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サッカーボールと絵の具 R-18(pixiv_2015年6月4日投稿)

あいつと出会ったのは高校の時。
高校生だけの絵画展みたいな所に、中学からの友達が出したと言うので義理で見に行った。
そこにあった、馬鹿でかいキャンバスを見たのがきっかけ。
200号、多分2メートル×2.5メートルぐらい馬鹿でかい絵。
近くで見ると、巨大な絵なのにちまちました絵で。
でも遠くから見るとそれを感じさせないダイナミックなもので。
風景画でも人物画でもないわけのわからない絵で。
タイトルも『無題』とか言う何の訴えもないテーマで。
今まで見た感じ『上手い絵』や『カッコつけた絵』をふーんと思って早々歩き去って来た中でその絵を見付けた。
そのサイズの絵は他にもあったけど。
俺はその絵の前で止まった。
絵なんかわからない。
芸術なんか興味ない。
それでもしばらくそこに居た。
その絵は今でも携帯に入ってる。

学校が一緒だった。
学年も一緒だった。
しかし10クラスもある為殆どの人間とは関わらない。
しかも向こうは芸術関係。
俺はスポーツ関係。
接点がない。
遭遇したのは2年生の時。
部活中、俺の放ったシュートがとんでもない方向に飛んだ。
そこに壁が移動していた。
それにダイレクトに当たった。
壁だと思ったのは馬鹿でかいキャンバスで。
倒れた下から足が出ていた。
「…大丈夫か…!?」
とキャンバスをどかしてみると、そいつは血みどろで。
「わああぁあ!?」
思わず後退ると、「…あぁ、」と、ぼんやり俺を見上げて来た。
血だと思ったそれは真っ赤な絵の具で。
白いシャツも黒い制服も真っ赤に染まっていた。
「…怪我、は」
「ない。大丈夫」
そう言って立ち上がるが、周りの女子達が血相を変えて俺に怒鳴り散らす。
口々に言われた為にあまりうまく聞き取れなかったが、要約すると
一週間後に展覧会の為に搬入する作品を、今、俺はおじゃんにした。
これを描くのに二ヶ月かかった。
何してくれたんじゃボケ。
とのことだった。
「…ご、ごめん…」
ごめんじゃねえよと女子の罵声が飛んで来る。
絵をぐしゃぐしゃにされた本人を見上げると、先程と変わらぬ無表情さで、
「うん、大丈夫」
とだけ返って来た。
「…でも、」
「大丈夫。まだ一週間あるから」
気にしないでとばかりにまた絵を担ぎ直すと、そのままひょいひょいと絵を運んで行った。
女子達は俺を一睨みして同じように絵を運んで行く。
その姿を見送りながら、俺はサッカーボールをずっと抱えていた。

「お前がぐしゃぐしゃにした絵、」
休み時間に寝ようとしていると、前の席の奴がくるりと振り返ったのがわかった。
しかも触れたくない話題をさらりと口にする。
「何か一番になったらしいぞ」
「…は?」
あれから数週間後のことである。
学校から配られるプリントに、そう書いてあったぞとそいつが教えてくれた。
俺はそんなの読まないので知らなかったが、改めてそのプリントを見るとあの無表情が絵と一緒に写真になって載っていた。
――2年2組、嵯峨野 降
そのプリントを持って2組に走った。
そこら辺に居たクラスの奴に「こいつ居る?」と聞いたら一番前の席で寝ているでかい奴を指さされた。
「…嵯峨野…」
何て声を掛けていいのかわからずにひそっと声を掛けると、ゆっくりのっそりと起き上がる。
熊みたいだなと思っていると、寝ぼけ眼と目が合った。
「…これ…」
「…あぁ、」
「おめでとう…」
「ありがとう」
表情は相変わらず変わらない。
「…絵、何とかなったんだな、」
「うん。一番になっちゃったよ」
「…俺としても、肩の荷が下りたというか…」
はー、と息を吐くと嵯峨野はじっと俺の顔を見て「あぁ、」と少し大きく目を開いた。
「絵にボール当てた奴か」
「…ん?」
「ごめん。誰だかわかってなかった」
それがこいつに初めて認知された瞬間。

昼休み、その絵を見せてもらうことになった。
嵯峨野がぶつかった場所とその周辺の色だけが違う。
他は色々な色が混じった赤だったが、そこだけ違う。
人の形にも、炎や雲の形にも、花にも、魚にも、色々な形に見えた。
そこであの時見た絵と同じ雰囲気だったことに気付いて、携帯に入っていた写真を見せた。
「俺の、」
とそれだけ言った。
その馬鹿でかい体を見上げる。
柔道とかバスケとかバレーとかやってます、みたいな体格のくせに絵を描く男で。
絵に思い入れとか情熱があるのかと思ったら今回の作品も『無題』とかいう何の訴えもない作品名で。
「お前の情熱はどこにあるんだ」
「…情熱?」
「何思って絵描いてんの?」
そう聞いても答えは返って来なかった。
予鈴が鳴る。
「あ、俺2年10組の槇、晴跳」
「まき、はると」
それがあいつに名前を覚えられた瞬間。

それから接点がないまま2年が終わろうとした。
ただあの馬鹿でかい体が歩いている姿は何となく目にした。
見る度に、真冬食べ物がなくてゴミ箱を漁っている熊の映像を思い出した。
その頃俺は怪我でサッカーを続けることが出来なくなっていた。
絶望も悔しさもあるけど、今まで一緒にやって来たメンバーから離れるのも嫌でサポートへと回った。
そこで何となく自分の中で納得するものがあり、徐々に負の感情は消えて全力で向き合えるようになっていた。
進路を決める頃にはサッカーに関わり続ける為に大学を選び始めた。
進路相談室やら図書室の進路の本など見る機会も増えた。
ふと足を向けた図書室に、熊、もとい嵯峨野が居た。
嵯峨野も進路の本で大学を探しているのか、ゆっくりとページを捲っていた。
邪魔しちゃ悪いと思って少し距離を取って大学の事が書いてある本を捲り始める。
気付けば閉館時間で、周りを見回すと嵯峨野だけが残っていた。
「あ、どうも」
「どうも」
交わす言葉もなくただそれだけを呟いて、同じ棚に本を戻す。
図書室を出る時に、「今何か絵、描いてんの?」と何となく聞くと意外そうな顔がゆっくりと振り返る。
「見る?」
「いいの?」
それに対する答えはないまま美術室へと足を向けた。
部活は今日はないらしく、美術室には誰も居ない。
奥から取り出してくるキャンバスもそこそこ大きく、思わず「でか、」と呟いた。
「まだ小さい方だよ」
「…まぁ、あれに比べればな」
それは青い世界だった。
やっぱり何を描いたのかはわからない。
「タイトルは?」
「んー、今の所何も考えてない」
「…また『無題』?」
「何か思い付いたら付ける」
後日春の美術展なるものでその作品を見付けたが、タイトルはやはり『無題』だった。

接点がない割に、何でか顔を合わせるようになったのは3年の夏休み前。
3年は引退して進路を決めろという時期も、互いに部活に足繁く通っていた。
真っ暗くなって、そろそろ帰れよと顧問に愚痴られる頃下駄箱へ行くと、そこには毎度嵯峨野が居た。
嵯峨野はバス。俺は自転車。
だが帰りは同じ方向で、何となく話しながら自転車を押して帰った。
何も話さない時もある。
それでも気は楽で、一言も喋らないまま「じゃあな」と別れた時もある。
アドレスの交換をしたのがこの頃だった。
何となく今更だなと笑えたのを覚えている。
何を話すでもない。
共通のテーマも特に無い。
サッカーに興味あるかと一度聞いたが、ゆっくり大きく首を振られてそれ以上の会話は無理だと諦めた。
「進路決まった?」
「美術の大学に推薦で」
「マジか…まぁあれだけ賞とか取ってるもんなぁ」
「そっちは?」
「サッカーからは離れたくないからさあ、ケアとかそういうフォロー側も考えてるんだけど、色々資格取れる所とか、教える側とかどうなんだろ、とかちょっと色々見えてなくて…大学は行こうと思うんだけど、どこかとかはまだ決まらない」
「そっか」
「そっちの大学は都内?」
「奥の方だから寮か一人暮らししようと思ってるけど、」
「おー、いいねー」
そんな会話から一年経たないうちに、俺は嵯峨野と暮らすことになった。

「同居、」
「ルームシェアとも言う、」
駄目?とダメもとで頼み込めば、「いいよ」とあっさり快諾された。
「絵の具の匂いとかすると思うけど」
「俺の汗の匂いだってなかなかだと思うぞ」
そうと決まれば早々家を探して。
卒業式が終わればすぐに引っ越して。
都心の奥まった所にある為「家賃は安くていいわねえ、」と母親がしみじみ呟いていた以外特に感想は聞いていない。
駅前はそこそこ栄えている。
スーパーもファストフード店もコンビニもある。
自炊出来なくても生きて行ける。
心強く思いながら新生活はスタートした。

大学生1年生。
この家から下り二駅が俺の大学。
嵯峨野の大学は徒歩20分の所にある。
互いの部屋と、共同スペース。
同じ部屋に住んでいるのにあまり顔を合わせることがなかった。
泊まり込んで作品を仕上げたりしていることが多いらしく、部屋にあまり絵の具の匂いもしない。
家に帰ればたまに嵯峨野の作った飯があって、『今日は帰らないのでよかったら食べて』と置いてあったりもする。
それが美味い。
器用な奴はこういうところも上手いんだなあとテレビを見ながらよく思った。
なのでたまに居ると驚く。
でもすぐに慣れて二人で飯を食う。
テレビを見たり見なかったり。
嵯峨野は家ではあまり絵を描いたりしない。
馬鹿みたいな番組に、馬鹿みたいに笑って、馬鹿だなと言っているうちに一日が終わる。
そしてまた数日顔を合わせることはなくなる。

「…好きなら、好きって言えよ」
「…」
「お前わかりにくいんだよ」
何でか変な方向に話が進んだことがあった。
嵯峨野が帰って来ないのは作品を仕上げたりしてるからではなくて、女と半同棲をしているからだと何かで耳にしたことから始まった。
からかい半分で始めた会話は、ホントに何でか変な方向に進んだ。
違うと否定し、何がと聞けば「俺はお前が、」とそのまま黙ってしまった。
嵯峨野が誰と付き合ってもいい。
むしろ嵯峨野の絵を認めてくれるような人と出会えてその絵に幅が広がったりすれば俺だって嬉しい。
一ファンとして、嵯峨野を応援していた。
その話を聞くまでは。
「…好きって言ったら、受け入れてくれんの?」
そう問われて何も言えなくなる。
「ほら、」
少し呆れたその声に、俺も少しむっとした。
「でも、何にも言わないで、一緒に住んでるとか…」
「…じゃあ解消しようか、」
「え?」
「俺違う所探す。ここに住んでくれる人、探して、」
何かがすっと落ちた。
急に頭が何でか冷めた。
「…やだよ」
「…」
「……やだよ」
冷めたというよりは、何かのスイッチが入った。
と、言った方が俺はしっくり来る。
一緒に居たいと思ったのは多分この時から。
「俺が襲ったらどうするの」
「…襲ってみろよ」
その驚いた顔を今でも覚えている。
見たこともない顔が、ただじっと俺を見ていた。
「返り討ちにしてくれる」
その一言を笑われた。
俺もつい笑ってしまった。
その後に「好きだ」と言われて、つい泣きそうになった。

「手も繋いで来ない。キスもしない。襲っても来ない。何なんだよ」
「…えー、と」
「好きなんだろ? 俺のこと!」
「好きです」
「じゃあ何で何もして来ないんだよ!」
再びおかしい会話をしたのはそれから数カ月後。
好きです。
俺もです。
両思い。
晴れて恋人同士。
なんて事はなくて、相変わらずの共同生活を順調に送っていた筈なのに、何でか俺がおかしい質問をした。
「…して欲しいの?」
「…して欲しくはないけど、」
「…槇、」
呆れるような声が淡々と耳に響く。
「俺だってどうしていいかなんかわかんねえよ!」
今のままの関係が楽。
で、楽しい。
それが崩れるのはとても嫌だと思っているのに。
「俺は、槇に嫌われることだけはしたくない」
「…お前に好きだって言われて特に返事もしてなくて…でもせっついて来るでもないし、力尽くで来るでもないし、無視するでもないし、何で今までどおり…」
おかしなぐらい今まで通り。
別に意識してそうしていたのか、嵯峨野がじつは耐えていたのかとか、そんなのも知らない。
それでも俺の中では色々変わってた。
「何で、俺、ばっかり、」
「…?」
「…お前とセックスがしたい」
「…、」
俺はそう思ってた。
「好きって言われて、いつかそうなるのかもって…俺がお前に挿れているとこは想像してないだろうから、俺が…」
「ちょ、ちょっと、待って…」
「…キスされることも、抱きしめられることも、セックスすることも、全部考えた。それなのにお前は何にもして来ない!」
「…」
「言わなきゃ何もして来ないだろ、このままでいいとか、嫌われたくないとか、そのままなんだろ」
「…槇、」
「どれだけ草食だよ」
おかしな頭は暴走して、わけのわからないことを口にしていたと今なら思う。
それでもその時はそれが本音で。
口に出た言葉を聞いて「あぁ俺こう思ってるんだな」と後の祭りで気が付いて。
「俺が襲ったら逃げないか?」
「…襲うの?」
驚きと、躊躇いの声。
どんな顔をしていたのかは覚えていない。
「…襲った方がいいか?」
「…だめ、」
拒否だ、と思った。
わかったと、離れようとした瞬間に強く腕を引かれた。
抱き締められたと気付いたのは少し間が開いてから。
「…じゃあ、もう逃さないから」
「…っ、!?」
低い声と、見たこともない目に、背中がぞくりと震え上がる。
そういや熊って人襲うよなと、馬鹿みたいな事が頭に浮かんでた。

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