってくれるのかなとちょっと期待をした。
寂しそうに俯く顔をこちらに向けたくて甘いものの話をした。
興味ないようだったけど。
それでも無視して出て行かないその姿に、彼の内面を見た気がした。
「じゃあ何好き?」
「セックス、」
「それは僕も好き」
そう言っておきながら、また罪悪感の顔。
誰かを思い出しているのか、誰かを恋焦がれているのか。
帰ると言いながら、彼は出て行かない。
服を着ながらゆっくり近付いて、彼の前に立った。
逃げる気配はないけど、警戒を露わにしているのは見て取れた。
触りたいなと思ったけど、どう触っていいかわからなくて。
「帰らないで欲しいなぁ、」
手を伸ばしたら逃げられそうで、ゆっくり近付いて頬にキスした。
逃げずにそこに居てくれて、ほっとした。
今度は逆の頬にしてみる。
また逃げずにそこに居てくれた。
ゆっくり腕を伸ばしてみた。
抱きしめてみた。
逃げられなくて安心して、明日まで一緒に居ようと言ってみたら頷いてくれた。
嬉しかった。
携帯の向こうの知らない人に、少し優越感が湧いた。
朝起きてそこに居てくれてほっとした。
陽の光の下で見る顔は幼かった。
少なくとも同年代じゃない。
犯罪かもなー、と思いながらも起きるまでその顔をずっと見ていた。
年齢を聞いたら23と言っていたから、ちょっとほっとした。

甘いものを食べに誘う。
甘いものが好きではないくせに応じてくれる。
主に毎週金曜日。
予定が合えばそれ以外の曜日にも会える。
待ち合わせして、ご飯食べたり、甘いもの食べに行ったり、買い物したり。
セックスはあれ以来していない。
会話にも出ない。
それでも充分満足出来ている自分にも驚く。
あの日以来フードを被る姿を見ていない。
シンプルなシャツ姿が多い。
最初の頃に比べてよく笑うようになった。
よく話すし、携帯も見ない。
甘いものを見ながらブラックのコーヒーを飲んでいる。
「甘そ、」
と、眉間に皺を寄せたまま。
一口分差し出すと更に眉間に皺を寄せて一つ溜息を付き、それを食べる。
そして「甘っ」と呟いてコーヒーを飲む。
そんな態度をとるくせに拒否されたことはない。
彼と一緒に居る時間は幸せで顔が緩む。
「今度行くのは水羊羹が美味しいお店でね、」
今度行く店の予告と説明をする。
甘いものが苦手なその体質をいつかは少しでも変えてやりたくて。
とは建前で、別に甘いものが苦手ならそれでもいいと思っている。
一緒に店に行って、甘いものを僕が食べる。
それを眉間に皺を寄せて、じっと見ている。
これがあの日からずっと。
次に会うのは週末の金曜日。
今度の金曜日で出会ってから一年になるのを、彼は覚えていたりするだろうか。

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