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終電。 5(pixiv_2015年6月19日投稿)

――よろしくおねがいします。

その後、朝食を一緒にとって、暫く話すこともないまま一緒に居た。
無言で横に並んで座って居ただけだがとても心地よく、時間は早々と過ぎて行った。
「帰りは電車?」
「…タクシー。家の最寄り駅がよくわかんなくて」
その答えに赤葉は思わず笑った。
拳一つ分の距離。
触れるか触れないか、そんな距離が心地よかった。

「また連絡します」
「うん」
そう告げても足は何となく動かないまま、そのまま風が吹き抜けた。
「…キリないね、」
そう笑う菱川に、赤葉も笑って「そうだね」と返す。

そんな事がつい三週間前。
毎日携帯を眺めるが菱川からの連絡はない。
痺れを切らして、鷹宮にメールを送ってみると早々返信があった。
『メールの送り方、教えてくれればよかったのに』
と舌打ちでもしてそうなその文面に、赤葉は舌打ちをした。
『今少々立て込んでますので、連絡しばらくはないと思います』
そう続いていた文面にがくりと項垂れた。

「赤葉さんと連絡取り合ってます?」
「…取り合ってない」
その質問にようやくはっと気付いたのか菱川はゆっくりと顔を上げた。
「メール、送り方覚えてます?」
鷹宮のさりげない質問に、菱川は少し動きを止め、鷹宮に向かってにこりと微笑む。
見慣れたその表情にもう溜息を付くこともせず、「今度逢ったら赤葉さんに、是非とも、教えてもらって下さいね」と是非を強調された。
「うん」
「電話ぐらいは掛けられるでしょう、」
今度は嫌味でも何でもないその一言に菱川は動きを止めて鷹宮の表情を見る。
ふと俯いたその顔に、しゃきりと伸ばした背筋を少し緩めて仕事モードの口調を和らげた。
「…あんまり放っておくと、そのまま自然消滅しますよ」
「自然消滅?」
「連絡もない、逢うこともない、関係は何もなくなるってことですよ」
「え?」
「向こうだって忙しいでしょうし、相手にしてくれる人が居たらそっちの方を優先しちゃうかもしれないじゃないですか」
その言葉に更に菱川は俯く。
そんな事気にもしなかっただろうなぁと鷹宮は肘を付いてそれを見た。
「それでもいいならそのままでいいですけど」
「…やだ、」
「じゃあ電話かけましょうよ」
「…掛けて来る、」
素直に携帯を取り出して椅子から立ち上がった瞬間、携帯が震えた。
思わず二人共びくりと体を震わせ、菱川が画面を見れば、仕事仲間の名前が表示されていて菱川はいつも通り電話に出た。
仕事モードの口調に鷹宮は深く溜息をつく。
――お前も連絡して来いよ、
と、赤葉に呪いのように念を送ってみるが赤葉からの連絡は今の所ない。
ふー、と肘をついて息を吐き出す。
仕事しか出来ない上司をどうしたらいいのか。
「そして何で他人の恋愛事情に私が首を突っ込まなきゃいけないのか…!」
そんな嘆きも当人達には届かない。
「…似た者同士ってことなのかなぁ…」

『てかメールぐらい送って来なさいよ』
もやもやしているのも性に合わないとついに痺れを切らしてそうメールを送れば、
『送ってるよ』
と一言だけ返って来た。
『え? どのぐらい?』
『前に逢った日から毎日』
その文字を見て鷹宮はふっと遠い所に目を向けた。

「社長――ッ!!」
何か書物をしていた菱川は鷹宮の叫び声にびくりと体を震わせた。
「…な、何、」
「携帯、貸してください」
何事とばかりに差し出すとそのまま奪われた。
「…ホントだ…」
「…何が?」
おずおずと覗き込んで来るその顔の前に携帯を突き付ける。
「このマーク、見えますか?」
「……手紙?」
「はい。これ、メールが来てますよっていうお知らせです」
「へぇー、」
「本題に入ります」
「はい」
急にすっと仕事モードの口調に菱川も背筋を伸ばす。
椅子を持って来て菱川の横に座り、指を伸ばして画面を指さした。
「ここを押します。はい、押して」
「…はい」
たどたどしく菱川の指が動く。
「次にここを押します。はい、押して」
「…はい」
「手紙が閉じているマークは社長がその手紙を読んでいないって言う印です。下に行く程、前に送られたものです…下がって下がって…はい、押して」
「…はい」
「差出人は?」
「和一君」
「日付は」
「…この前逢った日だ」
「彼は毎日メールくれてたみたいですよ」
「――」

終電の一つ前の電車で家に辿り着く。
体力がゼロに近付いている、と見えないHPゲージを頭に思い描く。
そのゲージはそろそろ赤くなり何かで補給しないと死ぬ、と妄想しながら家に着いた。
ポストを開けるとDMの封筒や宅配のチラシがたくさんあり、うんざりしながら一つ一つを確かめる。
部屋に入り、居るものと要らないものを分けていく。
そこに薄い水色の封筒があった。
手書きの綺麗な字だった。
切手も見たことのない星座の描かれているもので、裏を返して見れば菱川青四郎とあった。
「…、」
それだけで少し背筋が伸びる。
普段ならびりびりと手で開ける封筒の口をはさみを探して綺麗に開く。
中身も封筒と同じように薄い水色の便箋で、少し角度をつけて見ると何かの花が透かしで入っているのが見えた。
手触りもいい。
微かにいい香りもする。
一呼吸置いて、書かれている文字を追った。

『前略
メールをどうやって送ったらいいのかわからないので、手紙を書くことにしました。

もう数週間前になるけれど、また君に会えて、話が出来て、一緒に時間を過ごせて嬉しかったです。
最近は僕のせいで会えていないけれど僕はあの日も楽しかったと、おかしいぐらい毎日のように思い出しています。
送られて来ていたメールに気付いたのは、つい先程の事で、物凄く富さちゃんに怒られました。
和一君もきっと怒っているだろうと、まだ見たことのない怒った顔を想像しながら書いています。

ずっとメールをくれてありがとう。
一つ一つ読んで、とても心が浮き立った。
その気持をすぐにメールで返信しなきゃいけないのだろうけれど、更に時間がかかりそうなので今回は手紙で返信することを許してください。
だから次に会った時、メールの送り方を教えてください。
送れるようになれば、君にやきもきさせたりしなくて済むよね。

雨が降ったり、暑くなったり、体調を崩しやすくなる日々が続きますが、どうか無理をせずご自愛ください。
また会える日を心待ちにしています。
和一君が僕を見限っていなければいいのだけれど…。
早々』

読み終わるや否や携帯を取り出して、思わず電話をかける。
こんな時間に迷惑だなとか、思ったけど、電話をかけた。
10コール待って、出なかったら切ろうと、心の中でカウントする。
『はい、』
数え始めてすぐ、聞きたかった声が聞こえて少し動揺した。
「あ、手紙届いた」
『…よかった…』
ふっと笑う息遣いが聞こえ、赤葉の目元も少し緩んだ。
『ごめんね、本当に携帯の使い方わからないんだ、』
「いや、大丈夫…」
そしてはっと気付く。
「…あ、まずはこんばんはか…こんばんは…こんな時間にごめんなさい」
『こんばんは、大丈夫だよ』
電話の向こうでまた笑う声がした。
数週間前の笑顔を思い出し、手の中にある手紙に目を落とす。
綺麗な文字と、記憶の中の姿がリンクする。
『仕事、今終わったの?』
「うん、今、家」
『そう、お疲れ様。じゃあ早めに休んで、』
気を使い、早々電話を来られそうなその雰囲気に、言わせるものかと前のめりに言葉をかぶせる。
「少し、話してもいい?」
こんな時間に迷惑ですか、とはあえて聞かず、今は不躾なままの姿勢を貫こうと思った。
『うん』
耳に届く声にほっと息を吐く。
「…って言っても、何話そうか、」
『ふふ、そうだね』
しばらく無言が続いても焦りなど感じず、赤葉はゆっくりと床に座った。
電話の向こうから微かに聞こえて来る音に耳を澄ませる。
「会いたい、」
『僕も会いたい』
ぽつりと呟いた言葉に、優しい声が返って来た。
顔が赤くなって情けない程に顔の筋肉が緩んで来る。
手にしていた手紙を握り締めそうになって慌ててテーブルに置き、微かに着いた皺を必死で伸ばした。
「じゃあ鷹宮、さん、にメール送ってスケジュール聞いとく」
『うん』
「メールの送り方も教える」
『うん』
「他に何したいか、考えといて」
『うん』
「…じゃあ、」
『…うん、』
また続く無言に、目を閉じる。
電話の向こうで、また笑う声がした。
『…キリないね、』
そう笑う菱川に、赤葉も笑って「そうだね」と返した。

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