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そんな終わり、そんな始まり(諫山過去話)(pixiv_2015年12月11日投稿)

自己評価としては、人見知りで口下手。
人と話すのは好きだけれど、引っ込み思案で初対面の人とは何を話していいかわからない。
そんな自分が製薬会社の営業として働き始めて五年が経った。
自分が営業になんか向いていないと思っていたが、気付けば五年が経つ。
それは自分が営業として実は向いていたとかではなく、偏に周りの先輩や営業先の人達が自分を快く受け入れてくれた結果だと思っている。
今だって自分が営業に向いているとは思えない。

秋に差し掛かった頃、病院の中庭でその人を見た。
入院中の娘さんと、そのお母さんと、白衣を着た先生と、並んで座って楽しそうに話をしているのを見た。
子どもの目線を同じにして、一緒に楽しそうに笑っているその姿に見とれた。
二人共その先生を信頼しているのが見て取れて、何とも微笑ましく思えた。
先生がその子の頭を撫でて居るのを見て、いいな、と思った。
あの手に撫でてもらったら、きっと幸せだろうなと思った。
伊藤宗太先生。
少し年上の、落ち着いた雰囲気のある明るいお医者さん。
誰に聞いても悪口を言う人なんか居ないぐらいのいい人で、自分の目はやっぱり間違っていないのだと思えて嬉しかった。
挨拶を交わすようになり、話をするようになり、仕事以外の話が出るようになって、徐々にもっと仲良くなりたいと思い始めた。
恋愛対象は女性だった筈なのにと思う間もなく惹かれて、気付けば片思いという深みに嵌った。

何年か経つと病院のスタッフの飲み会や食事会に何度か誘われて、そこで色々話すようになった。
連絡先を交換し、病院以外でも会うようになり、プライベートの話もした。
二人で飲みに行くようにもなり、酔ったはずみで「好きです」と言ってしまった。
言って後悔した。
驚いた顔がそこにあって、繕おうにも言葉は何も出て来ずにどうしていいかわからなくなった。
その顔を見て笑う声がして、俯いた視線を上げると「仕事の面しか知らないから、友達からね」と了承を得た。
その言葉が信じられなくて、穏やかに笑うその顔を見ていたら泣きそうになってまた俯くと、優しく頭を撫でられた。
あの中庭の光景が浮かんで。
今自分の頭を撫でてくれるその手を感じて。
泣きそうになるのを堪えてずっと俯いていた。
友達でもいいと思った。
自分の気持を知ってくれただけでもいいと思った。
それから私服姿を見られたり、家にお邪魔したり、家に来てもらったり。
『伊藤先生』、と苗字と先生呼びだったのに、『宗太さん』と下の名前で呼ぶようになって、自分の事も名前で呼んでくれるようになった。
仕事終わりに宗太さんに家に呼ばれてお酒を片手に訪ねて夕飯を食べた。
二人共料理はあまり好きではなく、デリバリーの物がテーブルに並んでいた。
みるみるうちに酒量が増えて、笑いながら何を話すでもなく隣に並んで凭れ掛かって酒を飲んだ。
ごきげんな顔がそこにあって、初めてキスされた。
驚いて宗太さんを見るとまた楽しそうに近付いて来てキスされて、抱き締められてそのまま動けなくなった。
何度目かの、宗太さんの家にお泊り。
何を話していたかは覚えていないけど。
楽しそうに笑いながらそのまま自分の腕の中で眠っているその姿に胸が高鳴って、その日は眠れなかった。

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