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金曜の夜2 (other side)(pixiv_2015年7月25日投稿)

携帯を見る数が減ったのに気付いたのは、つい最近。
最近は携帯すら持ってないんじゃないかとばかりに、携帯の姿を見ることもない。
若いのにセックスなしでも付き合ってくれるようになって数ヶ月が経つ。
友達のような関係だけど、そんなままでも会ってくれる。
そろそろ肌寒くなってきた時期の事。
ある日の待ち合わせ。
ぼんやりとしたまま、待ち合わせの場所に居た。
何かあったんだなと思ったけど、そのままにしておいた。
話し掛けても反応がなくて、行こうかと示してみてもそのままだった。
手を繋いで人混みを擦り抜けて、ゆっくりと手を離してみるが放っておくとそのまま立ち止まってしまいそうで、そのまま手を繋いだ。
それにも気付かない。
店の中で食べようと思っていたけど、無理そうなのでテイクアウトして家に帰る。
ずっと手を繋いだまま。
振り解かれることもなかったけど、握り返してくれることもなかった。
上着を脱がして、鞄を降ろさせる。
目は何も写っていなかった。
コーヒーを淹れて、ケーキを目の前に置いてみたけど、やっぱり何も反応はなかった。
頭を撫でてみる。
何の反応もないけど、一度気持ちよさそうに目が閉じた。
そのまま暫く頭を撫でていた。
そのうちゆっくりと目に光が戻って来て、目が合った。
ほっとしてその顔を見ていると、涙が溢れる瞬間を見た。
胸が張り裂けそうになったのは人生で初めてだった。

ベッドの横に置いてあるライトは付けたまま抱いた。
誰に抱かれているのか、あえてわかるように。
泣かせてやりたいと思う反面、誰かの代わりにされるのだけは嫌だった。
名前を呼んだ。
繰り返し。
閉じた目は開かず、それでも貪欲なまでに求めて来るその体を壊さないように、でも労れずに抱いた。
名前を呼んだ。
名前を呼んで欲しくて。
こんなに熱くて溶けそうなのに、どこか冷たいものがあって。
それを拭い去ろうともっと奥を焦がれた。
名前をひたすら呼んだ。
一度も呼ばれないまま、気絶するように眠りに落ちた。

綺麗に整え直してベッドに横たえた。
泣き腫らした目が痛々しくて指で軽く触れてそっと口付ける。
何の反応もない体を抱き寄せて、怠い体をそのままベッドに沈めた。
次に目が覚めると姿がどこにもなかった。
部屋はまだ暗く、触れてみるとシーツは少しだけ熱を残していた。
帰ったのかと思わずベッドを飛び出すと、ソファーに小さく蹲るようにしている背中を見付けた。
心臓が馬鹿みたいに鳴り響く。
ほっとしたのと、嫉妬と、訳の分からない感情が渦巻く中、腕を取って立たせた。
驚いた顔が一瞬見えたけど、そのまま寝室に引き戻して押し倒すように寝かせた。
抵抗を口にされたくなくて口付ける。
しかしそのまま大人しく腕の中に居るのに気付いて反省の念が押し寄せて来た。
「…帰ったのかと思った…」
情けない声が出る。
少し恥ずかしくて強く抱きしめた。
おずおずと、腕が背中に回ったのを感じて、ほっとした。
「…ごめんなさい、」
震える声が聞こえた。
腕を緩めると泣きそうな顔がそこにあって思わず口付けた。
何度も呟く「ごめんなさい」が、自分に当てられたものなのかわからない。
それでももういいという代わりに何度も口付けた。
止められなくなる。
さっき無理させて気を失わせたのに、またそうしてしまう。
止まらなきゃと離れようとしたら、服の中に手が入り込んで来て、その手を取って指を絡めた。
軽く口付けたら、腕を絡めて強く抱きしめられた。
止まらなくなる。
絶え絶えの息継ぎの合間、名前を呼ばれて泣きそうになった。

冷蔵庫を開けると溶けたケーキが入っていて思わず笑った。
そういや昨日そのままだったなとお店に向かってごめんなさいと手を合わせる。
明け方ぐらいまで好き勝手させてもらった体は未だに深く眠りについている。
麦茶を取り出して飲み干し、また注いで飲み干す。
――ごめんなさい、
目を閉じてあの時の顔を思い出す。
もしかしたら、別れを切り出されるのかもしれないという恐怖もそこにはあった。
払拭するように朝食を作り始める。

コーヒーを淹れて、ケーキを取り出して。
足元に座るその頭を見下ろしながらケーキを食べた。
やはり舌触りも、味も少し落ちてはいるけれど、美味しく食べる。
今度はあの店で食べようと提案してみるが、返事はなくコーヒーを飲んでいた。
一口差し出してみる。
いつものように口を開いて受け入れてくれた。
「甘、」
堪らずに顎を掴んで上を向かせて口付けると今まで食べていたクリームの味が口の中に拡がる。
急なことで驚いた体が腕に縋り付いて来た。
離れると追うようにまた舌が絡んで、思わず嬉しくなった。
「…甘いね、」
君は本当に。
前髪を撫でてみると目が合って嬉しそうな顔が見えた。
自分の中で燻っていたものが嘘みたいに消える。
足に凭れ掛かるその姿に、堪らず頭を撫でた。
「あの店の近くに、シュークリーム専門店があってね」
「俺、甘いの苦手なんだけど」
いつも通りのその声に、顔が綻びる。
知ってますと言いたかったけど、何かが支えて何も言えなくなった。
また口付ける。
少し苦目のコーヒーの味がする。
そしてすぐに、甘いチョコレートの味がした。

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