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小説家と、読者と、その友人らしき人と 3(pixiv_2015年6月30日投稿)

えー!? という絶叫の中、眠りについていた頭がゆっくりと起き上がる。
未だぼやけた頭に、聞き慣れた声がして顔を上げるといつの間にか授業が変わっていた。
さっきまでは数学だった筈なのに。
「今は別に心に響かなくても、そのうち見直して”あぁ、わかるわー”ってなるものも多い。万葉集を始め、平安時代のものがたくさん本になってるよな。言葉遣いは違っても昔に書かれた手紙やラブレターだからきっとどれかは自分の心に残るものがあると思う。百人一首で、何かこの人の言い回しとか、聞いた音がいいなぁとかでその人を調べてみるのもいい。今回のお題は『恋の和歌』な。百人一首に載っているもの以外で5つ調べて次回までに提出」
えー!? という再びの絶叫。
説明に頭が追い付いておらず、配られたプリントを呼んで話についていこうと目を開いた。
教壇ではまだ先生が話をしている。
「こんなのがあるよっていう和歌と、それを詠んだ人と、現代訳をいくつか載せておいたから、それで読み人繋がりで調べて来てもいい。現代作家でも近代作家でも和歌を詠んでいる人は大勢居るから、気になる作家から攻めて来てもいい。ツイッターで和歌botとか見ても、ググってもいい。図書館で誰もこんなの読まないんじゃないかっていうマニアックな路線からでもいい。ネットもそれなりに出て来るけど多分他の奴と被るし、被ったらあいつとあいつは同じ恋愛の趣味か、って先生一人ほくそ笑むからそのつもりでなー」
笑いと、えーという声。
この先生は面白い課題を出して来る。
以前は小説を原稿用紙10枚だったし、以前猫に関しての作品が出て来たので自分が好きな猫、もしくはネコ科のものに関する種類と特性と原産地を調べて提出して来いっていうのもあった。
猫好きにたまらんと楽しく課題をやっていた友人を思い出す。
「恋の和歌を5つ、現代訳と、読んだ人とを書いて提出。その読んだ人の事を調べたり、時代を調べたり、その和歌を好きだった理由とかプラスアルファがあれば加点する。調べた和歌ただ書いただけ、は最低ラインの点数な」
えーという声も上がらず、みんな真剣にプリントを読んでいた。
確かに和歌を読んで現代語を読めば分かりやすいし馴染みやすい。
そして恋の歌なんて今この恋愛真っ只中の奴らにはもってこいだろう。
この先生はそういうのが上手い。
古典の授業となると去年は寝てる奴多数だったけど、今見る限り寝てたのは俺だけみたい。
寝ぼけた目でじっと教壇を見ていたら、先生と目が合う。
「5個と言わずに好きなの見つけたら書いて来い」
その言葉が終わると、まもなくチャイムが鳴った。

質問を聞きながら先生と数人の女子が教室を出て行く。
媚びたりしないその独特の雰囲気に、女子の人気も高い。
そういう俺もファンです。
紫宮 和。しのみや やまと。国語の先生。
字面だけ見ると和服着た美人な先生とか来るのかと思ったら見た目はそこそこ地味な男で。
黒髪、几帳面に切りそろえられた髪に眼鏡。
服もちゃんと着こなしていて隙はない。
堅苦しい訳ではないが、独特な雰囲気があってどことなく一歩退いてその姿を見ていたくなる。
見る度見る度惹かれて、今では小説の中では好き勝手させてもらう日々。
感情がないわけではないがあまり動かない表情をいつも崩してやりたいと思っている。
好き勝手させてもらっているその小説を本人に見せたけれど感想の類は貰っていない。
「…」
和歌ですか。
恋愛ですか。
恋とはどんなものでしょう。
性欲と何が違う?
そう独り言ちながらもツイッターで早速botを漁る。
言い回し、流れ、雰囲気。
正直良くわからないけど見ていると好みも出て来る。
それにしても昔の貴族は恋に命かけて生きてんだなぁと羨ましく思う。
他に和歌詠んで、宴会して、見たこともない噂の女に恋焦がれて、で、その女に認められてヤるわけだろ? 顔も知らないのに。
どんな時代だ。
それでも何となくいいなぁと思うのは、やっぱりそれはそれで真剣に相手を思って読んだからなんだろうなぁ、と思って気に入った和歌をメモする。

「これまた変わった課題出すな」
「その後質問に何人か来たから、意外と面白がってくれてるみたい」
「ふーん、いいことだねぇ」
「テーマが恋だからな。あの年代には一番いい課題じゃないか?」
「確かに。…じゃあ俺も一つ、…”かりこもの ひとえをしきて さねれども きみとしねれば さむけくもなし”」
その言葉に呆れるような目付きでゆっくりと顔を上げる。
目が合うとにこりと微笑まれ、テーブルに乗せていた指に指が絡められる。
「…これから夏なんだから、寒くなるわけ…!」
急な仕掛けに思わず驚き離れようとした瞬間、そのまま押し倒されて口付けられる。
目を閉じて衝撃に耐えたがいつまで経っても痛みはなく、頭の後ろに手を添えられてゆっくりと横たわった。
呆れるように大きく溜息を付くと、楽しそうに顔を覗き込まれる。
嫌味のようにもう一度溜息をついてやると、今度はゆっくり、髪を掻き上げられて口付けられた。
「…”かみつけの あそのまそむら かきむだき ぬれどあかぬを あどかあがせむ”…」
「…ん?」
「…」
「…何だよ。何て言った? 俺古典苦手なんだけど」
必死に食らいついて来るその顔に笑ってやると、悔しそうな顔をして服の中に手を差し込まれた。
思わずくすぐったくて笑っていると、今度は違う風に触れて来る。
徐々に笑い声がなくなって、伏せるように目を閉じる。
溜息をもう一つ吐くと、両手で顔を覆われて、深く口付けられた。

■ 刈り薦(こも)の一重を敷きてさ寝れども君とし寝れば寒けくもなし

むしろを編んで床に敷いたけれど薄く、掛けるものもない。
夜半ともなれば寒いだろうな…一人寝ならば。
万葉集 巻12・2851

■ 上野(かみつけの) 安蘇の真麻群(まそむら)かき抱(むだ)き 
寝(ぬ)れど飽かぬを 何(あ)どか吾(あ)がせむ
万葉集 巻14・3404

どんなにかき抱いて寝たってそれでもまだ飽き足らずおさまらない。
これ以上どうしたらいい?

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